第9話 神の知識

 俺はユーラティア王都魔法学院に入学した。入学手続きでも特にお金の話等無かったが、どうやら政府がこの学院と契約しており、全生徒に教育を義務付ける事で全員の入学費を負担している様だ。


 俺はその戦闘科に所属するが、最初の自己紹介で敬語を一切使わない事に、少し悪い印象を与えてしまった。

 その後、教師に席に座らせられ、授業をやる前に休憩時間が挟まれた。

 そこで初めて隣の席の男に話しかけられる。


「よ、俺はレウィス。これから隣の席、よろしくな」


 第一印象は、ただ軽い。恐らく誰とでも直ぐに仲良くなれる性質を持っているのだろう。相手に一切怪しげな気配を残さず、気軽に声を掛ける。


「あぁ。よろしく」

「にしてもお前すげぇなぁ、教師にたいしてあの態度はやべぇぞ。今回は新入生だから許されていたけど、多分あの教師にも悪い印象与えただろうなぁ……」

「そんなものなのか? 意外に神経質なんだな」

「はっはっは! 神経質だって? まだお前ってどんな奴なのか分からねえけど、流石だぜ! どんだけ肝座ってんだよ。それで、お前はノル村から来たって言ってたけど、確かめっちゃ遠い村だったよなぁ……」

「あぁ、徒歩で約六時間。王都周辺は何も無いのか?」

「そうだなぁ、ここ王都ユーラティアは、意外とどの国からも狙われねえ安全な国だからな。他と遠すぎて狙われ難いんだろ」


 終始ハイテンションで俺と会話するなか、休憩時間十分は意外と短く、レウィスと少し話すだけでチャイムが学院中に鳴り響き、咄嗟に全員席にきっちり座り始める。


 するとそのすぐに先程とは別の教師が魔回廊を通して入ってきた。

 教師はどこか怠そうに、大きく溜息をいてから、声を発し始める。


「あぁー、うん。じゃあ、始めようか。挨拶は無しで。えーっと……? 今日は新入生が来てるって話聞いてるんだけど……だれかな?」


 俺はすっと立ち上がり、やっぱり敬語は慣れていないのもあるが、面倒なのでいつもの態度で発言する。


「俺だ。カオスだ。よろしく」

「ほぉう? 君が新入生。 はぁ……。まぁ、良いや。教師に対してあんまりその態度はやめた方が良いよぉ〜? 俺なら別に良いけど。他の教師だと態度だけで突然ブチ切れる人も居るからねぇ。注意しておくように」


 ……。駄目だ。どうも敬語だけは何故か抵抗を感じでしまう。此処ははっきり言おう。俺は首を横に振って言う。


「忠告感謝する。しかしやはり何度言われようとも無理だ。人間に謙る等、俺のプライドが許さん」

「……。なるほどね。分かった。まぁ、どうなっても知らないよ。じゃあ、授業を始めようか。座れ」


 俺はすっと座り、授業を受ける。


「ええーっと、今回の授業は……。『戦闘の基礎魔法』だねぇ。皆んなの待ちに待った実技授業だよぉ。さて、みんなでグランウドに行こうか。魔回廊の行き先変えておくから、五分後、すぐに集まるように」


 流石に新入生に合わせて基礎知識からでは無いか。突然実技授業とは、まぁ良い。魔法の発動方法くらいは熟知している。

 後は、どれだけの力を出せるか。だな。


 教師が魔回廊の行き先を変えると先に教室から去っていく。

 それに続いて生徒も全員立ち上がり、次々と魔回廊を通っていく。


 そこで俺の肩を隣で叩きながらレウィスが話しかけて来た。


「早速実技とか最高かよ。カオスはどれだけ魔法を使えるんだ?」

「分からない。筋力増強魔法しか……」


 筋力増強魔法とは、俺が一番最初に狼を一撃で断ち斬った時の魔法だ。体内魔力の純度を高めると、同時に筋力が増加され、通常以上の力を解放出来る。

 最初の一撃は狼を真っ二つに切り裂いたが、あれはあれでも実はかなり魔力を使っている。動物の身体を真っ二つにする威力は先ず実戦以外で使う事は無いだろう。


「基礎中の基礎じゃねぇか。まあ、楽しみにしてるぜ。俺も魔法は基礎しか使えねえけど、今日は新しい魔法を教えてくれる筈だ!」

「あぁ、そうだな」


 そうしてレウィスと俺は立ち上がり、グランウド行きの魔回廊を通る。

 するとグラウンドの地面は硬い灰色鋼で作られており、壁も天井も全て鋼。

 学院の外だと思っていたが、長方形で完全に部屋だった。


 グラウンドに入ると、先程教室にいた生徒は皆、初めてグラウンドに入ったのか、その部屋を見回しながら目を輝かせていた。


 そして全員が入った事を確認すると、グラウンドの最奥部に立つ教師の声が部屋に木霊する。


「よぉし、全員集まったなぁー。此処は実はグラウンドじゃあ無い。戦闘科専用に作られた『戦闘魔法実技訓練場』だ。

 これから危なぁい魔法をぶっ放すからなぁ。それなりに丈夫な作りをされている。

 それと、グラウンドなんてそもそも無い。魔法はみんな危険だからねぇ。

 じゃあ早速、実技授業始めようか」


 続けて教師は話す。


「みんなは魔法の発動に関する基礎知識は知ってるよねぇ。じゃあ、カオス! 魔法の発動方法を説明しろぉ。新入生だけど、それくらいは知ってんだろぉ?」

「あぁ。魔法の発動方法は、空気中又は、大地に巡る自然魔力を体内に吸収し、純度を高めた後、発動したい魔法をイメージし、手や腹から魔力を一気に解放する事で発動する」


 これが俺の知識だ。しかし、それを答えると教師は一瞬黙る。そして首を傾げる。どうやら今の人間とは発動方法が全く違うようだ。


「おいおいマジかよ。まるで大気中の魔力を自在に操ってる見てえじゃねぇか。それじゃあ人間が使える魔力の限界に説明が付かない。

 体内魔力には必ず蓄えられる限界が存在し、それも大気中の魔力を吸収しようとすれば、魔力が濃すぎて体調崩すぞ?

 まぁ良い。原理としては間違っていない。が、俺の知る発動方法ではねぇな。仕方がねぇ。お前の為にも、復習してやる。

 戦闘魔法の発動方法は、体内に宿る魔力を魔法発動に必要な分を手や腹に分け、魔法発動に必要な『詠唱』をして初めて発動出来るんだ。分かったかぁ?

 なんなら、お前がさっき言ってた様に此処で見せてみろ」


 ……。訓練場にいる全生徒が俺の事を見て騒めく。


「おいおい、変わってる奴だなぁと思ってたけど考えも違うのかよ」

「でもアイツの言ってる発動方法気になるな……」


 不味い。また目立ってしまった。出来れば然程に目立たずに自然と溶け込みたかったんだが……。まぁ良い。魔法の発動方法、本当はゆっくりやる方法だが、全力でやってみよう。


「分かった。やってよう」


 俺は立った姿勢のまま、静かに目を閉じる。イメージは魔力純度を高める際にやったと同じイメージ。

 それからイメージをさらに、体内に流れ込む魔力一つ一つの小さな粒が身体全身に染み渡り、心臓部分に魔力が集中するように細かく正確なイメージをする。


 すると、目をゆっくり開けると、俺の身体が緑色に優しく発光し始める。

 たしか神の力を使う際、毎度こんな光を。いや、閃光を走らせていたっけな。

 そしてその全エネルギーを片手に込め、片手が眩しい程に光り始める。


 大魔導師グロースは俺の力は封印されていると言っていたが……恐らく魔力を蓄えられる限界が無いとも言えたのだろうか。


 その光をみて教師は焦り始め、全員を魔力の被害に合わせないように壁脇に離れさせる。


「なんて野郎だぁ……全員! 遠くに離れろ! やべぇのが来るぞー」


 魔法発動イメージは無い。単に魔力を手から放出するイメージで、一気に放出する。

 その瞬間、片手から緑色の閃光が走り、耳を劈く爆発音が訓練場に響く。

 片手から放たれた一撃は、極太い光線となり、一直線に訓練場の最奥の壁に勢い良く衝突する。

 光線照射時間は約十秒。漸く俺の片手から光が消えると、さらに生徒は騒めく。


「おいおいなんだよアレ……あんな威力、人間が出せるってのか?」

「あんなの食らったら跡形も無くなるんじゃねぇか?」


 俺はふうと一息つくと、生徒の声に首を傾げながら光線が衝突した壁を見る。

 そこには、壁が真っ黒く焼け焦げ、深く抉られ、未だにすこし火が付いていた。


「……。流石にやり過ぎたな。本来はゆっくりと時間をかけてやる発動方法なんだが……急いでやり過ぎたな……」


 教師は俺の魔法発動方法を見て、膝から崩れ、ゆっくりと言葉を発する。


「後で理事長に報告だ。お前は今回の授業は見学で良い。『特級』に飛び級だ」


 ただそう言い残して、暫く訓練場は沈黙に包まれた。

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