14話:エルフの里


「死ね! 蛮族が!」


 そんな叫び声と共に、魔術によって生成された木製の矢が俺へと迫っていた。


「がるぅ!!」


 俺の影から飛び出した【影狼シャドーウルフ】のシャルがその矢を噛み砕く。


「っ! 魔物使いか!! ならば――【ウッド・スピア】!!」


 見れば、小さな妖精を連れた青髪の背の高い女性が俺へと向かってレイピアを向けていた。次の瞬間、俺の周囲の地面から木の根がまるで槍のように飛び出てくる。


 俺は【精霊刃】を発動させ、魔術を放つ。


「――【ホーリーウッドウォール】」


 俺とミウ達の周囲に木の壁が出現し、槍を防ぐ。


「っ!! 今のは精霊魔術!?」


 木の壁が消え、驚く女性の顔が見えた。肩辺りまで伸びた青髪に、銀色の瞳。何より特徴的なのはやはり長く尖った耳だろう。妖精を連れているし、どう見てもエルフだ。


 まさかいきなり遭遇した上に攻撃されるとはね……。


「俺らは敵じゃない。だから武器を下ろしてくれ」


 俺がそう言いつつルクスの杖を上へと向けた。すると、アリアが飛び出した。


「リクレットさん!!」

「アリア!! 無事か!?」


 アリアがそのエルフへと飛び付いた。どうやら、アリアが助けた耳のお姉さんとはやはりエルフの事だったようだ。


「すまねえ……私を助けたばっかりに。もしかしたら面倒事に巻き込まれているかもしれないと思って戻ってきたのだが……」

「大丈夫だよ。あのお兄さん達が助けてくれたの」

「ふむ……なるほど。ちょっとだけ先走りすぎたようだな」


 ちょっとどころか、死ね! とか、蛮族が! とか言ってませんでした?


「あー、俺はルインで――」

「ミウだよ!」

「――っ!? ネコ様だと!?」


 エルフのお姉さん――ミウを見て、リクレットが驚愕の表情を浮かべていた。


「へ? ネコ様?」


 ネコとはミレネシウス神のことだ。なんでミウを見て、そう思ったんだ? エルフ達の間では獣人をネコと呼ぶのかもしれない。エルフはルクスを神と崇めているから、ミレネシウス神なんて信じてないしね。


「ば……ばかな! いや……そうか……そういうことか! おお、ルクス神よ! 感謝いたします」


 今度は、空を仰ぎ感謝しはじめるリクレットさん。なんか一々リアクションがオーバーだな……。エルフってもっと楚々として物静かなイメージがあったんだが……。


「ならば、君達全員を我が里に案内しよう!! さあ、行こう、救世主よ!」


 そう言ってアリアを連れてズンズン進むリクレットさんは、俺達の話をこれっぽっちも聞くつもりはないようだ。


「まあ……結果オーライ……なのか?」

「あはは、エルフさん、早く見付かってよかったね」


 ミウの前向きな言葉に俺はいつも励まされるな……。ありがたい。


 そうして、俺達はリクレットさんの案内のもと、エルフの里へと向かったのだった。



☆☆☆



「……なんか想像と違うんだが」

「そうなの?」

「うむ……」


 森の奥深くまで歩いていくと、その先には――巨大な門があった。いやそれは良いんだ。だけど、その向こうに見えている無骨な鉄の砦は、およそエルフらしくない。


 いや、ほら、エルフって巨大な樹を家とかにしてそうじゃん!? なのに、めちゃくちゃ鉄製の砦があるんですけど!!


「帰ったぞ!」

「リクレット姫!? ご無事だったのですか!?」


 門番と何やら話すリクレットさん。姫って言葉が聞こえた気がするが、気のせいに違いない。


「すぐに、母上に報告を! 私も救世主様をすぐに連れて行く」

「はっ!!」


 門が開いていく。その先には――


「整列!! 良いか!? お前らは蛮族以下のウジ虫だ!」

「いえっさー!」

「返事が小さい!!」

「いえっさー!!」

「おい、武器が足りねえぞ!!」

「鉄生成士に言え! 鉄も火も足りてねえんだよ!!」


 火の匂いが立ちこめ、鉄の叩く音が響き、上半身裸の屈強な男達が怒鳴り合っている、素敵空間が広がっていた。


 アア……俺のエルフ観を返して……。


「こっちだ」


 リクレットさんが、砦の方へと案内してくれた。砦まで間には大きな通りがあり、その左右には鉄で出来ていると思われる建造物が並んでいる。


 そこかしこに巨大なボーガンが設置されており、見張り兵が高台に立っている。まるで軍事拠点のようだ。


「なんか……凄いね。肌がピリピリする」

「まあ……王国、ミレネシウス教団の連合軍とエルフ達との戦争はまだ終結していないからね。王国側が一方的に勝利宣言しているだけって聞いた事あるよ」

「その通りだ、ルイン! 我らはまだ負けておらん!! そして救世主のネコ様が現れた以上、我らの勝ちは必然!! 勝利は我が手にあり!」


 ここへと至る道中でリクレットさんと話して分かったのは、彼女はかなり思い込みが激しい女性だということだ。


 そして砦内に入ると、その最上階へと案内された。


 鉄に囲まれた砦内では屈強なエルフの兵士達しかおらず、俺はゲンナリしていたが――


「母上!」


 そう言って、リクレットさんが開いた大扉の先には――


「おお!! これこれ!! ミウ! これだよ!!」


 緑に囲まれた空間があった。足下はふわふわとした草が生えており、壁も天井もツタが生い茂っている。中央には池があり、その中央の島に木製の玉座があった。


 座っているのは、薄い絹のドレスを纏い、王冠を被った青髪の美しい女性だった。


 そしてその周囲には似たような格好をした美女達が佇んでいる。


 まさに、ザ・エルフ! 素晴らしい!! あの人がエルフの女王かな!? きっと見た目通り楚々として物静かな女性に違いな――


「ん? えらく帰って来るのが早かったな、馬鹿娘が。どの面下げて戻ってきやがった」


 ……今のは聞かなかった事にしよう。うん。あんな感じなのに、口調がぶっきらぼうな鍛冶屋の親父だなんてありえない。ありえない……。


「うるせえ! 良いか? 聞いて驚け! やはり神託通りに、ネコ様が降臨したのだ!!」


 リクレットがそう言って、ミウをその鍛冶屋の頑固親父……じゃなかったエルフの女王に見えるところへと連れ出した。

 

「っ!! その耳と尻尾! まさにネコ様じゃねえか!」

「だろ!? おら、褒めやがれ!」

「でかしたぞリクレット!」


 ああ……エルフの女王と姫の会話なはずなのに……俺のエルフ像が……ああ……。


「えっと……ミウはネコじゃなくてミウだよ?」

「ミウ、という名前なのか! 近くによれ! そっちのひ弱そうな男は従者か? お前は来んな」


 女王が俺を見て、従者とか言いやがった。いや、まあ見た目は確かに……。俺って貫禄とか皆無だし。


「むっ! ルインは凄い魔――むー」

「へへへ……あっしはしがない従者でして……へへへ」


 俺は咄嗟にミウの口を塞いで、演技をする。こうなってくると、魔王と明かさない方が良いかもしれない。


「ふむ、やはりか」

「むー! むー!」


 俺はミウにだけ聞こえるように、魔王である事を伏せて従者だということにすることを伝えた。彼女が頷いたのを見て、俺はミウの口から手を離した。


「か、彼は私のじゅーしゃのルインです! 大事な人だからてーちょーに扱いなさい」


 ミウ、演技下手くそだな……。


「なんと!? フィアンセか!? ならば仕方ない。客人としてもてなそうではないか! さあ、近くへ!」


 こうして俺達は、良く分からないまま、エルフの里で客人として迎え入れたのだった。

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四つの天を統べる者 ~無能テイマー、口封じに殺されかけるが封印されていた【四天王】を目覚めさせ【魔王】に覚醒。ちょっと待て、俺はスローライフしたいだけなのになんでお前ら世界征服しようとしているんだ~ 虎戸リア @kcmoon1125

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