#139 反省とこれからのこと
こーたとの口論は一時間も経たない内に終わった。
話の種が尽きたとか、喉が痛くなって疲れたとかそういう理由じゃない。
話の途中で待ったが掛けられたからだ。
誰にって?
それは正座しているアタシとこーたの目の前で仁王立ちしてる……。
「私、とっても心配したんですよ? 話し合うはずがいきなり口論になってギスギスしていって、どうなるのか不安で寒空の下でずぅぅぅぅっと部屋の外で待ってたんです。なのに聴いている内に段々とおかしくなっていくんですよ。どうして痴話喧嘩になって、最終的にバカップルみたいな褒め合いになるんでしょうか……?」
──海涼ちゃんに。
口喧嘩の最中にこーたが彼女の家に居たのは知ってたよ?
でもまさか一緒に来てるとは思わなかったなぁ。
いきなり乱入して来たかと思ったら、こうして説教され始めたのだ。
それもただ怒ってるだけに留まらなくて……。
「イチャイチャイチャイチャと……ホントもうなんなんですか!? 失恋した私への嫌がらせですか!?」
「そ、そんなつもりじゃなくて……ね?」
「話し合えって言ったのは二人だろ……」
「確かに真犂さんと揃って焚き付けはしましたけど、誰もここまでやれなんて言ってませんよね?! あのまま放っておいても続きそうな勢いでしたよ!!?」
「さ、流石にそれは言い過ぎじゃない……?」
「だよなぁ……」
「喋り過ぎて喉を痛めた結果、声に張りがないお二人が否定しても説得力ありませんよ。あぁもう……人の心配を返して下さい」
「ご、ごめんなさい……」
「わ、悪かった……」
二つの意味であまりにも申し訳がなかった。
こーたも面目ないという面持ちだ。
でも海涼ちゃんを怒らせたのは、それだけ心配を掛けていた証拠でもある。
「大体、星夏さんは母親に言われたことを重く受け止め過ぎなんですよ。親であっても所詮は人一人の意見でしかないんですから、聴く必要の無いことだって幾つもあります。それなら自分を大事にしてくれる人の言葉の方が、ずっと有益に決まってるじゃないですか」
「前から思ってたけど、海涼ちゃんって案外口悪いよね……」
「余計な口を挟まないで下さい。誰のせいでここまで怒らせたと思ってるんですか」
「あ、はい。ごめんなさい……」
めちゃくちゃ睨まれた。
それはもう蛙を睨む蛇みたいにギンって効果音が付きそうな眼で。
恐くて海涼ちゃんの秘密に踏み込んではいけないと思わせる程に。
反射的に肩身を小さくして謝っていると、不意に温かい何かに包まれる。
温もりの正体はアタシに抱き着いて来た海涼ちゃんだった。
「ほんっっっっとうに心配したんですからね……! もしまた荷科君を傷付けるようなことをしたら、今度こそ絶交ですからね!」
「海涼ちゃん……ごめ──ううん、……ありがと」
「ぐすっ……」
涙ぐむ海涼ちゃんを見て、アタシは自分が踏み外し掛けた一歩がどれだけ大きかったのか痛感する他ない。
謝ろうとしたけれど、咄嗟に言葉を呑み込んで感謝の言葉を伝える。
なんとなく、こっちの方がいい気がしたからだ。
海涼ちゃんは本当に良い子だと思う。
まだこーたへの想いが残ってる彼女にとって、形振りに構わなければ今回は千載一遇のチャンスだったはず。
なのにアタシとこーたの仲を取り持ってくれた上に、こうして泣いてもくれる……。
改めて彼女を疑った自分が恥ずかしいし反省したい。
こんなにも思いやりのある友達にまで警戒なんてしてさ……こーたが怒るのも当然だよね。
「説教は終わったみたいだな」
「真犂さん……」
話が一段落したタイミングで、海涼ちゃんに遅れて中に入ってきた真犂さんから呼び掛けられた。
そうだ、この人にちゃんとお礼を言わないと。
「真犂さん、改めてありがとうございました」
「んな畏まる必要はねぇって。逆に恨み言ぶつけられてもおかしくないんだからよ」
「恨み言? 真犂さん、星夏さんに何かしたんですか?」
「まぁな。星夏の離婚した父親の浮気相手があたしだったって話しただけだ」
「えぇぇっ!?」
「あ~……だから星夏の旧姓を訊いたのか……」
真犂さんの意外な過去に、海涼ちゃんは動揺を露わにして驚く。
こーたの方はやっと腑に落ちたみたいに納得していた。
アタシより付き合いの長い二人でも知らなかったことを、真犂さんはわざわざ明かしてくれたんだと悟る。
自分が浮気に付き合わされたなんて吹聴するはずもないけど、それでも隠し続けた方が良かったかもしれないのに……つくづく自分が情けなく思えてしまう。
こーたとの口喧嘩ですっかり意識が逸れてたけど、アタシの今の気持ちをちゃんと伝えるべきだと決めた。
「真犂さん」
「ん? 遠慮なんかせずになんでも言えよ。知らなかったとはいえ、あたしが星夏の家庭を壊す一因だったことに変わりはないんだからな」
「それなら、言わせて貰います。
……アタシは、真犂さんを恨んでなんかいません」
「──!」
アタシの言葉が予想外だったのか、真犂さんは目を丸くして呆ける。
「……正気か?」
「ちゃんと正気ですよ。だって真犂さんは本気で恋をしていただけで、悪いのは浮気を妥協したあの人ですから」
冗談でも嘘でもなく、紛れもないアタシの本心だ。
もし真犂さんが浮気に対して後悔していなかったり、妻子持ちだって知った上での浮気ならまだ違った。
けれど彼女は弄ばれた挙げ句に捨てられた被害者だ。
当時の真犂さんには申し訳ないけど、どれだけ本気の好意を寄せられてもあの人がキッパリ断るか、初めに妻と子供がいると明かすだけで穏便に済ませられたはず。
そうせずに甘んじて受け入れて、ロクに責任も取らずに保身に逃げた方が悪いに決まってる。
「今になって分かることなんですけど、きっとどうあってもウチの両親は離婚していたと思えるんです。だから、たまたま巻き込まれた真犂さんを恨む理由なんてありません。むしろ、自分を手酷く捨てた相手の娘とか嫌ってても不思議じゃないですか」
「……ッハハ。負い目ばっか感じててそれはなかったわ」
自嘲したような、けれどもどこか晴れやかな表情で真犂さんは笑う。
そうして真犂さんとも折り合いを付けることも出来た頃合いに、ふと海涼ちゃんがこーたにあることを尋ねた。
「荷科君。星夏さんの母親を告訴するという話でしたが、進捗はどうなんでしょうか?」
「今は弁護士をやってる会長の父親に案件を引き継いで貰って、告訴準備に取り掛かってるって聴いてる」
「告訴……」
そういえばお母さんを保護責任者遺棄罪で訴えるために、ICレコーダーを使って証拠を集めてたんだっけ。
こーたの話しぶりからすると、完全に見捨てられた日の会話が決定打になったのかもしれない。
絶縁目的の行動だったけど、告訴するまでもなく向こうから勘当はされている。
でも今までの虐待を無かったことにしちゃいけないからこそ、こーたも会長も準備を進めてくれてるんだと察した。
「準備はどのくらいで済むんだ?」
「二日後くらいには向こうへ告訴内容の説明に、俺が星夏の代理として会長の父親と行くことになってます」
「えっ、もうそんなすぐ? それにアタシの代理って……」
「冷静じゃない状態で言っても負担になるだけだろ。それにもう星夏とアイツを会わせたくない。こればかりは自分が行くって言っても断るからな」
「……」
こーたの言い分に否定出来る部分は無かった。
むしろ代わりに行ってくれるって知って、ホッとしたくらい。
だって、お母さんに会ってまた何か言われると思うと恐くて仕方がないからだ
それに……告訴して戸籍上でも絶縁になるのは、あんな人であってもやっぱり悲しく思ってしまう。
向こうがこーたを未成年誘拐罪で訴え返すことを踏まえると、どれだけの時間が掛かるのか分からない。
だけど……アタシとお母さんじゃ家族になれない以上、こうするしかないんだよね。
こーたとのこと以外の現実も、ちゃんと受け入れなきゃいけない。
キチンと親離れ……しないと、ね。
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