#143 文化祭デート 前編


 ガヤガヤと賑やかな喧噪が校内の至る所に響く。


 今日は八津鹿高校の文化祭の日だ。

 この日のために多くのクラスが準備に勤しんで、その成果を発揮している。


 俺と星夏が所属するクラスの出し物は『和風喫茶』だ。

 和服のコスプレをした店員と、市販物だが風情がある和菓子を提供している。

 内装班だった俺は紺色の着物姿で呼び込み用の看板を持って校内を歩き回るだけだ。


 本来だったら一人で回っていたんだが……。


「美味しい和菓子のある、2ーAの和風喫茶はいかがですか~」


 星夏も一緒なのだ。

 ピンクの着物の上に水色のフリルエプロンを羽織り、二つ結びにしていた髪を服装に合わせて三つ編みにした姿で呼び込みをしている。

 着替えを終えて見せて貰った瞬間、時が止まったと錯覚するくらいに驚いたモノだ。

 当然、似合っていると褒めれば星夏は嬉しそうにはにかんでくれた。


 元から整った容姿をしている星夏がお淑やかな和服姿で呼び込みをするだけで、かなりの注目を浴びている。

 特に男子の眼差しが多い。

 中には良からぬ企みを持って彼女に近付くヤツもいたが、そこは隣に居る俺が睨みを利かせることで撃退してある。


 人の彼女に指一本触れさせてたまるか。 


 そんな星夏は口喧嘩を経て吹っ切れてからは引き籠もるのをやめて、普段通りに学校へ通うようになっている。

 一週間も不登校だった彼女だが、久しぶりに顔を合わせたクラスメイト達は星夏の復帰に安堵してくれた。


 だったらなんで本来の接客じゃなくて呼び込みをやってるのかというと、クラスの連中が変に気を利かせて俺達を二人きりにしようと考えたからだ。

 星夏と文化祭を回るという観点で言えば良いアシストなんだが、冷やかしでしかないために素直に喜べない自分がいる。

 険悪になるよりはマシだって分かってるんだけどなぁ……。


 なにはともあれ、クラスの方を気にせずに星夏と文化祭を回れることに変わりはない。

 今はこの状況に乗っかることにしよう。


 一応の目的である呼び込みを意識しながら、俺達は校内を進んでいく。


 文化祭の定番といえば買い食い系の飲食物やお化け屋敷だろう。

 だが前者は呼び込みの邪魔になるし、後者に至っては星夏が入りたがらないのは明らかだ。


 どこへ行こうか決めかねていると、星夏がある出し物に目を留めた。


「ね、こーた。あっちで記念写真が撮れるんだって」

「記念写真か……」


 心なしか星夏の声が弾んでいるように聞こえる。

 促された先の出し物は一年生が開いているようで、そのままの服装でよし、貸し出している衣装でもよし、とにかく文化祭の思い出を残そうという趣旨らしい。

 尤も俺と星夏は既に和装に身を包んでいるため、着替える必要もないだろうが。


 そういえば彼女と揃って撮った写真があまりないことを思い出す。


 学校行事以外で一緒になることはなかったし、想いを通わせてからも進んで撮ろうとした憶えもない。

 せっかくの文化祭……それも恋人として撮るならまさにお誂え向きじゃないだろうか。


「よし、なら宣伝も兼ねて撮るか」

「オッケ~」


 口調は軽いが俺が乗ったことに、星夏は嬉しそうなのが伝わった。


 早速、写真を撮るために列に並び、程なくして教室へ入る。


 中はパーテーションで複数のブースに区切られていて、他の客が写らないように工夫されいるようだ。

 入って来た俺達の姿を見た一年の女子が駆け寄って来る。


「いらっしゃいませ! お二人で撮られますか?」

「お願いしまーす。あ、服装はこのままで」

「分かりました! ……あの、二年の荷科先輩と咲里之先輩ですよね? こうして隣り合ってるとホントお似合いだなって思います! 応援してますね!」

「あははっ、ありがとー」

「ははは……」


 受付を済ませながら進展を応援されてしまう。

 星夏は朗らかに返すが、噂の浸透を目の当たりにした俺は引き笑いが精一杯だった。


 二年だけじゃなくて一年にも伝わってるみたいだ。

 星夏が狙われなくて済むと前向きに捉えることにしよう。


 複雑な心境を呑み込みつつも案内に従ってカメラの前に立つ。


「三枚まで撮ることが出来ますけど、ポーズはどうしましょうか?」

「こーた、アタシが決めてもいい?」

「よっぽど無茶なヤツとか、恥ずかしいヤツじゃないなら」

「じゃあお姫様抱っこで」

「……りょーかい」


 なんとも絶妙な注文して来たなぁ。

 まぁ出来るけど。


 苦笑しながらも了解で返すが、星夏の表情はどこか遠慮気味に硬くなっていた。


「どうした?」

「えと……ホントに良いの?」

「良いも何も、星夏がそうしたいんだろ?」

「そうだけど、もしこーたがイヤなのにやって貰うのは悪いかなって……」

「あ~……」


 星夏が何を言いたいのか分かった。


 先日の口論の後に冷静に話し合った結果、お互いに不満を感じた時は言葉にして伝えることを約束した。

 流石に細かいところを都度指摘するのは不仲に繋がるため、どこまでなら言って良いのかを探り合っていく必要がある。


 そこは時間を掛けていくしかない。


 だが閉じ籠もっていた星夏からすれば、今の要望でさえ俺が不満を覚えていないか心配なんだろう。  

 彼女の心情としてはそんなところかもしれない。

 しかし……。


「星夏なら軽く抱えられるから無茶じゃないし、恥ずかしいのは……まぁ少しはあるけど、それでも不満に思うほどじゃない」

「ホントに? 二つの意味で重いとか思わない?」

「くどい。そうやってしつこく訊かれたら逆にイヤな感じするぞ」

「うっ」

「ったく……」


 帰ったらまた話をしないといけないな。

 そう考えながら、言葉を詰まらせた隙に星夏の膝裏と背中に腕を回して抱える。


 うん、相変わらず軽い。


 遅れて自分の状況に気付いた星夏が一気に顔を真っ赤にした。


「うぇ、ちょっ……!?」

「暴れんな。あ~待たせて悪い。パパッと撮ってくれ」

「は、はい……」


 動揺を露わにする彼女を余所に、カメラを構えていた一年の女子へ呼び掛ける。

 星夏はともあく、なんで向こうも顔を赤くしてるんだか。 


 まぁどうでもいい。


 そうして撮影が始まると、星夏も抵抗を諦めて大人しくなった。

 一枚、二枚と順調に撮っていき、最後の一枚も問題なく撮り終える。


「お疲れ様でした! 撮った写真は今から現像してお渡ししますので、少しだけ待ってて下さい」


 そう言って撮影を担当した女子が出て行く。

 俺達はしばらく待つことになりそうだ。

 とりあえず星夏を降ろそうとしたが、不意に彼女は両腕を俺の首に回してより密着して離れようとしない。


「星夏?」

「ごめんね、さっきは面倒くさいこと言って」


 どうしたのか声を掛けてみれば、返って来たのは謝罪の言葉だった。


「喧嘩して一週間経つけどさ、やっぱり色々間違えないようにって不安になっちゃうんだよね。多分、これからも面倒なこと一杯言っちゃうと思う」

「だから先に謝っとくって? んなの気にしてたらキリが無いだろ。甘えたい時は甘えろっての」

「でも──」

「好きな子一人甘えさせられないんじゃ、男が廃る。不満がどうこうとか抜きに俺がそうしたいんだよ」

「……」


 俺の言い分に返す言葉を失くしたのか、星夏は口を一の字に噤んで黙る。


 眞矢宮には星夏を甘やかしすぎだと叱られたが、生憎とこの性分は変えられそうにない。

 もちろん反省を踏まえて自分の中で限度は設けてはいる。

 その可能な範囲で俺は星夏を甘やかしているだけだ。


 そもそも……。


「星夏の面倒くさい我が儘は今に始まったことじゃないしな。寂しがり屋の甘えん坊だからやけに重いし、かと思ったら急に遠慮して距離取るわで、もう面倒って言葉じゃ済まないくらい面倒くさいぞ」

「ひどっ」

「でも俺はそんな面倒なとこも含めて星夏が好きなんだよ。今さら繕ったところで手遅れだから諦めろ」

「っ……!」


 我ながら臆面も無く恥ずかしいことを言えたなと、内心で照れながらも表面上は平静を装う。

 けれども星夏に言ったことは紛れもない本音だ。


 それが伝わったからか、彼女は顔を真っ赤にして瞳を潤わせている。

 あまりに可愛い表情が面白く、つい笑みが浮かんでしまう。

 俺がニヤついていることに星夏が気付くと、むっと頬を膨らませながらぺしぺしと背中を叩いて来る。


 力が入ってないから全然痛くないな。

 本人も効いていないと察したのかすぐに手を止めた。


 尚も拗ねている彼女の機嫌を直すべく、顔をソッと近付けながら口を開く。


「その代わり、俺が疲れた時は星夏が甘やかしてくれよ?」

「え~見返り目的とか……」

「俺の命はあの日から星夏に預けたままなんだから、責任として甘えさせることくらい受け入れて貰わないと困る」

「アタシのこと重いって言うクセに、こーたの方がヘビーなこと言ってない?」

「重くなかったら二年も初恋を拗らせてない。呆れたか?」

「んーん。むしろ釣り合いが取れて良いんじゃない?」

「だな」


 気安いやり取りが一段落したところで、ふと俺達は互いの目が合った。

 星夏の空色の瞳は吸い込まれそうな程に透き通っていて、その奥からは何かを期待するような意思を感じ取れる。 


 そのままどちらからともなく、徐々に顔を寄せていき……。



「お待たせしました。写真をお渡し──っっ!!?

「「あ」」

「ししし、失礼しましたぁぁぁぁっっ!!」


 神のイタズラかとしか思えないタイミングで、席を外していた一年の女子が戻って来た。

 彼女は俺達の雰囲気から事を察し、大慌てで去って行ってしまう。


 すっかり雰囲気に呑まれて、自分がどこに居るのかを忘れていた。


「あははっ、と、とりあえず降ろして貰って良い?」

「おぅ、そうだな……」


 なんとも微妙な空気になってしまったが、これはこれで笑い話になりそうだ。

 そんなことを考えながら、逃げた後輩が戻って来るまでその場で待つことにした。


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