#145 こんなアタシでも




 文化祭二日目の午後。


 今日はメインイベントの一つである『ベストカップルコンテスト』が行われる。


 各クラスから男女一組ずつ出場し、どのカップルが一番なのかを体育館の壇上で競い合う。

 優勝したカップルは必ず結ばれるなんてジンクスがあり、どのペアも優勝を目指して闘志を燃やしている。

 なお参加するペアはカップルに限らないが、大会後はなんだかんだで付き合うことが多いらしい。

 むしろ優勝より参加の方がジンクスめいた気がしないでもないが。


 そんな大会にウチのクラスから出たのは、俺と星夏だ。

 既にお互いの間では気持ちを交わしているし、クラスメイトや他の学年クラスにもそれとなく両想いであるとは噂されている。


 今や周囲からも公認の仲の俺達だが、このコンテストで優勝することで星夏の悪評を払拭するのが狙いだ。


 そして肝心のコンテストの内容は至ってシンプルになっている。

 時間内に壇上で相手との馴れ初めを語っていき、最後にお互いへ一言伝えていくという流れだ。

 照れたり恥ずかしがったりせず、どれだけパートナーと気持ちを通わせているかを審査員や観客に見せつけていく必要がある。


 ただ惚気るだけといえば簡単そうに聞こえるが……。


「い……一希いつきくんとは、その……えっと……」

「ゆゆゆゆ、優里は、あの、ひひ、一目見た時から、かかか……」


 俺達より先にステージに上がっているペアが馴れ初めを話そうとしているが、緊張しまくりなせいで上手く話せていない。

 マイク通しにも関わらず声も小さいため、これじゃ話の要領も掴めなくなってしまう。

 その調子のままで時間だけが過ぎていき、敢えなく退場というパターンが続いている。


 むしろカップルじゃないペアの方がスラスラ言えている方だ。

 しかし相手のことを知り尽くしている訳ではないため、誇張したり踏み込んだ答え方をしたせいで、引かれたり喧嘩に危うく発展し掛けるなど決して優位とは言えない。


 だというのに会場の空気は盛り上がっている。

 なんでだ。

 妬ましいカップルが喧嘩したり、恥を曝していると面白がっているのか?


 智則なら『ざまぁ』とか思ってそうだ。


 ふと隣の星夏はどんな表情をしているのか見やると、緊張しているのか顔がガチガチに硬くなっていた。

 もしかして前のペアの緊張が伝染したのか?

 それを抜きにしても、星夏は人前で目立つのがあまり得意じゃないのもある。


 とりあえず一声掛けようとした瞬間……。 


『それでは最終組に出て頂きましょう! 2ーA組の荷科康太郎さん、咲里之星夏さんペアです!』

「っ!」


 何とも間の悪いことに俺と星夏の出番が回って来てしまう。

 自分達の番だと分かった途端、星夏の緊張が一層高まったのが分かる。


 もっと時間を掛けて励ましたかったが、生憎と時間がない。


「星夏」

「……?」


 だから一度呼び掛けて彼女の意識を俺に向けさせてから、無防備な耳元へ顔を寄せて告げる。


「──周りは気にすんな。俺だけ見てろ」

「っ!!」


 それだけ伝えてから、星夏の手を引いて壇上へ出る。

 果たして緊張が解れたのかは分からないが、時間がない中ではこれが精一杯だ。


 そうして良くも悪くも校内で噂になっている俺達が出てきたことで、体育館内は一際大きな歓声に包まれた。

 応援か冷やかしかどうであれ、俺と星夏の関係を周知させることに変わりはない。


『では自己紹介をしてから、お二人の馴れ初めについて語って下さい!』


 司会からマイクを受け取ると、早速と言わんばかりに促される。

 チラリと星夏へ目を向けてみれば、彼女はジッと俺を一点に見つめていた。


 確かに俺だけ見てろとは言ったが、それはあくまで緊張から目を逸らさせるつもりだったんだが……。


 でも星夏の表情に緊張の色は窺えない。

 結果的に見ればさっきの言葉は正解だったんだろう。


 憂いは絶てた。

 なら後は全力を出し切るだけだ。


「──俺と星夏は小学校からずっと同じクラスなんだよな」

「うん。ちゃんと話すようになったのは小三からだけどね」

「第一声が俺の名前が長いからこーたって呼んで良いか、だもんなぁ。今思うとすげぇ距離の詰め方だよな」 

「え~アタシ的にはそっちの方が呼びやすかったんだもん!」

「別に文句はねぇよ。むしろ星夏以外に呼ばれると違和感しかない」

「あっはは。こーたも気に入ってんじゃん」


 のっけからいつもの調子で話す俺達に、その内容からか審査員も観客も微かなざわめきを立てる。

 掴みは上々と言ったところか。


 このまま話し続けても良いが、馴れ初めを語る以上は相手を意識するようになった切っ掛けも言わないといけない。 

 普通に考えれば、自分が好きになった理由を話すなんて恥ずかしくて出来ないだろう。

 だがそれがどうした。


 照れ隠しで自分の気持ちを誤魔化す方が……俺は恥ずかしく思う。

 どうせ言ってしまうのなら、堂々と胸を張った方が誇らしい気がする。


「それで中学の頃だったよな。死のうとか考えてた俺を星夏が止めてくれたのは」

「……うん。あの時のこーた、本当にヤバかったよね」


 そんな思いで、今まで少数の人にしか話したことがなかった過去を明かした。

 唐突なカミングアウトに会場は大きくざわめき立つ。

 何人かは誇張だと感じるかもしれないが、星夏が否定しなかったことで大半は信じ込んだみたいだ。


「あの時に星夏が止めてくれなかったら、今の俺は絶対に居なかった。ずっと感謝してる」

「も、も~照れるなぁ~! ってかこーたが言ったならアタシも言わなきゃだよね」


 改めて伝えた感謝の言葉に、星夏は顔を赤くして照れながらも自身の話に繋げる。


「アタシだって小四の頃に親が離婚してから、ずっとこーたに感謝してるよ? 何回も迷惑掛けたのに、いつも『仕方ないな』って顔しながら助けてくれてさ……。こーたが腐れ縁じゃなかったら、アタシはきっともっと悪い子になってたと思う」


 その言葉は俺が咲里之に対して懐いた、あり得たかもしれないたらればと同じだった。

 当人である彼女なら察して当然の可能性なのだろう。

 けれども現実ではそうならなかった。

 だから可能性なんていくら考えても無駄になるだけだ。


 さて、もう残り時間も少ない。

 あとはお互いに一言伝えていくだけ。


 俺から言おうとした矢先……。



「こぉぉぉぉたぁぁぁぁっっ!!」

「!」


 キーンと甲高いハウリングが起きる程の大声でマイクを響かせながら、星夏は俺に呼び掛けた。

 それによって俺に限らず、体育館に居た全員が星夏の方へ視線を向ける。

 そんな注目を浴びながらも、彼女は赤らめた顔のまま真っ直ぐに俺を見つめながら言う。


「いつも面倒くさい我が儘ばっかで、寄り掛からないと立ってられないくらい弱くってゴメン! これからも色々と一杯迷惑掛けちゃうし、怒らせちゃうかもしれないけど!」


 勢いに乗せた感情のままに自虐を重ね、一呼吸おいてから続ける。


「こんなアタシでも! こーたの彼女になっていーい!!?」


 ──星夏にとって一世一大の公開告白を。


 シン……と会場が静寂に包まれる。


 観客と審査員はざわめく余裕もない程に茫然としているからだ。


 当然、目の前で告白された俺も立ち尽くしてしまう。

 しかし、そんな中でも思考だけはクリアになって働き続ける。


 面倒な我が儘?

 寄り掛かっていないと立っていられない?

 迷惑掛けたり怒らせる?


 まだそんなこと考えてたのかよ。

 バカというか真面目というか、とにかく星夏はまだまだ分かっていないらしい。


 マイクを片手に持ったまま、俺は彼女の身体を思い切り抱き寄せる。

 柔らかな感触や暖かさなんて感じる間もない。

 今は……この分からず屋にハッキリと言ってやりたい気持ちしかないんだ。







「──アーホ。最初から星夏以外を彼女にする気なんてねぇーよ」

「ぁ……えへへ」


 俺の答えを聴いた星夏は、隠し切れない喜びを表すように背中に腕を回す。


 その瞬間、会場はさっきの沈黙が嘘だったように盛大な歓声に包まれた。

 観客も審査員も司会も、目の前で起きた告白劇を前に最高潮の興奮を露わにしている。

 もしくは、今になってようやく付き合い出したことも影響しているのかもしれない。


 何はともあれ、この場にいた全員が俺達の仲を祝福してくれたのは事実だ。


 最後の最後で大きな盛り上がりを見せたベストカップルコンテストだが、どのペアが優勝したのか……それは言わずとも解るだろう。

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