第3話 基礎訓練

 我々神は最初は人間やその他の種族から崇拝される事で神界より存在を認められる。そして、いつしか大きな宗教として成り立った時にその『存在』だけだった無形が初めて神として具現化される。


 ただし、具現したとは言え、目には見えるが、生物とも言えない気体のような姿で現れる。ただそれが一応神界における神の完全体である。


 例えば俺は『混沌』を基準としているので、色が明細化されず敢えて虹色の球体として具現化したが、他の神は電流が空中で走っていたり、何もない空気が燃えているだけという、見れば大体何の神か分かるが、それと性質が似た神もいる為、それらを区別化する為に我々は、人型に姿を変えた。それが神が人の形をわざわざ成している理由だ。


 さて、力を取り戻すとは言え、その力が何かに奪われた訳では無く、単純に失ったと考えれば自然だろう。だから最初から人間の様に強くしなければならない。


 我々神は、具現化された時から既に強大な力を持っており、神の力は基本信仰によって強化される。だから、そもそも力が消滅するなんて事はその宗教体系が潰される以外あり得ない。

 更に言えば、俺の混沌とは宗教体系以外の凡ゆる知的生命体の『思考』が中心となっている為、今言った『潰れる』とは世界から自然以外の全てが死ぬと同然なのである。

 なのでやっぱりほぼ百パーセントあり得ない。現に、先程のノルドが俺の存在を知っている時点で、この世界で俺の力が失った理由にはならない。やはり、単純に失ったと言える。


 まぁ、だからと言って『訓練』のやり方が分からないと言う訳では無い。いかに成長するかは知らんが、俺がこの世界に降り立ってから最初にやった探査魔法の発動方法。あれは、基礎的な体内魔力の純度を高める事も出来る。つまり、文字通り訓練にもなるだろう。


 俺はノルドに何も言わずに、このノル村で丁度何も建っていない空き地を利用して訓練を始める。ただ子供の遊び場となっており、子供の声が若干邪魔になるが、集中すればそれも問題ではなくなるだろう。


 俺は腰の鞘から鉄の剣を引き抜き、目を瞑り、足元から体内へ魔力が流れ込むイメージを集中する。


 まだ何も起こらない。イメージはするが何も魔力の流れを感じない。しかしきっとこれを続ければ結果が訪れる筈だ。

 そこで、子供の声と腰辺りに痛みとも言えない衝撃が何故か伝わって来た。


「すげー! 本物の剣だぁー! おじさん何してるのー?」

「おりやああぁ!!」


 子供の大声が耳を貫く。そして子供のじゃれ合いだろう。突進と思わしき衝撃が俺の体幹をずらす。

 なんのこれしき。俺はまた意識を集中する。……。


「なーなー無視するなよー! おーい、聞こえてるのかー?」

「でりゃああっ!」


 そんなに俺が気になるのか? 子供は俺の体を叩いて反応を確認する。そして、次に何を思ったのか突進してきた子供は俺の腹に向かって木刀を突っ込んできた。


「ぐっ……!」


 やはり人間の身体同然になっている。本来なら痛みすら無いと言うのに、俺の腹に抉られる様な痛みが伝わる。しかしまだだ、子供のじゃれ合いなんざ相手にはしてられん。俺はまた意識を集中する。……。


「みんなっ、このおじさんきっと眠ってるんだ! ヒソヒソ……」

「おりやああぁ!! うおおおぉ!!」


 俺は嫌な予感を察しハッと目を開く。すると、子供達は俺に一斉に木刀や石、鉄棒までもを四方八方から叩き付けて来た。これが子供の悪戯な物か! 俺は子供達を睨み、一つ言葉を発する。


『静まれ』


 それは一瞬だった。ほんの一瞬だが、『神の威厳』特有の地響きとも言える、俺の発した言葉が空気を振動させた。


 すると子供達は一斉攻撃を俺に当たる直前で止めた。ただ表情にただならぬ恐怖を残して、一歩二歩と下がると、三歩目で一斉に逃げ出していった。


「あ、あ、あ! うわああぁ!!」


 少しやり過ぎた……。では無い。何故、どうやって発動した? 魔物には一切影響が無かった。あの子供達は周囲の魔物よりも弱いというのか?

 まぁいい。これも土を軽く爆発させたと同様。神の力の名残だろう。


 その子供の逃げ惑う声を聞いてか、横からノルドが驚いた声音で俺に声を掛けてくる。


「一体何があった!? えっと……カオスさん? 力を取り戻すって言ったが何をしたんだ?」


 流石に怪しまれるか。ノルドにとっては俺は部外者。ここで関係を悪くし、村を追い出されるのは回避しよう。


「特に何も。度が過ぎていたから説教してやっただけだ」

「説教って……特に怒鳴り声も聞こえなかったけど、あの子供の表情と言い、親の所まで泣き叫んで逃げて行ってたぞ!?」

「それは知らん。俺はただ「静まれ」。そう言っただけだ」


 俺は力を試す為に、ノルドにも子供達に言った同じ言葉を言って見た。しかし、ノルドは首を傾げるだけで何も効果は起きていない様だ。


「静まれ……かぁ。うーん。分かった。今ので村の他の人や親が絶対文句言ってくるから、次からは外でやってくれないか? 大丈夫。周囲は俺が見張ってやるから!」


 俺は人間に守られる所まで堕ちたというのか。まぁ、今の俺は戦う力も無いのも事実。此処は正直に頼もう。


「そうか。それならそうして貰おう」

「オーケー。任された。じゃあ、早速移動しようぜ。場所は……村のすぐ外側で良いからさ」

「分かった」


 そうして、俺はノルドにノル村の外側に案内され、そこでまた俺は訓練を再開。特に魔物に襲われる事は無く、夕陽が落ちかける時間までやった。ただ特に訓練の成果は無かった。


「ふぁ〜あ……おっと、もうこんな時間か。なあ、カオス。お前寝泊まりする場所無えだろ?」


 寝泊まり? 俺はノルドが突然発した言葉を理解出来なかった。俺は首を横に振って言う。


「何を言っているんだ? 俺に休憩は必要無い」

「いや、あんたはそうかも知れんが、俺は必要なんだよ。疲れてて見張りなんて出来ねぇよ」

「そうか……。確かに俺が寝泊まりする場所は……あ?」


 一瞬立ち眩みがした。何とか片足で体勢を踏ん張るが、何故か全身に重りを付けたかの様に今にも倒れそうな程に体が重く感じる。


「んだよ。やっぱりお前も疲れてんじゃねぇかよ。俺の家、泊まらせてやるから。あんたが自分で魔物を倒せるくらいになるまで面倒見てやるぜ?」

「いや、俺は……何故だ? あり得ない」


 人間の身体。その様になった。とは思っていたが、これでは本当に人間の身体ではないか。俺は神。神は疲労や空腹という概念が無く、年中無休で動く事が出来る。なのに……。次は腹から大きな音が鳴る。


「くっ……!? なんだこの感覚は……?」

「おいおい、まるで今まで疲れを知らなかった風じゃんかよ。カオス? 本当に大丈夫か?」


 あぁ、大丈夫だ。そう言おうとした瞬間、まるで上から重力で押し潰されるかの様に、俺は突然地に仰向けで伏した。

 そして、間もなくして意識が途絶えた。

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