#116 放課後デートからの……
ベストカップルコンテストに出場する話も加わり、放課後になると俺と星夏が両想いであるという噂が順調に広まっていると会長から連絡があった。
現に周囲の見る目が変わっており、非常に温かい視線が送られている。
どうにもむず痒い気持ちだが、ひとまず作戦は成功と言えるだろう。
このまま行けば、星夏の悪評も無くなっていくはずだ。
「ふんふんふふ~ん♪」
腕に手を回して隣を歩く星夏はとても機嫌が良かった。
俺が告白されなくなったのもそうだが、何より周囲に自分達が両想いであることを知らしめられたのが嬉しいのだろう。
彼女の機嫌が良いと、つられるように俺も頬が緩む。
最近はずっと不安だったり心配ばかりさせていたから、こうして笑ってくれて何よりだった。
「あ!」
そんな安堵をしていると、星夏が何かを見つけたような面持ちを浮かべる。
視線の先を見やれば、そこには移動販売しているクレープ屋だった。
それなりに人気なのか、周りには買いたてのクレープを美味しそうに頬張る人達がいる。
「クレープ、食べるか?」
「もち! 作戦成功のお祝いにしようよ!」
誘いを快諾した星夏は、意気揚々と店に近付いていく。
小学生みたいだなと内心で苦笑しつつ、列に並んでメニューを吟味してからクレープを買った。
俺はチョコレートソースとバナナホイップで、星夏はフルーツをふんだんに使っている豪勢なモノだ。
近くのベンチに腰掛けて、クレープを味わっていく。
美味いは美味いが当然ながら甘い。
あまり早く食べると甘さで胃もたれしそうだ。
チラリと横目で星夏を見る。
彼女はフルーツを零すことなく器用かつ美味しそうに食べていた。
普段は太るのを気にしてるのに、女子って食べる時は食べるよなぁ……。
本当に自分と同じ構造の胃なのか、疑問を覚えてしまうくらいだ。
「あ、こーたの手にクリーム付いてる」
「マジか」
なんてことを考えながら食べ進めていたら、星夏からそんな指摘をされた。
彼女の言うとおり、右手の人差し指にクリームが付いている。
生地の薄い部分が破けたせいで溢れたんだろう。
クレープを右手から左手に持ち替えて、ティッシュで拭うか舐め取るか逡巡していると、不意に星夏が俺の手を取って自らの元へ引き寄せた。
何をするんだと尋ねるより先に……。
「あむ」
「っ!」
髪をかき上げながら顔を近付けて、俺の指先をパクりと口に含んだ。
予想外の行動に全身が硬直し、思考も凍り付いたように働かなくなった。
「れろっ、ん……」
茫然とする俺を余所に星夏が指に舌を這わせていく。
ぬるりと生温くて艶めかしい感触が奔る度に、ぞわぞわとした痺れが背筋を通って脳髄へと駆け巡り、ただでさえ落ち着かない心臓が飛び出しそうな程に高鳴ってしまう。
どう反応すれば良いか分からないままでいると、やがて舐め終えた星夏が顔を上げた。
「ん、美味しかった♪」
「っ~~お前なぁ……」
さもしてやったりと言いたげに赤い舌を見せながら笑う彼女に、呆れと羞恥が混じった眼差しを向けて見やるもまるで気に留められなかった。
悪戯が成功した子供のような表情を浮かべながら、星夏は俺の方へ自身のクレープを向ける。
「そんなに怒んないでよ。アタシのクレープ一口あげるから、ね?」
「……驚いただけで、イヤだったなんて言ってないだろ」
「え、じゃ嬉しかったの?」
「うるせぇ」
からかって来る星夏に仕返すべく、無防備に差し出されていた彼女のクレープを勢いよく頬張った。
フルーツの甘酸っぱい爽やかな風味が広がり、ホイップクリームのまろやかさも相まって美味い。
「あーっ! 一口って言ったじゃん!」
「んぐ……一口以上は食べてないだろ」
「その一口が大きすぎるんですけど!?」
腹いせで取った行動に対して星夏が不満げに喚く。
このまま騒がれると他の人にも迷惑が掛かるので、俺の分のクレープも一口だけ……というか残りのほとんどを食べさせることで落ち着かせた。
夕飯も近いのによくそんなに食べられるよなぁ。
そうしてクレープを食べ終えた後もベンチに座ったまま、改めてコンテストの件について話を振ることにした。
「なぁ、尚也が俺と星夏をコンテストに出るように誘導したのって……」
「あ~うん。どう考えても会長の指示だよねぇ……」
「だよなぁ~……はぁ~」
分かり切っていたことだが、こうして再確認するとため息を抑えられなかった。
事前に伝えなかったのは、去年のように断られるのを避けるためだろう。
今ここで真意を悟られることも、あの人からすれば予想の範疇でもおかしくない。
なんて呆れを感じていた時だ。
「こーたは、コンテストに出るのはイヤだった?」
「え?」
星夏が不安げな眼差しを向けながらシャツの裾を摘まんでいた。
もしかして、俺が項垂れているのを見てそう思ったのだろうか。
「悪い、出たくない訳じゃないんだ。その、イヤって言うより……見世物にされるのが恥ずかしかっただけだから」
空気的に覆せる状況でも無かったし、決まった以上はもう腹を括っている。
星夏が出ると決まってもクラスから反対が無かった時点で、俺達の仲はほぼ公認と言えるくらいに認知されている証拠だ。
第一……。
「実際の流れは知らないけどさ、少なくとも星夏は俺と出たいって思ってるんだろ?」
「……ん」
問いに対して星夏が恥ずかしげに目を伏せながら頷く。
尚也から多少の誘導はあったかもしれないが、最終的に出ると決めたのは彼女自身だ。
恐らくジンクス目当てではなく、俺との仲を見せつける意図があるのかもしれない。
優勝せずとも共に参加した事実から、自ずとこれまで以上に周知されるだろう。
そうなれば星夏に対する悪印象も激減するはずだ。
でも……。
「どうせ出るなら……いっそ優勝してみようぜ。そうしたら誰も文句なんて言えなくなるだろ」
「! うん!」
選ばれたからには全力で応えたい。
そんな思いから伝えた優勝宣言に、星夏はパァッと笑みを輝かせた。
つられて俺の頬も緩むのは、惚れた弱みなんだろうと微かに自嘲する。
「本番はどんな感じなんだろ?」
「俺も知らないんだよなぁ。っま、後で会長に訊けば傾向くらいは教えてくれるかもな」
「むしろ生徒会長の権限で優勝にしてくれないかな?」
「コラ。思いっきり不正に走るな」
「あっはは。じょーだんだってば」
気安い会話を続けてからそろそろ帰ろうかとベンチを立った瞬間、不意にけたたましい電子音が鳴り響いた。
自分のスマホを取り出してみるが、画面には何も表示されていない。
ということは音が鳴っているのは星夏のスマホか。
相手は会長か眞矢宮のどっちかだろう。
他に彼女の連絡先を知っている人を挙げるなら、元カレ達だろうが別れてからブロックしているのでその線はない。
簡単に察せられるくらいに狭くなっている交友関係も、文化祭後に広くなっていて欲しいものだ。
なんて考えていると、自分のスマホに目を向けた星夏が何故か固まっていることに気付いた。
さっきまで明るかった表情が、戸惑いに満ちた悩ましげな面持ちに変わっている。
ただ無言になっているだけだったら大して気にしなかったが、彼女がこういう顔をしている時は大抵よくないことが多い。
「どうしたんだ?」
「こーた……」
疑念に突き動かされるまま声を掛ければ、星夏は不安を露わに俺と目を合わせる。
空色の瞳は打ち明けるかどうか逡巡するように揺れていた。
やがて意を決したのか、彼女がゆっくりと息を吐いてから俺にスマホの画面を向ける。
「? ──……っ!」
そこに書かれていた文章を理解した途端、穏やかだった胸中が荒波のようにざわめきだった。
むしろ内容に関してはそこまで珍しくない。
俺が……星夏が何より動揺したのはそのメッセージを出してきた送り主だ。
その相手と内容は……。
──咲里之
本来なら喜ぶべきことであるはずのその報せが、どうしても不穏の前兆にしか思えなかった……。
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