第1話 別次元世界

 俺はただ巨大な木の下で、青い空を眺めつつ、今自分が置かれた状況を考える。


 小世界の整理をしている間に突然起きた。自分の作ったブラックホールに巻き込まれた? 世界を整理した事は今回が初めてでは無い。その中でブラックホールに手違いで飲み込まれた事は何度かある。


 しかし、別世界に飛んだ事は今まででは、初のケース。ただそう考えてもブラックホールの中に別世界があるとも思えない。何せ、ブラックホールに吸い込まれた小世界は、未完成であるが故に、不完全の為、ブラックホールの中で形を維持出来ないからだ。つまり文字通り粉々に砕け散ってしまう。


 いくら考えても分からない。何故俺が世界の地上に立っているのか。俺はとりあえず此処を別次元世界と名付ける事にした。


 俺の作った世界は小世界の数と比べて実は十本指で数えられる程しか作っておらず、今の様に地上に立ち、パッと見ればどの世界か大凡見当はつく。


 しかし、俺が作った世界の中でも今いる世界はそのどれにも当たらなかった。つまり俺の知らない世界。世界を創造する権限は、俺カオスしか許されておらず、そもそも他の神では世界創造の権限を行使出来ない。


 だから別次元世界だ。恐らくは俺の知らない別次元の世界。そう説明付ければとりあえずは納得は出来る。


 世界の大まかな事に関しては、追々考える事にしよう。先ずは大宇宙か、神界に帰還する事だ。


 俺はくうに手を伸ばし、次元回廊を開こうとする。しかし何故か何も起きない。


 次元回廊とは、神界に直接通じる道の様な物で、『神の座』を所持する者は、誰にだって開く事が出来る。だが、何も起きない。


 俺は首を傾げる。幾ら手を伸ばしても、「開け」と叫んでも何も起きない。まるで力を失ったかの様に。少なくとも次元回廊は、権限を剥奪された神でさえも、『神』という位置を持つと同時に『座』も最低限は残される為、次元回廊が開けないなんて事はあり得ない。


 それでも開く事ができない俺の現状からすると、もう単純に力を失ったと言っても良いだろう。例え神が本来、力を失う前例が無くともだ。


 じゃあ、権限の行使は?


 俺は、また空に手を伸ばし、手の平を素早く上に振る。大地を隆起させる力を行使する。やはり何も起きなかった。出来としたら、足元の土が、勢いは無いが小さく爆発した程度。


 おかしい。一体どこまで力が退化したというのだ。これじゃあまるで……魔法の素質を持たない人間そのもの。


 先程から、魔法を発動する際に必要な体内魔力の流れを一切感じない。土を爆発させた時も同様。創造の権限の名残があるのか、一瞬だけ手から魔力が流れ出る感覚はあるが、それまでに過ぎない。


 俺は、次に自分の体を確認する。神界に住う神々は誰が誰なのかを明確にする為に、敢えて人型に身体を形成させており、俺の身体は、腰まで伸びる緑色の長髪に、20代前半の色白の肌に若い男性の顔に体格を作り上げている。顔はどちらかと言えば整っているように作っているつもりだ。


 後ろに手を伸ばせば、緑と黄緑が混ざった髪を触れる事が分かるに、恐らくは俺の形成した身体はそのまま受け継がれているのだろ。


 しかし、衣服は俺の知る物では無かった。神界にいる時は、流れる水の河と、吹かれる風の模様が刺繍された薄く布の様な服を着ていたが、今俺の服は、グレーのTシャツと茶色のチノパンの上に、革のチェストプレートと腰に巻かれるウェストポーチ、革のブーツというスタイルだ。


 鏡を見なくても分かる。人間そのものの姿だと。強いて言えば確か『冒険者』という身なりだったか。それも最低限の装備。初心者冒険者とも言うべきか。


 まさか? 俺はこれからこの世界を冒険しろとでも言うまいな? まるでそれが事前に準備されていたかのような。


 ポーチには黄緑色の液体が入った小さな瓶が三個に、水が一杯に入ったボトルが一本腰にぶら下げされ、右腰には程よく長い鉄の剣が納まった鞘。


 馬鹿馬鹿しい。神という座を持つこの俺が、いままで人間を世界の外から見下ろしていた俺が、人間の身なりをして冒険だと? ふざけるのも良い加減にしてくれ。早く、俺の力を元に戻せ。


 なんて思っても最高位の俺が誰に頼み事をするんだか。ここはもう諦めるしか無いのだろうか。力はこれから人間の真似をして、最初から付けなくてはならないのか。


 考えれば考えるほど俺は大きく溜息を吐き、苛立ちを露わに背もたれにしていた大木の幹を殴る。


 こうなったらもうやるしか無い。神の力を戻す為に、人間の真似を……いや、冒険とやらをして、神の力を戻す方法を探さなくては。


 もしこの別次元世界に俺の知らない別の神が俺を飛ばしたとしたら、その挑戦、受けて立とう。俺は、先ず最初に周囲の状況を確かめる事にした。

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