第5話 出発

 ノル村周辺では成長は頭打ち。此処でこれ以上訓練がしても意味が無いだろう。そんな話をノルドにすると、すぐに提案を貰えた。


「ならもっと大きな街に、都市や王都とかに行ってみたらどうだ? 今やってる訓練がどんなものか知らないが、王都とかだったらより急速に力を付けられる事を学べるかもしれないぞ?」


 王都や都市。そういえば力を取り戻す事だけを集中していたばかりに今俺は見知らぬ世界に立っている事を忘れて掛けていた。

 知らない世界に居る以上、村だけでは無く、大きな街があると考えても良かっただろう。


「そうか。ただ学ぶとは、どう言う事だ?」

「え? いや、そのまんまだよ。王都にある魔法学校に通うとか?」


 ……。ノルドの提案には確かに一理ある。ただし、神が人間にそれも魔法について学ぶとは、何か複雑な気分がある。まるで上下関係が反転しているかのような。

 ただ今、力を取り戻すのにあーだこーだ言っていられないか。ノルドの言う通り、俺の持つ知識はあくまでも神界における知識であり、人間の持つ知識は持ち合わせていない。

 何故力を失ったのか、どうすれば取り戻せるのか、知っている者が居るかも知れない。


「そうか。分かった。なら、行こう。案内してくれ」

「オーケー! 此処から徒歩で一番近い王都でも半日掛かるけど良い?」

「まさか俺の体力を心配しているのか? 今更だな。一ヶ月も訓練してきたんだ。それなりの体力はあるだろう」

「そうだよな。じゃあ、支度して行くか!」


 そういうとノルドは意気揚々と自分の家に身支度の為に戻り、俺はそれに付いて行く。


 ノルドの家は、父と母の両親がおり、生涯一人っ子で生きて来た。既に両親は七十を超える歳で子供を作る気は無く、ノルドは小さい頃から剣の訓練、魔物狩りをしては王都で魔物の部位を売却し、そのお金で両親を支えて来た。

 それ故か俺と同じ様に村周辺の魔物を狩る事で村全体から厚い信頼を得ており、見張りは別に居るものの、村の最終防衛線として扱われていた。

 勿論、両親もノルドを支えていたが、剣の訓練どころか、戦う事には不慣れで、ノルドの剣に関しては生き延びてくれる事を祈るばかりだったが、今に七十歳まで生きて来た事にノルドに感謝しつつ現在は村の凡ゆる事を任せて居るという。


 ノルドがせっせと身支度する中、ノルドの父親は心配した表情で、ノルドに声を掛ける。


「ノルド、何処へ行くんだ? また、王都にでも行くのか?」

「あぁ、カオスを王都まで送り届けるだけだから、今日の夜には帰ってくるよ」


 ノルドは心配する両親に優しげな笑顔でいつ帰って来るかを答えると、父は安心しきった表情でノルドを見送り、俺に言葉を掛ける。


「そうかぁ。カオスさんは恐らくこの村には当分戻って来ないんだろう? ノルドが世話になったなぁ。またいつでもこの村に戻って来ると良い。まぁ、その時まで儂らが生きているかも分からんがなぁ……はっはっは」

「あぁ、俺の訓練にこの村では限界を感じたからな。もしいつか本当の力を取り戻したら、必ず此処に最初に戻ってくる事を約束しよう。それまで長生きするんだな」

「あぁ、いつか死んでも待っとるわ」


 生き延びろだの、いつか死ぬだの物騒な話の間にノルドが苦笑しながら入ってくる。


「父さん。死ぬのはまだまだ先だろ? いつか死ぬんじゃ無くて、まだ死なないって言ってくれよ。冗談は置いといて、じゃあ、行ってくる!」

「あぁ、いってらっしゃい」


 そうして、ノルドと俺は身支度を終え、ノル村を出発した。


……。


 ノル村を出発してから二時間。ノルドにとって最寄りという王都に向かってただひたすら歩く。

 道中は、俺がこの世界で最初に目覚めた時に見た景色と同じく、地平線が見える程にただ広い草原と、一本の道が続いている。

 地平線の向こうには建物の影すら見えず、本当に王都がこの先にあるのか疑う程だ。


「ノルドは小さい頃も毎度この道を歩いていたのか?」

「うん。だから体力は今のカオスより自信あるぜ。そりゃあ、この前みたいにずっと戦うのは流石にキツいけどな」

「全く……どこまでも歩いても草原ばかりで景色が一向に変わらないな。最初、王都に向かう時は迷わなかったのか?」

「あぁ、だってこの道があるからな。この道は行商人の馬車が偶に通る事もあるから、自然に無くなる事は先ずない。

 それとこの道は王都まで直通で分かれ道が無いんだ」

「なるほど。だから小さい頃でもほぼ安全に王都まで行けた訳か」

「ハハハ……まぁ、小さいからって理由でたまたま通りかかった馬車に何度も乗せられた事があるけどね。

 王都に向かう時は、何時も大きな荷物を背負ってたから商人も理由を分かって載せてくれたんだと思う」


 そう話し込んでいる間に出発してから四時間が経った。そこで地平線の向こう側に漸く建物の影が見えた。


「ん? アレがもしや王都か?」

「あぁ、そうだ。もうすぐだな! いやぁ、久しぶりの王都だ。知り合いは俺の事覚えてるかなぁ?」

「久しぶり? 最近は行って無かったのか?」

「うん。もう両親も歳だからねぇ。生活費はほぼ食費のみ。今や定期的に王都から物資が届くんだ。

 毎度毎度めちゃくちゃ遠い村から大量の魔物を売却していたから、もしかしたら誰かが話を付けてくれたんだと思う。

 だから最近は、魔物を狩ったら、物資を届けてくれる王国兵士と共に来てくれる鑑定士に部位を見せて、直接お金を貰ってるんだ」

「もし、本当にそうだったらお前の努力の賜物という事になるな」

「あぁ、そうだね」


 もうすぐ王都に到着するという所で視界の向こう側から丁度馬車が走って来た。ノルドによると今正に話していた王国兵士の馬車らしい。

 馬車は俺たちに気がつくと少しだけ道を外れて避けようとするが、ノルドを見つけると真横でスピードを落としながら止まった。

 そうすると馬車の中にいる全身に銀色の鎧と銀色の兜を被った王国兵士であろう人間が、窓から身を乗り出して来た。


「よぉ、ノルド。奇遇だな。これから王都にでも行くのか?」


 どうやらノルドの昔からの知り合いのようだ。鎧の人間は兜の口を開くと、三十代の中年の男が顔を見せる。


「あぁ、これからこの人を王都に送るんだ。送ったら直ぐに帰るつもりだよ」

「おう、そうかそうか。なら……王都はもう目の前だし、帰りは乗っていかないか?」

「うーん。そうしたい所だけど、この人は王都が初めてなんだ。色々手続きしないと」


 ノルドの言う手続きとは、恐らく王都に入る為の手続きだろう。俺が他に知る世界でも限って王国や王都と呼ばれる大きな場所は必ず手続きが必要だった。

 ただし検問という程厳しくは無く、出生も身元も不明な人間は良く居る。そういう時は仮証明書を作られ、後でお金を払う事で本証明書が作られる。というシステムだった。

 この世界ではどうなのか分からないが、それぞれの世界では若干違くても基本的には全て同じだった。


 鎧の人間がノルドに帰りは馬車に乗る事を勧めると手続きしなければならないと断られると鎧の人間は、和かな笑顔ですぐに紙に何かを書き、俺に渡して来た。


「そうかそうか。それなら心配すんな。ほら、お前、ノルドに信頼されてんだろ? なら俺も信頼する。

 王都着いたら門番の兵士にこの手紙と、ノル村から来たと伝えれば、これがすぐに証明書扱いにされる。

 ノルドは今此処から徒歩で帰るともれなく夜になっちまう。確か両親がもう歳なんだっけな? だから俺としてもあまり心配掛けたく無いって訳よ。

 門番に通してくれたら初めて来たといえば案内もしてくれるからさ、どうだ? この先は一人で行かないか?」

「そうか。有り難く受け取ろう」


 そう鎧の人間と話をつけると、ノルドもそれに納得するが、少し心配気味な表情になる。


「大丈夫か? カオス。お前、一ヶ月間一緒に暮らして、結構世間知らずな所もあったからな。王都でトラブル起こすんじゃねぇぞ?」

「ふっ、心配するな。俺はそこまで短気じゃない」

「なら良かった。じゃあ、またいつか村に帰ってきてくれよ! じゃあな!」

「あぁ……」

 

 そういうと、ノルドは笑顔で馬車に乗り込み、窓から手を振りながら、俺の視界から遠く去って行った。完全に見えなくなるまでノルドが手を振っていたのが見えた。


「さて、行くか」


 俺は身体を王都方面へ向け、清々しい気持ちで歩き出した。

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