#135 寄り掛かるのではなく、支え合うために
「──確かにそのことも反省するべき部分ですが、点数にするなら四十点です」
「え」
不正解ではないが百パーセントの正解でもない。
思いの外厳しい採点に思わず声を漏らしてしまう。
というかもって……。
「ほ、他にもあるのか?」
「私は初めから反省点が一つだけだなんて言ってませんよ? 幾つかある中の一つに気付けたことを甘く見積もって四十点と判断しました」
そう解説する眞矢宮の語調は少し不機嫌に感じた。
俺が満点の答えを出せなかったせいだろう。
理不尽、とは思わない。
単に自分が至らないのだと思い知らされただけだ。
「まぁ、荷科君の境遇を思えば気付けないのも仕方ないかもしれませんが……」
「だったら眞矢宮が思う反省点ってなんなんだ?」
「少し話を戻しますよ。荷科君が星夏さんに怒鳴ったのはどういう理由でしたか?」
「え?」
不意に質問を投げ掛けられ、戸惑いながらも思い返す。
「星夏が眞矢宮の変心を疑ったことと、俺の気持ちを理解しようとしてくれないこと……」
「はい。方法や目的が異なるとはいえ、星夏さんのやってることは母親と何も変わりません」
「は、ハッキリ言うな……」
感情任せに怒鳴ってた時ですら思っていても口を噤んだことを、眞矢宮はキッパリと言ってしまう。
当人が居ないからまだ良いとはいえ、実際に言葉にされると中々受け止めにくい話だ。
だが確かに今の星夏は、あの咲里之と同じく自分のことしか頭にない。
殻に閉じ籠もって周りに意識を向けようとしないせいだろう。
「でも星夏だって好きであぁなった訳じゃなくてだな……」
「分かっています、悪いのは母親の方。ですがいくら星夏さんが友人とはいえ、私はあぁいう悲劇のヒロインぶって荷科君に際限なく甘えるところが大嫌いです」
「……」
「劣悪な家庭環境、ぶつけられた罵詈雑言……。えぇ、確かに悲劇でしょう。ですが事ある毎に荷科君に縋り付いていては、好意じゃなくて依存だと思ってしまうのも無理もありません。そうやって無自覚に荷科君を傷付けているところが本当に嫌いです」
歯に衣を着せぬ物言いで星夏を糾弾する眞矢宮に、俺は制止する言葉も失くして黙ってしまう。
もちろん額面通りに受け取っている訳じゃない。
彼女なりに星夏とは友情を育んでいたし、星夏の良いところもよく知ってくれているのも把握している。
これは……そんな彼女との付き合いの中で眞矢宮が感じた、星夏の嫌いなところを挙げているだけだ。
眞矢宮は鋭く細められた桃色の瞳で俺を射貫くように見据える。
そして告げた。
「荷科君は星夏さんが自分の気持ちを疑うこと言われて傷付いたと言いましたが……
限界が来る前にそう感じたこと、ちゃんと言葉にして彼女に伝えましたか?」
「──……ぇ」
齎された問いの意味を即座に呑み込めず、茫然とか細い息を吐いてしまう。
眞矢宮から受けた指摘はあまりにも予想外だった。
愕然とする俺を見て答えを察したらしい彼女が大きなため息をつく。
「その様子ですと、やはり伝えていないみたいですね」
「っ、そりゃ……そうだろ。星夏に文句なんて言える訳がない」
呆れた調子で納得する眞矢宮に、苦し紛れに反論する。
星夏は俺にとって大事な女の子だ。
勝手に感じた文句を言って、機嫌を損ねたらと思うと簡単に言うことは出来ない。
ましてや今の彼女は精神的に追い詰められてて……。
「その気持ちは大変よく分かりますし、荷科君ならそう考えるとは思っていました。ですが、全く不満を感じていない訳ではありませんよね? 抱えきれなくなった結果が今なんですから」
「うっ……」
共感しつつも至らない部分はしっかり指摘される。
逃げ場のなさに思わず呻き声を上げてしまう。
眞矢宮の言葉には確かな信頼が含まれているような気がした。
でも言われてみれば確かに、俺が星夏に不満を口にしたことはそんなにない気がする。
逆の場合でもあまり思い出せないくらいだ。
甘やかし過ぎるという点に関しても、正直に言えば自覚はある。
星夏に頼られるのが嬉しくて、傍に居てくれるなら基本的に受け入れて来た。
どちらも理由は単純明快……好きな人に嫌われたくなかったからだ。
「……でもそれって変なことか?」
ある種の開き直りのような言葉に、眞矢宮が苦笑する。
「何もおかしな話ではありませんよ。好きな人に嫌われたくないからって、不満を押し殺すのは誰にでもあることです。……尤も、荷科君の場合は度が過ぎていますが」
「そ、そんなにか……?」
「えぇ。特に星夏さんの境遇を理解しているからこそ、彼女の我が儘を殆ど快諾して甘やかしてしまうところが特に」
「む、無理な頼みはちゃんと断ってるぞ?」
「それでも星夏さんのお願いなら、なんだかんだで受け入れるのが荷科君ですから」
「……」
本人より理解しているような口振りに、いよいよ言葉が出なくなってしまう。
黙り込んだ俺に対し、眞矢宮は真剣な眼差しを浮かべながら『ですが……』と続ける
「星夏さんが好きなら、甘やかすだけじゃなくて叱らないといけません」
「叱る……?」
「はい。荷科君がされたり言われたりしてイヤなことを伝えるんです。一方的に寄り掛かられるだけじゃ、重みに耐えきれなくなって崩れてしまいますから。誰しもそんなに強くないんですよ」
「イヤなこと……」
本当に言って良いんだろうか?
ちゃんと俺の言葉が伝わるのか?
そもそも星夏の意にそぐわないことして、彼女に嫌われたりしないか?
悶々と思案してみるが答えは出そうにない。
星夏と対峙するのがとても恐かった。
気付けば俯いていた顔がソッと持ち上げられる。
上がった視線の先には眞矢宮の顔があり、桃色の瞳にジッと見つめられていた。
「ちなみに私にも荷科君に対して苦手だと感じる部分があるんですよ」
「眞矢宮にも……?」
バカ正直に聞き返す必要はなかったかもしれない。
けれども不思議と訊かないといけない気がした。
「目付き、とか?」
「最初は恐かったですけど今は違います。アプローチに気付いてくれない鈍感なところ。一人で抱え込んで頼ってくれない頑固なところ。喧嘩が強いからってすぐに無茶をするところ。俺なんかといって自分を卑下するところ……まだまだ言い足りないくらいです。それでも私は──いえ、これ以上は余計ですね」
「……」
思いの外サラサラと告げられた俺の苦手だと思う部分は実に耳が痛かった。
だが最後に眞矢宮が言い掛けたことについては心も痛んだ。
あれから三ヶ月は経っているとはいえ、まだまだ告白を断った後ろめたさは拭えない。
けれども謝ったところで意味が無いのも理解している。
そして彼女もあの夜に言ったように、消えない想いを抱えたままなことも。
だったら俺がこれ以上考えることもやぶ蛇だ。
「つまり何が言いたいかという話ですが……相手の良いところも悪いところも知って初めて、その人と向き合えるんだと思っています。どちらか一方しか知らないままでは信じられるモノも信じられません。強さに寄り掛かって弱さを支える……きっとそれが、荷科君と星夏さんが本当に望んでいる関係なんじゃありませんか?」
「──」
両手を降ろしてから眞矢宮はそう言う。
その言葉を聴いて俺は胸の中で渦巻いていた不安が、雲を散らすように消えていくような気がした。
一体何を迷っていたんだ。
星夏に立ち直って欲しかったはずなのに、俺が星夏を信じられなくなっていたなんて。
そのことにようやく気付けたのだ。
あまりのバカさ加減に自分で自分を殴りたい。
俺達はお互いを知った気になって、深く知ろうとしてこなかったんだ。
腐れ縁とセフレというある意味で近道をしたがために、誰よりも相手のことを理解していると自惚れていた。
だからあんなすれ違いが起きる。
だったらどうするのか……その答えは今まさに眞矢宮から貰った。
本当に眞矢宮は凄いな。
同い年のはずなのに、俺より大人だと思える。
もし俺が星夏を好きになっていなかったら……いや、こんなことを考えたら彼女の献身に泥を塗ることになるな。
それに星夏への想いをなかったことになんて出来る訳がない。
そんなありえないたらればを心の中で切り捨てた。
やることが決まったなら、のんびりしている暇はない。
立ち上がった俺を見て眞矢宮が微笑みを浮かべる。
まるで自分が見たかった光景を目にしたかのように。
寄せられた期待に気付くと同時に頬が緩む。
うじうじして蹲るのは……もうやめにしよう。
「色々とありがとな」
「いえ、お気になさらず。それよりも……行くんですね?」
「あぁ」
「それなら、私も最後までお付き合いしますよ」
「……サンキュ」
どこに行くのか、なんて分かり切っていることを互いに口にしなかった。
それでも通じ合えたのは信頼故か……未だに閉じ籠もってる臆病なアイツを叱ろうと思ってくれているのか。
どっちもでも良い。
確かなのは今すぐに会いたいというこの気持ちだけだ。
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