#144 文化祭デート 後編



 程なくして戻ってきた後輩から謝罪と共に、撮った写真が入った封筒を受け取る。

 現像された写真は綺麗に撮れていて、星夏はとても嬉しそうにしていた。


 写真を貰った俺達は再び呼び込みをしながら校内を回っていく。


 メッセージで尚也にクラスの様子を窺ってみたところ、割と良い調子で客足が続いているらしい。

 地道な呼び込みのおかげか、星夏という美少女に釣られたからか、どちらにせよ俺達の活動が役に立ってるようで何よりだ。


「ちょっとお腹空いてきたかも」

「もうすぐ午後か。なら星夏は向こうのベンチで休んでろ。飲み物と食べ物を買って来る」

「じゃあお茶と焼きそばで!」

「分かった。すぐに戻ってくるからな。あ、言っとくけど──」

「だいじょーぶ。ナンパする人が来てもさっきの写真でお断りするってば」

「あんまり見せつけて欲しくないんだけどなぁ……まぁいっか」


 口で言って分からないヤツには効果的だと思うことにしよう。

 それでも出来るだけ早く戻るために、駆け足で目的のモノがある場所まで向かった。


 家庭科部が開いている『定番! 祭り屋台フードコート』では、列の捌き方が上手いのか幸いにも大して並ばずに済んだ。

 買うや否やすぐに星夏の元へ向かったのだが、ベンチには彼女の姿がなかった。


 どこに行ったのか周囲を見渡して見て……すぐに見つけた。


 星夏は少し離れたところで三人の男達に絡まれていたのだ。

 写真の効果なかったじゃねぇかと呆れながらも近付いていく。

 距離が縮んでいくと会話が聞こえて来て……。


「だから俺らは普通に話してるだけだって」

「本当にそうだったらこの子達はこんなに嫌がってないじゃん」

「緊張してるだけだって」

「てかキミもめっちゃ可愛いじゃん。せっかくだから一緒に行かない?」

「はぁ? イヤに決まってるでしょ」


 どうやら星夏は普通のナンパに遭った訳じゃないと察した。


 後ろには見覚えのある制服を着た三人の女子が居る。

 というかその内の一人は眞矢宮だった。

 なるほど、学校の友達とウチの文化祭に来た彼女がナンパに遭っている場面を見て、星夏が助けに割って入ったらしい。


 ちゃんと周りに目を向けられるのは良いが、それで自分の身を危険に曝す真似をしては要説教だ。

 尤も、星夏からすれば俺が言うなって話だろうが……見つけた以上は無視なんて出来ない。


「星夏、何やってんだよ」

「こーた!」

「荷科君!」


 星夏達と男共の間に立ち塞がるように割って入りながら呼び掛けた。

 俺の乱入に気付いた星夏と眞矢宮は嬉しそうに笑みを浮かべ、反対に男共はあからさまに不機嫌になって睨んでくる。


 三人いるからって有利だと思っているんだろうか。

 だとしたら間抜けにも程がある。


「なんだよお前。邪魔なんだけど」

「悪かったな。でも今は文化祭中なんだ。……これ以上絡むなら容赦しねぇぞ」

「「「っ!」」」


 拳をポキポキと鳴らしながら睨み返すと、三人はサッと顔を青ざめさせる。

 そのまま恐れをなしたのかそそくさと去って行った。


 逃げていった三人から目を逸らし、星夏と眞矢宮の方へ振り返る。


「ったく……間に合ったから良かったけど、無茶すんなよ」

「こーたに言われたくないし。でもありがと」

「あれくらいどうってことねぇよ」


 軽口を飛ばし合いながら星夏の頬を撫でると、猫のように目を細めてスリスリと寄せて来る。

 これで囲まれた恐怖も、ある程度は払拭出来たと思いたい。


 にしても顔が柔らかいよなぁ。

 何度触っても飽きる気がしない。

 いっそこのままキスでもしようかと邪念が過るが……。


「あの、人前で早々にイチャつくのやめてくれませんか?」

「「っ!!」」


 眞矢宮から呆れた調子で制止され、俺達は慌てて距離を空ける。


 やべぇ、後ろに居たの分かってたのに気に留めてなかった。

 チラリと目を向ければ、眞矢宮がジト目を浮かべている。


「ご、ごめん海涼ちゃん。わざとじゃないからね?」

「意図的でしたら悪質極まりないですよ」

「違うってば~!」


 星夏がオロオロと弁明するのも無理もない。

 眞矢宮の気持ちを考えれば、俺達がしたことは無神経そのものだからだ。


 いや、本当に申し訳ない……。


 そんな風に心の中で謝っていると、眞矢宮の友達であろう二人の女子が俺をジッと見つけているに気付いた。

 警戒している……という感じじゃない。

 むしろ期待と興奮に満ちているような──。


「あ、あの! もしかしてあなたが荷科さんですか?」

「え? あ、あぁ」


 あのってなんだ?

 というかどうして俺の名前を知ってるんだろうか?


 唐突な疑問に動揺を隠せないながらも肯定する。


「きゃーっ! 眞矢宮さんからいつもお話は伺っています!」

「さっきのナンパを退ける手際! すごくスマートでした!」

「お、ぉお……?」


 すると二人の女子は、まるで生で有名人に会ったようなテンションで盛り上がり出した。


 あまりの喜びようについて行けず、俺は茫然としてしまう。


 眞矢宮は俺のことをどんな風に話したんだよ。

 チラリと吹聴したであろう当人に目を向けると、さっきとは打って変わって気まずそうにそわそわとしていた。


 気になって仕方が無いが、二人の興奮具合から訊けそうにない。


「えっと、眞矢宮と仲が良いんだな?」

「はい! 眞矢宮さんは容姿も成績も素行も突出した才女として有名で、わたくし達の学校では知らない女生徒は居ない程です!」

「そんな彼女が一人の異性と頻りに懇意であるとお話されるではありませんか! 女子校故に日頃男子と関わりが薄い私達にとって、眞矢宮さんから伺うお話は大変興味深く拝聴しておりますの!」


 めちゃくちゃ肴にされてんなぁ、俺……。

 その提供者である眞矢宮は崇拝されている事実を知られたくなかったのか、羞恥心から真っ赤になった顔を両手で覆っている。


 憧れの才女がそんな状態なのに構わず、二人は更にヒートアップしていく。


「はぁ~……まさかこうしてお会い出来るだなんて思いませんでした」

「あの、握手をお願いしてもよろしいでしょうか!?」

「あぁっズルいです! でしたら私は荷科さんのサインを!」


 アイドルか何かか俺は。


 いっそ振り解きたいが眞矢宮の手前、彼女の友人達を無下にするのは躊躇ってしまう。

 けれどもこういう扱いは慣れないせいで、どうにも居心地が悪い。


 どうしたものか頭を悩ませていると、不意に右腕が引っ張られた。

 何事かと目を向ければ、さっきまで眞矢宮の隣に居た星夏がしがみついていたのだ。


 よく見ると彼女は頬を膨らませ、明らかに不機嫌さを露わにしていた。


「握手もサインもダメ! こーたは今、アタシとデート中なんだから!」

「「!!」」


 そして二人に向かって大声でそう吠えた。

 制止された彼女達は目を見開いて黙り込んでしまう。


 だが警戒し続ける星夏は一向に俺から離れようとしない。 

 その様子を見て自分の失敗を突き付けられた。


 あぁクソッ、何やってんだ俺のバカ野郎。

 ちゃんと断らないせいで、星夏に要らない嫉妬までさせてんなよ。

 いくら眞矢宮の友人でも線引きくらいするべきだった。


 遅れて理解した自分の愚鈍さを腹立たしく思うが、後悔も反省も今は後回しだ。

 まずは俺から二人に断りを入れる。


 そのために口を開こうとして……。


「「きゃああああぁぁぁぁっっ!! 本物の嫉妬ですぅぅぅぅっっ!」」

「「っ!?」」


 何故かあがった歓喜の悲鳴によって遮られた。


 俺と星夏は揃って驚きを隠せず茫然としてしまう。


「す、素晴らしいです! 先程の男性達に勇ましく立ちはだかった彼女が、とても可愛らしく見えました!」

「えぇ、えぇ……! 荷科さんとの会話も実に自然で聴いているこちらがドキドキしました!」

「それにお二人とも和装ではありませんか! 並び立つとまさに『ばえ』になりますわ!」


 ハイテンションで捲し立てる二人に、俺達は完全に置いてけぼりになっていた。


 えぇ、もうなんなんだよこの人達……。


 なんとなく別の世界の住人に遭遇したような未知の感覚を懐いていると、苦笑を浮かべながら眞矢宮が駆け寄って来た。


「荷科君、星夏さん。私の友人が失礼しました。こちらのお二人──花恋かれんさんと愛香あいかさんはその、所謂『恋愛脳』という趣向の持ち主でして、時々こういう暴走をしてしまうところがあるんです」


 なんでそんな性格の持ち主が二人も揃ってる上に、友達としてやっていけてるんだよ。


 勘弁してくれ……恋愛脳なんてウチの生徒会長だけで十分なんだって。


 まぁ少なくとも、俺を横取りするような真似はしないってことだけは伝わったが。

 星夏も同じ納得をしたからか、右腕にしがみつく力を抜いていた。

 離れる気は無いらしい。


「見ましたか!? 今、私達が無害だと知った彼女さんの安心した表情!」

「はいもちろん! それでも腕を組んで離れないところが実に『えも』ですわ!」


 そして瞬く間に肴にされる始末だ。

 やがて痺れを切らした眞矢宮に強制的に連れて行かれるまで、二人の興奮は高まり続けるのだった。


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