音楽とジャガイモとフライパン
犬丸寛太
第1話音楽とジャガイモとフライパン
私は町で小さなお菓子屋さんを開いている。
この町では年に一回小学校と商店街が連携してワークショップ企画を行っている。
私は近くの小学校に出向いてお菓子作りの体験会を開いていた。
諸々の準備をしていると隣の教室からポンポンと跳ねるような音が聞こえてくる。そういえば打ち合わせの時、楽器屋さんがフライパンを使って音楽を演奏するとか言っていたような気がする。
さて、お菓子作りは理科の実験に似ているなんて話を聞くが、確かに少し分量を間違うだけでうまく仕上がらないなんていうことはざらにある。
なので今回は子供でも簡単に作れるスイートポテトを作ることにした。
砂糖や牛乳などの材料は学校側に相談して用意してもらい、メインのさつまいもは折角なので参加希望の生徒に持参してもらう事になっていた。
時間になりぞろぞろと生徒達が入ってくる。
やはりというかなんというか女の子ばかりだ。最近の女の子達はマセているなんて聞くけれどお菓子作りに興味を持つのは今も昔も変わらないようで少しホッとした。
女の子達がワイワイしている中で少し遅れて男の子が一人入ってきた。
少し気にはなったが、暴れん坊という感じでもないしお菓子作りに興味を持つ男の子だって当然いる。大丈夫だろう。
私は早速授業を開始した。まずは皮むきからだ。
各々持参したさつまいもを取り出しピーラーで丁寧に皮をむき始める。
黙々と作業している中で一か所だけ少しざわついていた。誰か指を切ってしまったんだろうか。そうだとしたら一大事だ。私は一目散に駆け寄る。
幸い誰もケガはしていないようだったが、その班は例の男の子のいる班だった。
どうやら男の子は間違えてジャガイモを持ってきてしまったらしい。それを女の子達がからかっていたようだ。
私はひとまず皮むきに集中するように女の子たちをたしなめ、男の子に話しかける。
「大丈夫大丈夫。ジャガイモでもスイートポテトは作れます。でもちょっとだけ材料が違うから一緒につくろっか。はい、まずは皮むきから。」
男の子は安心した様子で皮むきを始めた。
そうこうしていると皆皮むきを終えたようだ。あとは蒸して潰して砂糖、牛乳、バター、塩少々を混ぜて卵黄を塗りオーブンで焼くだけだ。
蒸している間にこっそり男の子にあるものを渡す。
「砂糖の代わりにこれを使ってごらん。」
手渡したのは練乳。
実は今回宣伝もかねてお手本とは別にジャガイモで作るスイートポテトを皆に振る舞う予定だったのだ。
うちの店では普通のスイートポテトとは別にジャガイモを使ったスイートポテトも作っている。実は普通のスイートポテトよりジャガイモと練乳で作ったスイートポテトの方がカロリーが低いのだ。女の子しか来ないだろうと思っていたので用意しておいたのだが、まさか真っ先に男の子に教えることになるとは思いもしなかった。
ともあれ、なんとか無事に私の授業は終了した。
皆出来上がったスイートポテトを食べながら談笑したり親へのプレゼントにラッピングしたり、甘い香りの中で思い思いの時間を過ごしていた。
今年もうまくいったようで微笑ましい光景を眺めていると男の子が私にお礼を言いに来てくれた。ありがとうございましたと一言言うと不器用にラッピングされたスイートポテトを大事に抱えて彼は教室を出て行った。
気になって少し廊下から覗いてみると彼は別の教室に入って行った。
確かあの教室は雑貨屋さんがビーズアクセサリーの体験教室を開いている所だ。
なるほどなるほどと私は勝手に納得しながら片付けのために自分の教室へ戻る。
ひとしきり片づけを終え生徒達もいなくなりうっすらと甘い香りの残る教室で私はいくつかフライパンを机に広げてみる。
男の子の恋路に思いを馳せながら大小さまざまなフライパンを菜箸でコンコンと叩いていると教室の入り口辺りから声をかけられた。
「へたっぴですねー、教えてあげましょうか?」
私は赤面しながら苦し紛れに返した。
「こういうのは想いが大事なんです!」
音楽とジャガイモとフライパン 犬丸寛太 @kotaro3
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