#123 上っ面で取り繕った仮面家族


「それじゃ今日からよろしくね。侑香さん、星夏ちゃん」

「いらっしゃい、行雄さん」


 翌日の日曜日の昼頃。

 お母さんから伝えられたとおり、新居が決まるまで今日から清水さんがウチで過ごすことになる。

 そうしてやって来た彼に、顔合わせの時と同じく猫を被ったお母さんが抱擁を交わした。


 再婚したばかりとはいえ娘の前なんだから、もう少し慎みを持って欲しい。


 だけど、すぐに吐きそうなくらいの嫌悪感が渦巻いてしまう。

 何せお母さんの言動は……こーたを前にしたアタシと同じだと気付いたから。


 こんな形で同じ血が流れる親子だって分かりたくなかった。

 ……もう半分の血のことなんて、もっと考えたくもない。 

 アタシは二人とは違う。


 将来を誓ったはずの人を裏切って、自分のために周りを振り回すようなことはしないんだから。

 それでも拭えない悍ましさを感じながらも、表面上は清水さんを快く迎える笑みを崩さない。


 案内した居間のテーブルにはチキンライスにミートボールやポテトサラダ等々、お母さんが用意した昼食が並べられている。

 作る姿を見るのは久しぶりだったけど、手際はそんなに悪くなかったと思う。

 ただ準備の時に一応娘らしく手伝おうか尋ねてもあえなく突っぱねたり、調理器具や調味料の場所が分からなくて苛つくことがあった。


 前者は自分の料理を振る舞うのが目的だから。

 後者に関してはアタシの方がこの家のキッチンを使っていたから、アタシ好みに配置を変えていたのが理由。


 そんな背景があったとは知らない清水さんが、笑みを浮かべながら席に着く。


「良い匂いだなぁ~たくさん食べられそうだ」

「ありがとう行雄さん。それじゃ冷めない内に食べましょうか」


 清水さんの称賛にお母さんは嬉しそうに笑う。

 本心……だと良いんだけど。

 表情一つでさえ信用出来ない心情を隠しつつ、アタシも席に着いて食事を始めた。


「ん。美味しい! 侑香さんの手料理は相変わらず美味しいなぁ」

「ふふっそう言って貰えて何よりだわ」


 盛り上がる二人を余所に、アタシは黙々と食べ進める。


 正直、お母さんの手料理は食べられる程度の味しかしない。

 気持ちの問題もあるけど、記憶にある料理と比べて腕が落ちていると分かるからだ。

 外でどんな生活をしていたかは知らないけど、料理をする機会が減ったのが一番の理由だと思う。


 これならこーたの方がもっと上手に作れる。

 そのこーたはアタシの料理の方が美味しいって言ってくれるけど。


 ここまで一言も喋っていないのは、単に話す気が無いだけ。

 お母さんを遮って話し掛けようものなら、母親の再婚相手に色目を使ってるなんて思われるかもしれない。


 こーたと想い合っている以上そんな気は微塵も無いけれど、この人にはどうせ通じないと諦観から理解している。


「星夏ちゃんも彼氏に手料理を振る舞ったりしてるのかな?」

「あ、はい。いつも美味しいって言ってくれてます」

「ほぉ~侑香さんに教わったりしたの?」

「いえ、お母さんが仕事で家に居ない間、自分で作ってる内に慣れました」

「それは良いことだね。もし良かったら星夏ちゃんの料理も食べさせてくれないかな?」

「はい、機会があれば」


 話し掛けられたので返事はするけれど、近過ぎず遠過ぎずの距離感は保つ。

 どっちかに偏るとお母さんが怒るからだ。 

 現にアタシに話が振られた途端、清水さんには分からない程度で睨んで来る。


 独占欲の強い所も似てるだなんて、ますますイヤになりそうだった。


 無論、清水さんに手料理を振る舞う気は無い。

 もしお母さんより上手なんて言われたら、後で何をされるか分からないし。

 だからどちらとも取れる返事で濁すしかなかった。


 ハッキリ言って清水さんのことは苦手なんだよねぇ。

 悪い人じゃないのは分かるんだけど、お母さんの猫被りを見抜けていない辺り単純な人なんだなぁと思ってしまう。

 だからさっきみたいな冷や汗が出そうなことも平然と口走るし、返答に失敗すればお母さんの怒りを買うのが目に見えるし、出来れば話し掛けないで欲しいくらい。

 なのにちゃんと会話をしないと清水さんに対して感じが悪い、なんて責められるのだから矛盾に苛まれても不思議じゃないでしょ。


 そもそもこの人が結婚を申し込まなければ今もこーたと一緒に──なんて流石にそれは言い掛かりになっちゃうか。

 そんなワケで清水さんに対して興味はない。


 自分の中で相手への心象を定めていく内に、段々と失笑が込み上げて来る。


 ──ホント、こんな腹に一物抱えたままで『普通の家族』なんてよく言えるね。


 お母さんはアタシを疎んじているクセにそれを隠して、清水さんに対しても嘘の性格を演じて接している。

 アタシは違う種類の苦手意識を二人に懐いたまま、表面上は差し当たりの無い態度で振る舞う。

 清水さんはアタシ達の間にあるヒリついた空気に気付かず、脳天気に家族として過ごせていると勘違いしていた。


 一体これのどこが『普通の家族』なの?

 家族は家族でも、上っ面だけを取り繕った仮面家族がお似合いだ。

 とても普通とは程遠い結果に自嘲する他ない。



 お母さんが望んだ幸せはあまりにも空っぽで、そこに巻き込まれた現状が酷く虚しかった。


「これからこうやって家族三人で過ごせると思うと、楽しみで仕方が無いなぁ」

「もう、行雄さんったら大袈裟よ~?」

「あはは」


 こーたと過ごした日々があったからこそ分かる。 

 こんなのは幸せでもなんでもない、ただのまやかしだって。


 先が見えない霧の中で進むような気持ちを感じながら、仮面を被った家族の団欒だんらんは軽い足取りで続くのだった。

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