#115 高校生活一番の祭り


「──以上で話は終わりだ。呼び出してすまなかったな」

「いえ、分かって貰えたならそれで十分です」


 生徒指導室での呼び出しは一時間くらい掛かった。

 噂の真偽と非行に走った経緯や現在の状況とか、訊かれたことに淡々と答えるだけの簡単なモノだ。

 思いの外すぐに問題なしと判断された。


 正直、話を聞かずとも今までの素行から更生していると分かるはずなんだがなぁ。

 学校側としては、指導を行った体裁を繕うためという事情が大きいんだろう。


 何せ、星夏の噂に対して八津鹿高校の教師陣が取った行動が黙認することだったからだ。


 一応、初めの頃は指導を行っていた……星夏本人に対してのみだが。


 彼女自身に全く非が無いと言えば嘘になるが、どこのクラスにも噂を真に受けないように注意を促さなかった。

 その対応に不満を持った俺は、星夏に内緒で当時の担任に直接問い質したことがある。


 しかし担任の返答はというと……。


『何もいじめを受けてる訳じゃないし、咲里之自身が素行を改めないんだから注意しても意味がないだろ』


 なんて面倒くさそうに宣っていたのは鮮明に覚えている。

 校長か理事長に対処を願い出たいと伝えても、全く取りなさなかった。

 事なかれ主義と言うにはあまりにも杜撰な対応に、殴り掛からなかった自分を褒めたいくらいに腹が立ったモノだ。


 いっそ教育委員会にでも告発してやろうかとも思ったが、結局引き下がるしかなかった。

 もし告発すれば星夏が悪目立ちしてしまい、不必要に傷付けられる可能性があったからだ。

 そうして大きな話題になった時、あの母親が何をするか予想出来ない。

 何より、俺個人の勝手な行動で星夏を傷付けることはしたくなかったのが一番の理由だ。


 あの時は自分の無力さをイヤという程に呪いまくった。


 思えばそんな時だったっけ……雨羽会長が接触して来たのは。

 尚也を通して彼女に呼び出された先で、俺と星夏のことをあれこれ語られた時は心臓が止まるかと思った。

 一体なんのつもりなのかと尋ねると、雨羽会長はニコリと笑いながら告げる。


『君が星夏ちゃんを守りたいと願うなら、私が手を貸すわ』


 そうして差し伸べられた手を取ることに躊躇いはなかった。


 ========


 教室に戻って来た俺を最初に出迎えたのは星夏だった。


「こーた、大丈夫だった?」

「高校で騒ぎを起こした訳じゃないからすぐに終わったよ」

「そっか……」


 不安げに問い掛ける彼女を安心させるように伝えると、目に見えて安堵の表情を浮かべた。

 心配させてしまうのは申し訳なかったが、ここで謝っても意味は無い。


 別の話題に意識を向けようとして、今が授業中だったことを思い出した。

 しかし教室はそう見えない程に盛り上がっている。 

 どういうことなのか分からずにいると、星夏から黒板を見るように言われた。


 そこには……。


「──……ぁ、文化祭」


 高校行事の中でもトップクラスに人気のある、文化祭の文字がデカデカと書かれていた。


 八津鹿高校の文化祭は一ヶ月と半月後のクリスマス前にあり、二日に渡って行われる大きなイベントだ。

 どおりで他の教室の前を通った時に騒がしいと思った。

 今はクラスでの出し物を決めている最中らしい。


 しかも尚也が実行委員に立候補したんだとか。

 そういった形で、恋人で生徒会長でもある彼女を支えたいという気概が窺える。


 去年も開催されていたが、俺は星夏が参加しないという理由で当日は学校に行かなかったっけ。

 そんな行動を他でもない彼女に咎められて、軽く口喧嘩になってしまったこともあったが、少なくとも今年はそうならないだろう。


「このまま噂が無くなれば、今年は星夏も参加出来るよな?」

「こーたと文化祭を回るんだから当然でしょ? 風邪を引いても行くからね!」

「そこはキチンと休んどけ」


 まだ約束もしてないのに俺と回ると言ってのけた気恥ずかしさを隠しつつ、無茶な発言をした星夏を窘める。

 仮に彼女が体調を崩したとしても以前のように看病するつもりだが、出来れば元気であって欲しい気持ちが無くなる訳じゃない。


「はい、注目! 話し合いの結果、ウチのクラスの出し物は『和風喫茶』を行うことに決まったよ」

「「「「おお~!」」」」


 黒板の前に立っていた尚也から決定案が伝えられると、クラスメイト達が感心の声を上げる。


 和服を着た店員による接客と市販の和菓子を提供するだけの簡単なモノだが、その分だけ内装に拘る予定みたいだ。 

 ちなみに俺は内装担当で、星夏は接客担当になった。

 俺は元不良ということで力仕事を任され、星夏は見た目が可愛らしい彼女が和服に身を包めば、集客が見込めるだろうという算段だ。


 これであとは準備するだけ……ではなかった。


「あ、康太郎。毎年恒例のベストカップルコンテストの出場者も決まってるから伝えておくね」

「!」

「え? あぁ~……」


 黒板の前に立っていた尚也が近付くと同時に、そんな報せを持って来た。


 そういえばそんなのもあったなぁ。

 文化祭の存在といい、我ながら星夏が関わらない事柄に対して無関心過ぎる。


 尚也が指したベストカップルコンテストとは、その名の通り八津鹿高校文化祭の二日目に体育館で行われるイベントだ。

 各学年の各クラスから一組の男女を選出し、様々なお題をこなしてどのペアが一番カップルとして相応しいかを競う……そんな感じの内容だったはず。

 なおカップルコンテストと題しているが、出場する男女は必ずしも恋人同士である必要は無かったりする。


「こ、こーたも知ってたんだね?」 

「まぁ概要だけな。それで? ウチのクラスからは誰が出るんだ?」


 何故か顔を赤くした星夏に返事をしながら軽く問い掛けた瞬間、騒がしかったはずの教室から音が消え去った。


 ……なんだ?


 突然の静寂に困惑していると、やたらと視線を浴びていることに気付く。

 好奇、期待、悦楽……イヤな感じはしないがニヤニヤされていて妙に落ち着かない。


「なぁ星夏。なんでいきなり静かになったんだ?」

「え、えぇっと、その……あぅ……」


 星夏に答えを求めるが、彼女は頬を赤くしたままもじもじと煮え切らない呟きをするだけで、その先を口にしてくれなかった。

 疑念が晴れずに頭を悩ませていると、尚也は無言で俺の肩に手を置いて……。


「──ウチのクラスから出るのは、康太郎と咲里之さんの二人だよ」

「──……は?」


 ニコリと風が吹きそうなくらいに爽やかな笑みと共に告げられた。

 あまりに予想外なことに、茫然と声を漏らしてしまう。

 なんで当人が居ない時に勝手に決めたんだとか、言いたいことはある。

 だが星夏が顔を赤くしていたことや、クラスメイト達がニヤついている理由を悟るとそんな疑問は簡単に吹き飛んでしまった。


 さっき尚也が言った通り、ベストカップルコンテストというイベントは毎年恒例となっている。

 というのも、あるジンクスの存在が大きく関わっているからだ。


 それは……。





 ──優勝した男女は必ず結ばれるというモノだ。


 会長から聞いた話だが、過去に優勝したペアはいずれも卒業後も仲睦まじい恋人として過ごしているんだとか。

 故に去年の文化祭前、会長から星夏と出場するように言われたことがあったりする。

 まぁ当日に口喧嘩をしたせいで、実現することは無かったが。


 確かについさっき、クラスメイト達の前で俺達が両想いであること匂わせた。

 星夏の分かりやすいアプローチに気付かないフリをしていた俺を、もどかしく見ていただろうというのも分かる。


 でもだからって……これはいくらなんでも強引すぎるだろ。


 自分で埋めた外堀から決定を覆られそうに無い事実を呑み込んだ俺は、無言で天を仰ぐことしか出来なかった。

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