第2話 状況の確認

 俺は大木の元を離れ、腰に構える鞘から鉄の剣を抜く。神の権限と力はほぼ失ったと言えるが、まだ試していない力がある。土を小さく爆発させる力があるという事は、完全には失っていないのだろう。


 俺は鉄の剣を両手に正面に構え、目を閉じ集中する。体内魔力ではなく、地中に流れる自然の魔力を自分を中心に集まってくるイメージをする。


 本来ならイメージとおり多量の自然魔力が自分の身体の中に雪崩れ込んでくる筈だが、今の所イメージしか出来ない。魔法の発動は、体からどの様に魔力が流れ出るか、強くイメージする事が大切で、もし魔力の流れがイメージ通りになれば魔法発動の前提条件は完璧に整う。


 ただし、前提条件が整っていなくとも、弱い力では有れば発動は可能。だからと言ってこれは決して実戦向けではなく、訓練段階である。自分の力に自惚れ、訓練段階で調子に乗る人間が魔物に餌になる場面は何度も見た事ある。正に今俺がやろうとしている事だ。


 十分に力が体内に収束する所をイメージした所で俺はカッと目を開き、鉄の剣を足元の地面に突き刺す。


 サクッと優しい音共に鉄の剣が地面に突き刺さる。この時に発動する魔法は、自身を中心に魔力を地中の広範囲に拡散する事で、周囲の魔力を探知する。基本的な探査魔法だ。


 そうして、俺が辛うじて感じとる事が出来た物は、草原を獲物を追う為に飛び跳ねるバッタだけだった。


 駄目だ。もう本当に諦めた方が良さそうだ。神の力を先程は完全には失っていないと言ったが、それにしても使い物にならない程度。使えたとしても全くもって無意味にも程がある。


「……ッチ」


 俺は思わず舌打ちをする。人間の中でも最下位まで堕ちた事に。


 そう俺は、今やっている事を止め、周囲に安全に休める村や街が無いかを探そうとすると、そんな隙だらけの俺をずっと狙っていたかの様な涎を垂らしながら俺の事を見据える狼型の魔物と対峙する。


「グルルルル……」


 これほどの魔物で有れば本来なら神の威厳を発するだけで手懐ける事が可能だが、幾ら睨み返してもそれも発動する気配がしない。俺は戦う事を決めた。


「グルルルル……グルアァッ!!」


 次の瞬間、狼型の魔物は俺に飛びかかってきた。俺はその攻撃に合わせて、大きく口を開けたそれを断ち切るが如く、両手に剣を構え思いっきり斜めに振り下ろす。


 しかし、どうやら筋力まで落ちているのか。勢い良く振り下ろした剣で狼を一刀両断するどころか、その強い顎で鉄の剣を噛み付かれ、俺は仰向けに倒れ、狼の噛み付きを必死に鉄の剣で防ぐ。


「ガアアァッ! ガウガウ!」


 仰向けの状態でその場を凌ぐ俺の顔面に、狼型の魔物の涎がだらだらと垂れ落ちる。


 神だと言うのに……情けなさ過ぎる!!


 その時だった。俺の目の前で突然、狼型の魔物は、両断。真っ二つに斬り裂かれる。真っ二つに斬り開いた魔物の身体の奥には茶髪の青年が居た。


「おいあんた! 大丈夫か?」


 俺は咄嗟に言葉か出なかった。恐らく目の前にいるのは人間だろう。神が人間に感謝を述べるなどあり得ないからな。なんと答えたら良い物やら。


 青年は俺を立ち上がらせようと手を伸ばすが、俺はその手を取らず、無言で立ち上がる。


 青年は俺の態度に特になんとも思わないのか、生きている事に安心したのかホッと息を吐き、俺の全身を足元から頭まで良く見つめると、怪訝な表情で首を傾げながら俺に質問する。


「そんだけ良い体格してんのに、狼一匹にすら勝てないのかよ?」


 俺は、その質問にも何も答えずに片手を開いたり、閉じたりして、本当に筋力が落ちてしまったのかと確認する。そこで俺は逆に聞きたい事を聞く。


「辺りに安全な村や街はあるか? あるなら案内しろ」

「おおう……まぁ、一応あるぜ? 丁度狩りをしようと村から出て来た所であんたに会ったからな……」


 青年は俺の質問に対し、感謝もしない態度のせいか、一瞬戸惑う様な口調ですぐそこに村がある事を教えてくれた。


「それで? あんたはあんな所で何で狼と戯れていたんだ?」


 俺は何故か力を失った。しかし、神である事は確かである為、青年の質問に俺は正直に答えず、その理由を濁らせて伝えた。


「腕試しだ」


 こう答えれば、どんなに不利な状況を見られても簡単に片付けてくれるだろうと思った。だが、その考えは違った。


 この世界では俺が戦った狼型の魔物は、戦闘経験が無い、狩人でも簡単に狩れる程で、不意を突かれない限り不利な状況になる事は滅多に無いらしい。という事で、思いっきり馬鹿にされた。


「腕試しぃ? 何を言い出すかと思えば、あの狼に喰われそうになるなんて……あはははは! 狩人が不意を突かれない限り滅多に無いってのに、立派な剣を持ってるのにあんな風にやられてる人初めて見たぜ!?」


 青年は俺の答えを聞くと、腹を押さえながら、ゲラゲラと笑う。俺は、答え方をもう少し考えれば良かったと、少し苛立ちを見せながら溜息を吐く。


 そう青年と話し込んでいると、割と直ぐに数分で村に到着した。村はかなり小さく、数軒の小さな家々が立ち並び、人口は五十人も満たない集落だった。


 青年は村の中へ入ると、こちらを振り返り、大きく手を広げて和かな笑顔で俺を迎える。


「ようこそ! ノル村へ」


 俺はその精一杯な笑顔も無視し、用件を伝える。人間に歓迎されるのは悪くは無いが、今まで俺が感じていたのは、崇拝されている事を前提とした歓迎だった。


「此処が安全な村か? なら此処を使わせて貰おう。先ずは本来の力を取り戻さなくてはならない」


 俺は別に観光しに来た訳では無い。やるべき事を直ぐに実行しなければ。そう俺が早速行動に移ろうとすると、何がしたかったのか、青年は慌てた様子で俺に質問する。


「ってあれ……? えぇっと、まぁ良いや。そういやあんたの名前は? 俺はノルド」

「俺はカオスだ」


 俺は特に躊躇う事なく平然とそう名乗るが、ノルドはその返答を聞いて苦笑する。


「へ、へぇ〜神様と同じ名前なんて変わってるねぇ」


 俺は此処で初めて人間が俺が神である事を認知していない事に気が付く。『神の威厳』も通常の魔物に発動しない時点で気がつくべきだったか。どうやら俺の神たるオーラも消えている様だ。


 俺は創造した世界に度々降りる事があったが、威厳を使わなくとも俺の姿を見た者は直ぐ様、膝を突いていた。


 ノルドは笑うが、事実である以上怪しまれてもそう名乗るしか無い。


「あぁ、現に俺はその神だからな。創造神カオス。神界の座において最高位の神だ」

「あぁ、そういう事。オーケー。それ以上は詮索しない事にするよ」


 なにか府に落ちない表情をしているが、どうやら理解はしてくれた様だ。

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