#124 方針決定


「徹底抗戦よ! そっちが法律を盾にするなら、こっちだって法律を矛にしてやろうじゃない!!」

「気持ちは分かりますけど、一旦落ち着いて下さい」

「あはは……」


 週明けの月曜日の朝。

 登校して早速、アタシとこーたはお母さんの再婚から起きたことで、雨羽会長から呼び出されていた。

 一通りの話を聞き終えた会長が最初に発したのが、怒りを露わにした宣戦布告だったことに苦笑いしてしまう。

 それだけアタシ達のことを応援してくれていると伝わる。


「はぁ、まさか未成年誘拐罪を出して来るなんて……。仮に私がその場に居たとしても、覆すのは厳しかったでしょうね」

「やっぱりそうか……」

「今まで星夏ちゃんが受けたネグレクトの証拠を掻き集めて、保護責任者遺棄罪が認められれば逆転出来たんだけど……」

「その、ごめんなさい……」


 そんな都合良く録音とかしているはずもなく、アタシは肩身が狭くなる思いで謝罪する。

 DVに関しても精神的なモノだけで、殴られたりしたことはないので痣があったりもしない。


「別に星夏ちゃんが謝る必要なんてないわ。悪いのは家族としての気持ちを理解しない母親のほうだもの」

「はい……」

「というわけで康太郎君から報告を受けた昨日の内に用意した、このペン型のICレコーダーを持っていなさい。特に母親と二人きりの時はONにすること。分かったかしら?」

「……」


 会長が言いたいことはわかっている。

 さっき言ったように、ネグレクトの証拠を集めていくためだ。


 そうするのがアタシとこーたにとって一番良い方法なのは分かっている。

 お母さんの幸せとか都合なんて無視して良いんだって。


 でも……。


「気が乗らないのは重々承知しているわ。親への情を持ち続けるのは美徳だけれど、それを蔑ろにする相手に懐き続けるのは損するばかり。当然そのままじゃ星夏ちゃんにとって良いことは何一つとしてない。今回の件でそれを痛感したはずでしょう?」

「う……」


 内心を的確に言い当てられて、返答に窮してしまう。

 表情で分かっちゃったのかな……。


「俺も会長と同意見だ。少しでも星夏の気持ちを汲むならまだしも、完全に無視するなら早めに縁を切った方が良い」

「……」


 こーたにも言われてしまって、いよいよ言葉を失くしてしまう。

 ううん、それは違うか。

 単に認めたくなかっただけなんだ。


 もう記憶の中にある幸せな家族の姿には戻れないことを。


 最初からずっと放置されていたなら、まだこんなに渋ったりしていない。

 なまじ幸せだった時期を知っているからこそ、望みを捨てきれなかったんだと思う。


 でも、それももういい加減に諦めなくちゃいけない。


 気に掛けてくれる人達がいて、隣を歩きたい人がいる。

 その上でお母さんとも仲直りなんて、いくら何でも贅沢過ぎたんだよね。


 誰に言うでもなくそんな理由を浮かべてから、心の中で残っていた過去の思い出を振り払いながら口を開く。


「うん。頑張るよ」

「証拠集めのためとはいえ、星夏ちゃんには怖い思いをさせてしまうわね」

「もっと早くに出来たことをアタシが後回しにしてたせいですから、会長が謝ることなんてないですよ」


 ICレコーダーに録音するために、アタシはまたお母さんに罵詈雑言を浴びせられることになる。

 そのことで傷付くことを会長は心配してくれていた。

 内心でお礼を浮かべながら、気にしないで良いと返す。


「無理は禁物よ? あぁそうそう。康太郎君からの頼みで、再婚相手の清水行雄さんについて調べておいたわ。はい、これがその報告書」

「ありがとうございます」

「こーた、そんなこと頼んでたの?」


 清水さんに関する調査を依頼していたなんて知らなかったから、驚きから目を丸くしてしまう。


「本当にあの人が見た通りの人柄なのか分からないだろ? 念には念をってことで会長に頼んだんだよ」

「まぁ実際は君達が見知った人柄そのものだったわよ。純粋に星夏ちゃんの母親と恋愛結婚したみたいね」

「そうですか……」


 悪いことはなかったと伝えられたのに、アタシの心は無感動だった。

 元から清水さんがどういう人でも興味無かったからだと思う。

 結局はお母さんの再婚相手……その認識から変わらないまま。


「でも何事も警戒はしておいてね? 魔が差して星夏ちゃんを襲わない保障が出来たわけじゃないんだから」

「そういう事例もあったってことですか?」

「悲しいことにね」

「分かりました」


 改めて会長から注意を促されるけど、やることは何も変わっていない。

 というかこーた以外の男に触られるとか、想像しただけでも悍ましく思ってしまう。


 ましてや仮に清水さんが襲って来たら、それは思い出したくもないあの人と同じになる。

 そう思うと余計に鳥肌が止まらなくなってしまいそうだった。


 でもこれ以上はこーたと会長に心配を掛けたくなかったから、首を横に振って不安を払う。


「それで俺はどうすれば良いんですか?」

「康太郎君がすることは至ってシンプルよ。授業の合間や昼休みの時間で、出来る限り星夏ちゃんを甘やかしてちょうだい」

「あ、甘やかすって……」

「いや確かにシンプルですけど……」

「四の五の言わない。星夏ちゃんが臆面も無く甘えられるのはキミだけなんだから、むしろ役得と思いなさい」

「「……」」


 会長の言葉にアタシとこーたは揃って絶句してしまう。

 放課後も休日も居られないから、休み時間には出来るだけ一緒に過ごしたいという気持ちは確かにある。

 でもその間にこーたに甘えるってことは、周囲に見せつけるのと同義なワケで……。

 つまりアタシ達は今、恥ずかしさで何も言えないでいるのだ。

 噂もかなり解消されている上に、こーたとも両想いって知られてるから状況的に問題は無い。

 でも無いからといって、人前でイチャつけるかは別の話。


 やれと言われて素直にはいやります、なんて言えるわけが無い。

 渋るアタシ達に呆れたのか、会長が盛大なため息をついた。


「今さら何を恥ずかしがってるのかしら? キミ達の仲はもう公認といっても良いんだから、ご飯を食べながらイチャイチャしても文句は……いえ、バカップルなんて言われそうだけど、とにかく口出しする人はいないでしょう」

「それが一番の懸念事項なんですが……」

「残念ながら私的には、遅かれ早かれバカップル認定はされていたと思っているわ」

「どうしてですか?! あ、アタシとこーたは好き同士でいるだけなのに……」


 あまりに心外な認定に、堪らず反論してしまう。

 それでも会長は目を細めたまま続ける。


「付き合っていない現状ですら恋人みたいに仲が良いのに、本当に付き合った時を考えるとどうしたって避けられないでしょう?」

「そ、そんなことは……」


 ない、と言い切れない自覚が片隅にあった。

 人目を憚らずぴったりと磁石みたいにくっついたり、隙あらばキスを繰り返したり、家に帰るとずっと我慢してるエッチをしたり……それはもう羽目という羽目を外しまくる気がする。


「……どうせベストカップルコンテストに出るんだ。バカップル認定はされるだろうなぁ」

「うわっ、そういえば出るんだった! っていうか文化祭もあるじゃん!!」


 観念したかのように呟かれたこーたの言葉に、大事なことをすっかり忘れていたと気付かされた。

 あんなに楽しみにしてたのに忘れちゃうなんて……。

 失念していた自分に呆れてしまう。


「どうしよう、放課後の準備とか手伝えないし……」

「それは俺からクラスに言っておく。星夏は自分のことに集中した方が良い」

「ベストカップルコンテストにしたって、練習が必要な内容じゃないから気楽で良いわよ」

「……うん」


 二人から励まされて、とりあえずは難しく考えないようにした。


 家の事情と証拠集めに文化祭、色々と重なっちゃったけれど……一つ一つちゃんと向き合って行こう。

 改めてそう決意しながら、アタシはこっそりこーたと手を繋ぐのだった。


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