#149 康太郎と星夏
「──セックスがしてぇ……」
「は?」
三年生になってから二週間が経った放課後、いつもの三人で話している最中に突如として智則が神妙な面持ちで呟きだした。
あまりの唐突さに思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
コイツは三年になっても変わらないなぁ。
「『は?』ってなんだ『は?』って? 彼女持ちの余裕ってか? カァーっ! なんで俺だけ三年生になっても彼女が出来ないんだよチクショォォォォォォォォ!!」
内心の呆れが顔に出ていたのか、智則は心底恨めしそうな僻みを露わにする。
去年の文化祭を経て俺も星夏と付き合うようになったため、友人間では智則が唯一の彼女無しとなった。
その現状を変えようと、智則なりに頑張ったようだが結果はご覧の通り。
眞矢宮の伝手で紹介した女子とも、連絡先の交換とまでは行かなかったそうだ。
「なぁ康太郎、尚也。俺はどうすれば彼女が出来ると思う?」
「まずその人の幸せを妬んで僻むのを止めるべきだろ。みっとも無さ過ぎる」
「めちゃくちゃ実感の籠もった意見!」
そりゃ娘の幸せすら妬む母親を知ってるからな。
尤も、正式に親権を失くしてすぐにどこかへ引っ越していったらしいが。
「もう少し落ち着きを持つとかね」
「落ち着きってどうやって持つんだよ」
「騒がない慌てない動じない……こんなところか」
「え……じゃあどうやって女子にアピールするんだよ……?」
俺と尚也が改善点を口にする度に、智則は袋小路に入ってしまったかのような表情になっていく。
そこまで深刻な顔するか?
呆れていると、愕然とする智則の背後にある人物が近付いて来たのに気付く。
「女子的に言うと、がっついて来られると恐怖の方が勝っちゃうんだよねぇ」
「マジか。全然知らなか──って咲里之ぉっ!?」
「やほ~」
アドバイスと共にやって来たのは、三年生になっても同じクラスになれた星夏だった。
驚く智則とは対照的に、彼女は朗らかに挨拶をする。
だが俺としてはどうしても見過ごせない点があった。
「智則。星夏の苗字は咲里之じゃなくて真犂な」
「うぉ、即座に修正入れて来るなよ。厄介彼氏かぁ? あ~わりぃ、さ──真犂」
「ううん、進級して早々変わったんだから、間違えても仕方ないよ」
智則の謝罪に星夏は気にした素振りも見せずに返す。
春休みの間に家庭裁判所へ申請していた星夏の親権は、無事に真犂さんが後見人として持つことになった。
それ機に彼女の苗字は咲里之から真犂へと変わっている。
始業式の後のホームルームで新しい担任から説明された時は、クラス中が驚いていた。
──荷科に変わったんじゃないのか、と。
三学期の間にバカップル扱いされ始めたとはいえ、流石にそれは早すぎるだろとツッコんだのは俺だけだった。
俺と別れたのかとか、真犂さんについて説明を求められたり大騒ぎだ
星夏に至っては互いに十八歳になったら婚姻届を出そうか、本気で考え出す始末だし。
こうして落ち着くまでに実に慌ただしかった。
軽く回想している内に、星夏は近くの席の椅子を引っ張って俺の隣に座る。
「星夏、もう終わったのか?」
「うん。今日も待たせちゃってゴメンね?」
「恋愛相談を受けてるだけなんだから気にすんなって。むしろ頼られるようになって誇らしいくらいだ」
「えへへっ」
一仕事終えた彼女を労ろうと肩を少し抱き寄せてから頭を撫でた。
撫でられた星夏は、目を細めながら猫みたいに俺の肩へ顔を擦り寄せて来る。
それを見る俺も穏やかな気持ちになっていく。
言葉の通り、三学期になってから星夏は他の女子から恋愛相談を受けるようになった。
過去の経験に裏打ちされた確かなアドバイスは頼りにされているみたいで、ほぼ毎日誰かしらから相談されることが増えたのだ。
最初は色々と心配したモノだが、噂があった頃より周囲と打ち解けている星夏が見られて今は安心している。
「コイツら、また人前で平然とイチャついてやがる……!」
「悪い噂も無くなって、すっかり校内一のバカップルだからね」
「独り身には毒でしかないんだが?」
「ん~僕も霧慧ちゃんに会いたくなって来たなぁ。卒業してから一緒に居る時間が減って寂しいんだよね」
「なんで追い討つんだよ尚也!? チキショォォォォッ! こんなリア充の傍に居たら発狂するから帰る!!」
気付いたら智則が泣き喚きながら教室を出て行った。
あんな風になっても友達を止めない辺り、アイツも人が良いよなぁ。
程なくして尚也も帰って行き、俺と星夏も学校を出た。
校門を出るまでの間も他のクラスや後輩達から好奇の視線を向けられる。
尚也の言う通り、学校一のバカップルとして注目されているからだ。
「見られてるなぁ」
「見られてるねぇ」
口ではそう言うが互いに不満は無い。
むしろ割って入る隙間なんて無いと見せつけるように、手を繋いで歩けるくらいだ。
まぁ単にくっつきたい以外にもちゃんとした理由もある。
「でもこうしていれば一年生からの告白も無くなるもんね~」
「なんで入学早々に俺や星夏の情報が回るんだよ……」
三年生になって間もなく、俺達はそれぞれ新入生から呼び出しを受けたのだ。
別に行かなくても良かったが、少しでも穏便に済まそうと二人で何度も向かうことになった。
案の定というか呼び出した目的は告白だった訳だが。
よくもまぁバカップルなんて呼ばれてる相手に、入学して颯爽と挑めるなぁと変な感心をしてしまった。
無論、答えはノーで返させてもらっている。
それでも粘る場合、星夏が俺にキスをすることで諦めさせた。
しかし俺はまだ良い方だろう。
三年か二年に聞いたのか、星夏には過去の噂を真に受けたバカが下心満載で告白して来ることが多かった。
当然、俺一筋である彼女が激怒したのは言わずもがなだ。
過去は過去、
高校生になったのならそれくらいは留意しておくべきだろう。
っま、それもこうやって周囲に見せつけていく内にだいぶ落ち着いて来ている。
そんな風に思い返していると、星夏が繋いでいた手で指を絡め始めた。
互いの指を交差させる、いわゆる恋人繋ぎの形に変わる。
そのまま彼女は俺の方へ軽く寄り掛かった。
甘い匂いと共に、温かくて柔らかな感触が伝わる。
「えへへ……」
「なんか機嫌良いな?」
「当たり前でしょ? こーたとくっついてると嬉しくて幸せなんだもん。こーたもそうでしょ?」
「まぁな」
星夏の言葉に対し素直に賛同した。
一年前の俺が期待しながらも諦めていた星夏との関係を、こうして現実に出来たのだから嬉しくない訳がない。
過去に自分に伝えても、きっと信じて貰えないような奇跡だと思える。
だからこそ、心の底から俺は……。
「──幸せだ。あの時、生きるのを諦めなくて本当に良かった」
「……アタシも。あの時、こーたの手を掴んで良かった」
決して良いことも、楽なことばかりがあった訳じゃない。
それでもこうして掴み取った幸せは、紛れもなく俺と星夏の二人が勝ち取ったモノだ。
そんな掛け替えのない今を、しっかりと噛み締めて行こう。
「っと、いつまでも止まってる場合じゃないな。行くぞ、星夏」
「うん、行こっか!」
そうして俺達は手を繋いだまま、駆け足で学校を出るのだった。
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