#114 両想い発覚



 次の日、登校した俺と星夏にやたらと視線が向けられていた。

 それは昨日までのような恋愛的な意味じゃない。

 怯え、恐れ、警戒……さながら檻の向こうの猛獣を見ているような眼差しだ。


 昨日の今日で俺が中学時代に不良だったことが広まっているらしい。

 SNSによる情報伝達の早さの賜物というべきか、会長の手際の良さを褒めるべきか悩ましいところだが、そんなことに思考を割くのは無駄だと一瞥する。


 下駄箱を開けてみても、呼び出しの手紙は入っていなかった。

 その事実に俺と星夏は揃って安堵の息を吐いてしまう。


「こーたが言い寄られなくなって良かったけど、中学みたいになったって思うとやっぱ複雑……」

「別に気にしてないんだけどな」

「そうは言ってもイヤなのはイヤ。高校で何か事件を起こした訳でも無いのに、過去を知っただけであからさまに態度を変えられるのは……ムカつく」


 俺が気にしていないと伝えても、星夏にとっては複雑な心境のようだ。 

 好きな人を貶されたくないというのは分かる。

 だから学校で広まっている噂が失くなるまで、恋人になるのは待とうと言っていたのだ。


 なのにこんな形で俺が避けられては、結果的に彼女が危惧した出来事になっていると言える。

 ましてや自分の噂を失くすためだというのだから、仕方が無いと理解していても受け入れがたいのだろう。


 まぁなんにせよ……。


「教室行こうぜ。何か聴かれたら手筈通りに、な?」

「うん……」


 渋々とした面持ちで呼び掛けに応えた星夏と共に教室へ向かう。


 程なくして着いた教室に入るなり数人のクラスメイトが俺を見やり、気まずそうに視線を逸らした。

 こうも情報に踊らされている様相を見ていると、滑稽を通り越して面白味が出て来る。

 とはいえ、そんな愉快犯染みた真似をするつもりは無いが。


 一旦星夏と別れて自分の席に着いて、一限目の授業の用意をしていると前の席に誰かが腰を下ろす。

 チラリと目を向ければ、そこにはやや冷や汗を流している智則がいた。


「おはよう、智則」

「お、おう。おはよう……康太郎」


 何食わぬ顔で挨拶をすると、智則は少し肩透かしを受けたように目を丸くする。

 しかし、チラチラと周囲を見渡してから、こっそりと耳打ちするように顔を近付けて来た。


「な、なぁ康太郎。今から聴きたいことがあるんだけど……良いか?」

「聴く前に言われても反応がし辛いんだが」

「うっ、お、ぁ、わ、悪い……」

「別に怒ってねぇよ。んで? 聴きたいことってなんだよ」


 一言話す度に驚かれるが、人伝に友達の過去を知ったらこうなるのも無理も無いだろう。

 まぁこのままだと話が進まないので、申し訳無いと思いながら先を促す。


「そ、そうだよな。……あのさ、中学の頃にふりょ──やんちゃしてたって、マジ?」


 そこまで言ったなら言い切れよ。

 気を遣った末にやんちゃの一言で片付けられるのもなんか微妙な感じだな……。


 ツッコミどころはあるが、智則なりに踏み込んだ頑張りだと見れば然程気にすることでもない。

 その成果は、周囲が聞き耳を立てていることでしっかりと表れている。

 突如沸いて出た非行の張本人の口から、どんな答えが返って来るのか注目している証拠だ。


 ならご期待通り、質問に答えるとしよう。


「マジのマジ」

「え、かっる」

「昔はそうだったってだけで、今は違うしな」

「そりゃそうだけど……」


 俺があっさりと肯定したことに拍子抜けしたのか、智則の緊張がいくらか削がれたのが目に見える。

 それは耳を傾けていたクラスメイト達も同様で、吹っ切れているのか強がりなのか見定めている様子だ。

 事実としては前者が正しいと言える。


「さ、咲里之! 確か康太郎と小学校から一緒なんだよな!?」

「え? う、うん。知ってるよ」


 動揺が冷め止まない智則は、腐れ縁の関係を頼りに星夏へ呼び掛けた。

 突然呼ばれた彼女は目を丸くしながらも肯定で返す。


「なら、中学の時の康太郎はカツアゲしたりチーム組んでケンカしたり、金髪に染めてたりしてたのか!?」

「ぶっ!」


 あまりに偏った不良のイメージに、星夏が思い切り噴き出した。


「ま、漫画の読み過ぎだって……こーたがやってたの、精々ケンカだけだったし」

「そのケンカだって売られたのを買っただけだしな」

「だったらなんで黙ってたんだ?」

「聴かれなかったし、武勇伝でもない過去を自分から話すのも変だろ」


 そもそも星夏に救われるまでは黒歴史でしかないし。

 強いて誇れるとしたら、彼女に恋をしたことくらいだろう。


「確かにそうだな! じゃ、康太郎は元不良ってことで良いんだよな?」

「良いも何もそうだっつの。友達止めたいなら言わなくても良いぞ」

「今が違うならやめねーっつの! むしろ小関にノーダメで勝った理由に納得したくらいだって!」

「あの頃はいっつも怪我だらけだったから心配したんだからね?」

「悪かったって……」


 当時を思い出してか、星夏が呆れた面持ちを浮かべながら愚痴る。

 心配を掛けてしまった申し訳なさはあるが、毎度多勢に無勢で来られるとどうしても無傷とはいかない。

 そうして作ってしまった傷の手当てを買って出てくれた星夏には、今でも感謝の念が尽きないままだ。


「っま、度胸と腕っ節だけは付いたから、一対一くらいどうってことねぇよ」

「ひゅーかっくいぃ~!」


 話していく内に智則はすっかり普段の調子に戻っていた。

 その空気に宛てられてか、クラスの雰囲気も和らいでくのが伝わる。


 思い返せば、八津鹿高校に入学した時も智則がこうして話し掛けてくれたんだっか。

 何かと騒がしいヤツだけど、こういう適度に踏み込んで来る性格は素直に称賛している。


「まぁ色々言ったけどさ、俺としてはこれで康太郎のモテ期が終わるだろうから、ざまぁって感じだけどな!」

「少しは本音を隠せっての」


 相変わらずの節操の無さに、堪らず苦笑を零してしまう。

 ホント落ち着きを覚えさえすれば、少なからず女子にも好感を持って貰えそうなんだがなぁ。

 こういう残念なところも含めて、智則らしいと言える。


「あっちなみさ、不良を止めた理由ってなんなんだ?」

「気になるか?」

「おうよ。当時はギラギラしてただろう康太郎が、こんなに落ち着いた雰囲気になるまでに何があったか気になるなる」

「ギラギラっていうより荒んでたんだが……まぁいいや」


 智則の中で浮かんでいる当時の俺のイメージに苦笑しつつ、横目で星夏を見やる。

 それも出来るだけ周囲に悟られるよう、あからさまにだ。


 数瞬の静寂後、口を開く。


「──俺がバカやっても、変わらずに話し掛けてくれたヤツのおかげだよ」

「!」


 わざと聴かせるように告げてみせれば、同時に目が合った星夏が肩を小さく揺らす。

 少しの間、視線を彷徨わせていく内に真っ赤に染まった顔を俯かせる。

 その何ともいじらしい反応を、クラスメイト達は目聡く見ていた。


 だからこそ察する……俺が指した人物が星夏であることを。


 俺達が小学校からの腐れ縁であることは周知されている。

 となると中学も同じなのは明白で、俺が孤立しても星夏が見放さなかったことに結び付く。


 荷科康太郎はかつて咲里之星夏に救われたからこそ、彼女を特別視しているのではないか。

 特別……即ち好意を懐いただと。

 そう結論付けるのも難しくないだろう。


「おい待て康太郎。まさかお前──」

「それ以上言ったら殴るからな?」

「い、イエッサー!」


 余計なことを口走る前に握り拳を作りながら脅すと、智則は冷や汗を流しながら口を噤んだ。

 別に言わせても良かったが、敢えて止める方が分かりやすくなる。


 少なくとも今の会話を聴いていたクラスメイト達には、俺と星夏が両想いであることに疑う余地が窺えないはずだ。

 疑うも何もただの事実なのだが、わざわざ言及することもないだろう。


 ともあれ、作戦の進行は重畳ちょうじょう……なんて思っていた矢先だった。


『二年C組の荷科康太郎君は至急、生徒指導室まで来るように。繰り返します。二年C組の荷科康太郎君は至急、生徒指導室まで来るように……』


 校内放送による呼び出しが流された。

 その対象が俺ということは、十中八九で中学時代の件についてだろう。

 こうなる懸念は事前に会長から伝えられていたが、停学処分を下されることはないとも付け足されている。

 過去のことについて、当人から事情を聴きたいだけみたいだ。


 正直に言うと面倒だが、行っておいた方が後腐れも無いと思い直し、周囲の視線を一心に浴びながら席から立った。


「ってことみたいだから行って来る」

「りょーかい」


 呼び出しの放送を聴いても、智則は動揺することなく気安く見送ってくれた。

 ほんと、色々と勿体ないヤツだと内心で苦笑してしまう。


「こーた……」


 次いで不安げな面持ちを浮かべる星夏と目を合わせる。

 予め聴かされていても、処罰を受けるかもしれない心配が尽きないんだろう。


 心配掛けてばかりで申し訳ないと思うが、他でもない星夏のためだからこそ矢面に立つことも厭わない。

 だから……。


「すぐに戻って来るから、ボーッとして授業聞き逃すなよ」

「! うん。遅れた分、しっかりノート取っとくからね」

「はっ。俺より良い成績取ってから言えっての」


 頭を撫でると星夏が固かった表情を綻ばせる。

 軽口を交えながら見送ってくれた彼女と別れて、生徒指導室へと向かうのだった……。

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