#128 ツボミガハナヒラクトキ
夜の八時半になってバイトを終えた俺は、重い足取りで帰路に着いていた。
何もバイトがきつかった訳じゃない。
単に星夏の居ない家に帰りたい気持ちが起きないだけだ。
彼女が再婚した母親の元に行ってから一ヶ月も経つのに、未だに同棲していた頃の感覚が抜けていない。
うっかりただいまと言ってしまったり、食事を二人分作ってしまったり、他にも色々とやらかしている。
星夏が頑張ってるのに、待ってる俺がこんな有様じゃ情けない限りだ。
そんな細やかな自嘲を浮かべていると、不意にポケットに入れていたスマホの通知が鳴る。
取り出して確かめた送り主は星夏だった。
いつもの夜のメッセージのやり取りにしては早いな。
暢気にそう考えながら詳細に目を通して……心臓が大きく高鳴った。
『今、こーたの家に居る』
──星夏が……俺の家に居る?
いつの間に帰れるようになったんだ?
だがそんなのは些細な疑問だ。
大事なのは今、アイツが帰って来ているということ。
当然、嬉しくないはずがないだろう。
詳細は彼女から訊けば良い。
寒さで凍えそうだった身体が暖まった気分だ。
重かった足が嘘のような軽やかさを持ったまま、一気に帰り道を駆けていく。
肺が求める酸素は冷えていて、火照った身体に心地よく澄み渡る。
やがて家に着いた俺は、逸る気持ちのままにドアを開けて中に入った。
「星夏!」
らしくもなく歓喜の声音で彼女の名前を呼ぶが、部屋の中は何故か明かりが点いていない上に静かだった。
星夏のことだから玄関の前で待っていると踏んでいただけに、肩透かしを受けてしまう。
これがサプライズならまだ良い方だろう。
けれど住み慣れていたはずの部屋にはどこか異様な空気が漂っていた。
本当に星夏が帰って来ているのかと疑うくらいには。
「……星夏?」
もう一度呼んでみるが返事は無い。
だがドアの鍵は開いていた。
俺が合鍵を渡したことがあるのは星夏だけだ。
だから彼女が居るのは確かなはず。
訝しみながらもリビングの方へ進む度に、異様の元を悟った。
玄関じゃ気付かなかったが、どこかで嗅いだことがある独特な匂いがするせいだ。
その影響なのか妙に頭がクラクラして来た。
単なる体調不良という訳じゃない。
むしろ情欲を煽って来るような艶めかしい感じで……。
思考の答えが喉まで出掛かったものの、正体を確かめるなら明かりを点ける方が早いと判断する。
リビングの照明を点けて改めて部屋を見渡せば……ベッドの上に星夏が居た。
「……は?」
でもその格好を見て思わず目を見開いてしまう。
何があったのか制服のままで寝ていた。
それだけなら大して驚いてなんかいない。
髪の一部が乱れているし、中途半端に脱がれたシャツがはだけて胸や肩が露わになっている上に、タイツも太ももの半ばまで下ろされていた。
そして右手は下腹部に伸ばされていて……。
つまり自慰をしていた、と。
前にも似たようなことがあったよなぁ。
無事と言い切れなくても星夏が居てくれたこと、帰って来て早々に何をやってるんだと呆れ半分ながらも、どうしようもなく嬉しく思う自分がいた。
このまま寝かせても良いんだが明日も学校がある以上、話を訊くなら今の方が良い。
まずは起こそうと彼女の肩を揺する。
「星夏、起きろ」
「んん~……」
声を掛ければ思いの外あっさりと起きた。
寝惚け眼を擦りながら俺の顔をボーッと無言で見つめる。
というかブラもしてないのかよ。
惜しげも無く曝されている胸に動揺して顔を逸らす。
やがて星夏の手が頬に触れたかと思うと……。
──そうするのが当たり前かのようにキスをしてきた。
「!」
あまりに自然過ぎた行動に反応が遅れて、唇が重なってからようやく状況を理解出来た程だった。
驚愕で身体が硬直したのを良いことに、星夏は両腕を首に回してさらに身を寄せる。
ロクに抵抗も出来ないまま、重力に従うようにベッドへ引き寄せられた。
仰向けになった俺に跨がった星夏がさらにキスを重ねる。
「んっ、ふ……」
柔らかな感触に意識を向ける余裕などあるはずもなく、何度もキスをしては離してを繰り返される。
軽く十回以上はキスしたんじゃないだろうか。
ようやく顔を離した星夏は、さっきまでの眠そうな表情からとろんと惚けたモノに変わっていた。
「こーた……エッチしよ?」
「っ!」
妖艶な眼差しで俺を見据えたまま、星夏が魅惑的な誘いを口にする。
雰囲気も相まって耳にしたその言葉に息を詰まらせてしまう。
だが、すぐに頷くような迂闊な真似は出来なかった。
「ま、待てって」
「なんで?」
「いきなり過ぎて頭が追い付かないからだよ。なんで帰って来られたんだとか、禁欲するって約束はどうしたとか……」
「話は後にしよ? もう我慢出来ない」
「っ、出来ないって言われても──」
やけに強引に迫って来る星夏をなんとか落ち着かせようとするが、全く聞く耳を持たないどころか再びキスをされて会話を止められてしまう。
引き剥がすなりすれば良いんだろうが、それで万が一に星夏を傷付けてしまったらと思うと乱暴なことなんて出来るはずもない。
どうしたものかと思案している内に……。
「ちゅるっ」
「っう!」
そんな俺の心情を察しているのか抵抗されないのを好機と見たのか、口の中に生温かいモノが入り込んで来た。
星夏が舌を入れたのだ。
「はむっ、っちゅ……んんっ」
そのまま俺の舌と絡ませ、わざと水音を立ててこれでもかと情欲を煽って止まない。
甘い唾液を流し込み、艶めかしく絡み合う快楽に塗れて頭がぼんやりして来る。
こうなったら昂ぶる気持ちを堪えつつ、何が起こっているのか思考を巡らせようとした。
だがそんな意識の逸らし方をしたせいだろうか。
星夏はあからさまに不満げな眼差しを浮かべてから……
「む……」
「っ!」
いつの間にか俺の手を取って、自らの胸に押し付けたのだ。
当然、手の平から伝わる柔らかい感触によって思考が削がれる。
遮るモノが無いから尚のこと意識が向いてしまう。
「んっぁ……はふっ、あ……」
「む、ぐ……」
そのまま俺の手を這わせるように動かす度に、星夏の吐息に
五感の全てを刺激され続けていれば、身体が反応しない訳がない。
滾る昂ぶりを表すかのように下腹部のソレが主張している。
密着している星夏にはとっくにバレていて、空いている片手で撫で回していた。
「ぷはっ、はぁ……はぁ……」
「はっ……はぁ……」
流石にずっとキスをし続けるのは無理だったようで、唇を離した星夏は肩を大きく上下させながら息を整える。
それは俺も同様で、快楽と酸素不足で朦朧としていた頭が少しだけ覚まされた。
だが俺の気持ちを落ち着かせる気が無いのか、星夏はズボンに手を掛けて下ろす。
もう抵抗の意志は残っていない。
隠す物が無くなったソレを見て彼女は妖しく微笑む。
「あはっ♡ 凄く切なそう……」
返事をするより先に星夏は少しだけ腰を浮かして、グショグショに濡れたパンツとタイツを脱ぎ捨てる。
最後にしたのはいつだったか……確か夏休みの旅行前だったっけか。
ぼんやりとそんなことを思い返す。
「だって四ヶ月以上もしてないもん。アタシもおんなじ。寂しくて辛くて切なくて恋しくて……なのに我慢して我慢して我慢して我慢我慢我慢我慢、我慢ばっかり。もう耐えられない」
星夏が再び身を寄せる。
あと数ミリでも動けば、前に交わした約束を破ることになってしまう。
「だから我慢してた分だけ、いっぱいしよ♡ イヤなことも辛いこともどーでも良くなるくらい、こーたがアタシをめちゃくちゃにして?」
耳元で囁かれた甘美で淫靡な懇願に対して俺は……。
──もう、どうにでもなれ。
自棄になって受け入れるしかなかった。
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