#122 切りたくない繋がり
夜になってお母さんが仕事に行っている間、自室の布団に仰向けになって寝転がったアタシはこーたに電話をして諸々の事情を説明した。
胸の内は申し訳なさで一杯で、いくら謝っても謝りきれない。
「ゴメンね、こーた……」
『星夏が謝ることじゃねぇって。悪いのは……あの母親だろ』
少しだけ間があったのは、自分が人質みたいになっている罪悪感からなのかもしれない。
……なんでこーたが悪者扱いされないといけないんだろう。
こーたはただアタシに居場所をくれただけ。
自分の家じゃなくてこーたの家に入り浸ると決めたのはアタシ自身。
なのに世間や法律はそれが悪いことだって決め付ける。
過去に起きた犯罪から守るためでも、当事者の気持ちを未成年だからって聞き入れてくれない。
そんなのおかしいじゃん。
高校生は確かにまだ大人じゃないけれど、大人が何が何でも守る必要がある程子供ってワケでもない。
そう思ってはいても未成年のアタシがいくら吠えたところで、現実っていう壁に遮られるだけだけども。
『早く登校すれば朝だけでも一緒に居られるんじゃないか?』
「ゴメン、それも無理っぽい。明日から新居が決まるまで清水さんがウチに泊まって過ごすから、日直の時以外は早く登校するのもダメだって」
『だったら俺が星夏の家まで迎えに行くよ』
「でもそれじゃ、こーたがいつもより早起きすることになるし……」
『清水さんが居る手前なら、あの母親も鉢合わせた途端に通報したりしないだろ? それに少し早く起きたくらいで体調崩したりしないって。ほら、早起きは三文の徳ってな』
「……ふふっ、ありがと」
何も状況が良くなったわけじゃないのに、こーたの声を聴くだけで凄く落ち着いていく気がする。
そんな気持ちになれる『好き』を、こんなことで手放したくない。
改めてそう思えた。
「こーたの方はどう? ちゃんとご飯は食べてる?」
『オカンか。離れてから半日も経ってないのに心配症だなぁ……』
「まだ子持ちにさせて貰ってないです~。てか生きる気力を失くしてた時期を知ってるんだから、心配してもし足りないに決まってるでしょ」
軽口を交えながら心配が尽きない理由を返す。
合鍵を貰った当初はまた何もかも諦めたりしないか心配だったから、こーたの家には何度も行っていたくらいだ。
入り浸るようになったのは、あそこが温かくて居心地が良かったからなんだけど。
ともかく憔悴したこーたを目の当たりにしたからこそ、アタシの中で心配しない理由がない。
『……本当に大丈夫だっつの。もうあんな早まった真似はしない』
「……ホントに?」
『くどい。つーか仮に実行したら星夏を置いていく形になるだろ。俺がそんな薄情なことすると思うか?』
「原因問わずそうなったら、迷わず後を追うのでご心配なく」
『いやするわ! 少しくらい見守らせろ! 返事も判断も躊躇いが無さすぎだろ!』
「それくらい好きって分かれ。こーたのバーカ」
ビデオ通話してるワケじゃないのに、こーたがどんな表情をしているのか想像が着く。
きっと呆れた目をして、でもすぐに仕方ないなって笑ってるんだろうなぁ。
離れてるのに、電話をしてるだけで傍にいるみたい。
なんだか助ける側つもりでいたはずが、いつの間にか助けられる側になってるんだから、アタシも笑っちゃいそうになる。
そうして雑談を続けていく内に、こーたが切り出した。
『そろそろ日付が変わりそうだから切るぞ。今日のことは俺から会長に説明しておく』
「うん、お願いね」
『あぁ。それじゃ』
「……うん」
ずっと話していたいけれど、今度は時間が許してくれそうになかった。
仕方が無いよね、アタシが明日から忙しくなるからこーたは気遣ってくれてるんだし。
もし夜更かししてお母さんに怒られたら、こーたは絶対に自分のせいだって責めそうだった。
それでも電話だけでも繋がっていたい気持ちはなくならない。
この繋がりが切れちゃったら、また辛い現実と向き合わないといけなくなる。
だから自分から切るつもりはなかった。
「……」
『……』
こーたが電話を切るのを待っても一向に通話状態のままで、もどかしさからそわそわと足を揺らしてしまう。
互いに無言になって沈黙が続く中、アタシは段々と込み上げて来るモノが抑えきれなくなって……。
「──っぷ、アッハハハハハハハ!」
『ふ、くくくくっ……!』
堪えきれずに噴き出したアタシにつられるように、こーたも声を殺して笑い始めた。
何やってんだろうアタシ達。
あ~ホントおかし。
こんな子供っぽいこと、普通は狙って出来ないでしょ。
「も~、切るぞって言ったのそっちでしょ~? なんで切らなかったの?」
『まだ何か言うことあったりしないか不安だったんだよ。察しろ』
「うんって言ったからあるわけじゃん。いや、もっとお喋りしたいけどさ~」
『まぁ流石に時間がな?』
一つ屋根の下に居た時と変わらないやりとりに、胸の奥が温かくなるのを感じる。
「もういっそ通話したままで寝ちゃわない?」
『アーホ。それやって怒られるのお前だろうが』
「むぅ……じゃあ一個だけお願い」
『なんだよ?』
「おやすみって……好きって言って。そしたらちゃんと切るから」
『小っ恥ずかしいことサラッと要求すんなよ……』
口ではぶっきらぼうだけど、イヤって言わない辺りがこーたらしい。
正直、自分でも割と大胆なことを言った自覚はあるけど、好き同士なんだから問題ないと棚に上げた。
秋から冬に移ろう時期も関わらず、火照った顔の熱さを冷まそうとスマホを持っていない手で扇いでおく。
『はぁ~……ちゃんと聞き取れよ』
呆れた息を吐いてからこーたは続ける。
『──おやすみ、星夏。好きだぞ』
「──っ!!」
自分から言わせたことなのに、耳から聞こえた言葉はあまりにも甘美なモノだった。
ゾワゾワと背筋を奔った電気によって、落ち着き掛けていた心臓の鼓動が大きく高鳴る。
「あ、アタシも、好き! おやすみっ!」
これ以上はいけないと咄嗟に理性に促されるまま返事をして、勢い任せに通話を切った。
ホーム画面に戻ったスマホを眺めてから、両腕を脱力させながら大きく息を吐く。
静まりかえった部屋で聞こえるのはまだドキドキしてる心臓の音だけで、顔どころか身体中が熱くて仕方が無い。
色々と憂鬱なことが続いたけれど、それがまるで気にならないくらいに心が満たされている。
またこーたと一緒に暮らすためにも頑張ろう。
そんな決意を胸に、悶える気持ちを吐き出すためにアタシは枕へと顔を埋めるのだった。
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