#125 会いたい




「ふぅ……」


 十一月も半ばになると寒い日が増えて来た。

 帰り道の間に冷えた身体を暖めるために、さっきまでお風呂に入っていたのだ。


 バスタオルで身体を拭きながら、頭の中でここ最近の出来事を思い返す。


 お母さんと清水さんの再婚から二週間が経った。

 相変わらずアタシの放課後と休日は縛られたままだ。

 こーたから説明を受けたクラスの皆は仕方が無いって許してくれたけど、やっぱり準備が手伝えないことに申し訳なく思ってしまう。


 その代償で出来た時間を使った『普通の家族』としての暮らしはあまり楽しくなかった。

 どこに行ってもこーたが居ないから、全く以て詰まらないせいだ。

 だというのに清水さんは暢気にも……。


「星夏ちゃん。たまには彼氏と遊んでも良いんじゃないか?」

「もし良かったら、彼氏も呼んで良いよ!」


 なんて無神経なことを口走って来るもんだから、アタシの中で彼に対する心象はますます悪くなっていた。

 最初に提案された時は思わず頷いてしまって、後になってお母さんに怒られたことがあったくらいだ。


 その時の様子は録音したけれど、ちゃんと残せているか確かめる気にはなれなかった。


 証拠集めの方はあまり順調に進んでない。

 再婚前に比べたらお母さんと二人きりになる機会は増えたけど、あんまり自分から怒られに行くと却って訝しまれそうだからだ。

 だからこの二週間で録音出来た回数はたったの三回……全部合わせても二十分もない短さしかない。


 会長もこれだけじゃ証拠として弱いって言っていたから、まだ続ける必要がある。


 当然、お母さんに怒られた分だけ傷付くのは避けられない。

 だから傷付いた分だけ、こーたに甘えて癒やされまくった。

 くっついたり膝枕をして貰ったりキスをしたり……嬉しくはあるんだけど正直、昼休みの時間だけじゃ物足りないくらい。

 なので最近は寝る前にメッセージでやり取りするのが日課になっていた。


 前みたいに電話したくても出来ないのがもどかしい。

 モヤモヤを抱えながらパンツを穿いてブラを着けようとした時だった。


 不意に脱衣所のドアが開いたのだ。

 開けたのは……清水さんだった。

 刹那でそう認識した瞬間、温まったはずの全身に凄まじい悪寒が奔る。


「きゃあっ!」

「! ご、ごめん!!」


 咄嗟に腕で胸を隠しながら屈むのと同時に、清水さんは慌ててドアを閉めながら謝れる。


 けれども最悪にまで落ち込んだアタシの心は微塵も晴れはしない。

 こーた以外の男に一瞬とはいえ裸を見られたのだから当然だ。


 あぁもう泣きたい。

 いくらこの家を独りで過ごす時間が長かったとはいえ、ちゃんと鍵を閉めとけば良かった。

 お母さんが仕事でいないことだけが不幸中の幸いだ。

 ただでさえ印象が悪くなる一方だったのに、事故でも清水さんに対する心象は最悪の一言に尽きる。


 いっそこのことをお母さんに告げ口する?

 ううん、ダメ。

 お母さんが信じてくれるとは思えないし、逆にアタシがわざと見せたんだって言い掛かりを付けられるだけ。

 ネグレクトの証拠にはなるだろうけど、流石にそんな謂われの無い謗りは躊躇ってしまう。 


 後悔ばかりしても仕方が無い。

 長いため息をついてから、着替えを済ませて脱衣所のドアを開ける。


 リビングにいた清水さんはバツが悪そうにアタシと目を合わせようとしない。


「その、ごめんね、星夏ちゃん」

「……いえ、アタシも鍵を閉め忘れてましたし、無かったことにしましょう」

「そ、そうだね、うん……」


 再度謝罪する清水さんに気にしなくていいと伝えるつもりだったけど、いざ口から出た言葉は怒りを隠し切れていなかった。

 流石に裏腹には気付いたみたいで、彼はそそくさと脱衣所へ入って行った。


 お母さんに気付かれないようにしないといけないなぁ。

 しばらく頭を抱える羽目になりそうだった。


 =========


 お母さんが帰って来てから夕食も終わって、部屋に戻ったアタシはこーたとメッセージでやり取りをしていた。

 さっきの事故については、襲われたワケじゃないし心配を掛けたくないから黙っている。


『眞矢宮が星夏は大丈夫か心配してたぞ。困ったことがあったら全力を貸すってさ』


 こーたを通して海涼ちゃんには事情を話してある。

 お母さんの横暴振りにアタシ以上に怒ってくれたみたい。

 最近は会えてないけれど、相変わらず優しくて頼もしい言葉が嬉しかった。


「でも、ストーカー被害に遭ったことがある海涼ちゃんにはもっと言えないよね」


 実害はなかったとはいえ、海涼ちゃんが知ったら怒髪天を衝きそうだと思える。

 むしろ被害を受けたことがあるからこそ、そんな彼女の姿が想像付くのかもしれない。


「海涼ちゃんにはあとでメッセージ送っとく、と」


 そう送ると程なく既読が付いた。


『うっかり忘れないようにな(笑)』

「むぅ~そんなドジしないってば~」


 ご丁寧にニヤニヤと笑うスタンプと共に煽るような物言いが返って来た。

 口では文句を言うけれど、釘を刺された以上はキチンと覚えておくつもりだ。


 そう留めていると、こーたからメッセージが送られた。


『文化祭、行けそうか?』

「……」


 その問いを見て、無性に胸が絞め付けられるように痛んだ。

 聴く機会はあったはずなのに今になって尋ねたのは、こーたの中で聴こうかどうか悩んでいたからだと思う。


 実際のところ、行けるかどうかは分からない。

 学校行事だから流石に参加するなって言わないと思いたいけど、言われない保障がないのが何よりの不安の種だ。

 文化祭とか遊ぶだけでしょ、とか言いそう。


 清水さんがいる時に文化祭があるって伝えたら良いかな?

 あ、でも顔合わせの日みたいに後でやめろって言われるかも。

 そうなったら面倒だなぁ。

 証拠の一つにはなるだろうけど、文化祭にはどうしても行きたい。


 というかこーたと全然デートに行けてないから、もうストレスがハンパないんだけど。

 発散することも出来ないから余計に苛立ちが募ってる。

 昼休みのキスだけじゃ物足りない。


 何よりも……。


「──会いたい」


 文化祭に行けるかどうかの返事じゃなくて、今一番強く感じている気持ちを発露する。

 それは言葉だけに留まらず、こーたにも分かるようにメッセージとなって送られていた。


 しでかしたと気付いた時には既読は付いてて、消しても手遅れになってしまう。

 恥ずかしさで頭を抱えそうになるけれど、返事を報せる通知音が鳴った。

 恐る恐るスマホに目を向けると……。


『俺も会いたい』

「ぁ……」


 たった一言の返事なのに、心臓が大きく高鳴った。


 こーたはいっつもズルい。

 こうやってアタシが欲しい言葉をくれるんだから、つい甘えたくなっちゃうんだよ。


 最近は二人で過ごしてた頃の夢ばかり見て、起きたら隣にこーたが居なくてがっかりすることが続いてる。 

 だから会いたい、話したい、触れたい。

 離れて過ごしてる分だけ、もどかしくて寂しくて堪らなかった。

 好きで好きで大好きで仕方が無い。


 そもそも文化祭に行くかどうかなんて、答えは最初から決まってる。


「絶対に行くよ、文化祭」

『──なら、よかった』


 一見すると素っ気ない返事。

 けれども付き合いの長いアタシからすれば、その短い言葉に込められてる嬉しさが伝わって来る。


 こーたがそう思ってくれてるなら、説得を怖がってる場合じゃないよね。

 何を言われても諦めたりなんかしない。


 そんな決意を胸に、こーたとのやり取りを続けるのだった。

















 ──そんな前向きでいられたのは、さらに二週間が経つまでだったけれど。

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