俺の家に入り浸っている腐れ縁の美少女が、彼氏と別れたらいつも甘えて来る理由

＃１１３ 万人に好かれなくたって良いから

「……会長？　なんでサングラスを？」

「自分の弱点くらい把握しているもの。こうすれば君達の触れ合いが見えにくいでしょ？」

「まぁ、確かにそうかもしれませんけど……」

　些か腑に落ちないものの、変に引っ張る必要も無いと置いておくことにした。

　実際サングラスも無しにこの光景を見ていたら、こんな風に冷静さを保っていないはずだ。

　雰囲気もへったくれもない装いに毒気を抜かれて、さっきまで湧き上がっていた衝動が瞬く間に萎えていく。

　会長が止めてくれたおかげで、一時の情に任せて約束を破らずに済んだのだ。

　そうして落ち着いたと同時に、心に罪悪感と自己嫌悪がのし掛かる。

　何やってんだ俺は……。

　星夏の様子がおかしいことくらい解ってたはずなのに、好きな相手だからって簡単に流されやがってバカか。

　後悔の念は尽きないが、反省は後にしておこう。

　今は去って行った後輩から広まるであろう噂の拡散について対策しないと。

「会長……せっかく良い雰囲気だったのに、なんで邪魔するんですか？」

　だというのに、星夏は会長を睨みながら堪えきれない怒りを滲ませる。

　無論、彼女の言葉は言い掛かりでしかない。

　もしあのまま情欲に流されていたら、星夏が俺の身体目当てだったなんて噂が広まり兼ねないだろう。

　そうなったら、もう取り返しの付かないことになっていた。

　それが解らないはずがないんだが……今の星夏にそこまで考えが及んでいる様子はない。

「さっきまでの自分の行動を振り返って見なさい。その上で、私達の目的が何だったのか思い出したら解るでしょ？」

　一方で睨まれている会長は、柳に風と言わんばかりに動揺していない。

　冷静に返された言葉は説教ではなく、あくまで星夏自身に気付かせるモノだった。

「？　……──ぁ」

　最初は訝しむような面持ちの星夏だったが、逡巡する内に顔色が青ざめていった。

　ようやく自分がやらかしたことに気付いたようだ。

　空色の瞳を今にも泣きそうな程に震わせ、星夏は俺の胸に顔を埋める。

「ご、ゴメン、こーた。アタシ、こーたが言い寄られてるの見てたらイライラして、胸の中が不安で一杯になって、こーたがどこにも行かないようにしなきゃって思って、それで……」

「悪い、俺の方こそもっとキッパリ断るべきだった」　

「違うよ、こーたは悪くない。フラれたのにしつこい向こうが悪くて、嫉妬して余計なことしたアタシが悪いの。次はちゃんとするから、嫌いにならないで……」

「星夏……」

　声を震わせながらキスをした理由を話す星夏に、俺も反省する点はあったと伝えた。

　だが彼女は頑なに自分を責め続ける。

　いや、ここまで過剰なのは、俺に嫌われることを恐れているから？

　そんなことはあり得ないのに怯えられると、なんだか俺のことを信頼していないようで……ダメだ、これ以上考えても良くない方向になりそうだ。

　頭を振って脳裏に引っ掛かりそうだった思考を払う。

「責任の被り合いはそこまで。今はこれからのことを考えるのに集中しなさい」

「……はい」

　またも会長に制止されたことで、気落ちした様子ながらも星夏が頷く。

　流石に駐輪場で話すわけにもいかないため、俺達は揃って生徒会室へ移動することにした。

　程なくして生徒会室に着くなり、部屋の中央にあるソファに会長と対面する形で星夏と並んで座る。

「さて、一年の子の前で口付けをしたことは、嫉妬した星夏ちゃんのアピールという風に誤魔化すしか無いわね」

「えっと、手間を増やしてすみませんでした……」

「構わないわ、嫉妬した星夏ちゃんの行動を予測出来なかった私にも落ち度はあるもの」

　三度謝る星夏に対し、会長は全員にミスがあったと罪悪感を和らげた。

　が、ため息をつきながら胡乱げに俺を見つめる。

「正直、康太郎君がここまで人気になるとは思ってもみなかったわ」

「何も特別なことはしてないはずなんですけどね……」

「まぁ噂に乗っかって星夏ちゃんに告白して付き合った男子が多かったから、相対的に評価が高くなったとみるべきでしょうね」

「んな消去法で注目されてもなぁ……」

　星夏の噂を失くす過程で多少のやっかみは覚悟の上だったとはいえ、変にモテて注目されるのは考えていなかった。

　普通なら喜ぶべきことなんだろうが、星夏以外と付き合う気が無い身からすると鬱陶しい他なかったりする。

　眞矢宮と向き合えたのは告白されるまでの交流があったからこそで、言ってしまえば関係の薄い相手には真剣になる理由がない。

　星夏の精神衛生上のためにも、望んでいないモテ期は早く終わらせるのが一番だ。　

「会長、この無駄なモテ期を終わらせる方法はありますか？」

「本当に煩わしそうに言うわね……一応あるにはあるわよ、最初に浮かんだ案だけれど」

「最初に浮かんだなら、どうして初めからそうしなかったんですか？」

　俺の質問に対する会長の返答に、星夏が不満げな面持ちで細やかに非難しながら問い掛けた。

　彼女の言う通り早い段階で案が浮かんでいたのに、それを実行しなかったことに疑問を感じる。

　ある意味で当然の問いに、会長は肩を竦めながら口を開く。

「だって康太郎君が中学時代は不良だった～って明かすのよ？　二人に許可を取らずに勝手な真似は出来ないわ」

「え……」

「俺の過去を……」

　肝心の案の内容は、かつての己の愚行を明かすというモノだった。

　星夏は目を丸くして呆けて、俺の胸中には納得と不安が半々に過る。

　確かにそれが広まれば、噂を鵜呑みにする女子達は簡単に敬遠してくれるだろう。

　だが同時に、俺が中学の頃のように孤立する危険性もあった。

　会長が渋るのも無理もなかったのだ。

「そ、そんなのダメ！　やっとこーたが自分の幸せを見つけられたのに、また振り出しに戻っちゃう！」

「星夏ちゃんの懸念は尤もよ。けれど、これならミーハーな人達は確実に遠退くわ」

　そして当然と言うべきか、当時の俺をよく知っている星夏に却下される。

　暴力に縋った末に自殺しようとしていたのだから、彼女がそう言うのも当たり前だろう。

　心の底から俺を気遣ってくれるのがありがたいが……。

「でもその後はどうするんですか？　あの頃のこーたがどれだけ辛い思いをしてたのか知りませんよね？　こーたが協力してくれるからって、いくら何でも酷過ぎませんか！？」

「落ち着けって星夏。会長がただ広めるだけで終わるはず無いだろ」

　俺に好意を懐いた影響か当人以上に過敏な反応を見せる星夏を宥めつつ、会長に先を促す。

「もちろん。康太郎君が更生したのは星夏ちゃんのおかげだって言うのも広めるつもりだわ。予定が前倒しになるけれど、康太郎君の気持ちを明かすのが一番の理由よ」

「こーたの気持ち……？」

「えぇ。両想いなのに割って入るなんて無粋な真似をすれば、絶好の非難の的になりに行くようなものよ。そこまで考えが及ぶ人って注釈は付くけれど……少なくとも今後二人が告白されることは激減するはずよ」

「……ホントですか？」

「生徒会長として、そして友人として約束するわ」

「…………」

　会長が約束と切り出しても、星夏は納得しきれない顔を俯かせる。

　全く、心配性にも程があるだろうが……。

「──アーホ」

　内心で呆れながら、がら空きになっている星夏の頭を小突いた。

　油断していた彼女は驚きで肩を揺らし、横目で俺を見やる。

「っ……こーた？」

「あんまり人を舐めるのも大概にしろ。あの時と違って今は智則と尚也に会長や眞矢宮がいるし、何より星夏がいる。元から万人に好かれる気なんて無いんだから、俺にとっちゃそれくらいで十分過ぎるんだっつの」

「ぁ……」

　そう伝えて小突いた箇所を撫でると、星夏は空色の瞳を丸くしてか細い息を漏らす。

　いつまでも弱り切ってた頃と同じだと思われるのは心外だった。

　男として……いや、好きな子の前でくらい頼れる存在でありたいのだから、認識を改めて貰えないと困る。

「そうやって人付き合いを心配するなら、俺経由で知り合ったヤツ以外が居ない自分の方を心配しろよ」

　中学の時は人気者だった星夏なら、噂を失くしてからでも友達くらい簡単に作れそうだ。

　尤も噂を聴いただけで態度を変える人と、どう付き合うかまでは彼女次第だが。

　やがて言葉を呑み込んだ星夏は、撫でている手に自らの手を重ねて柔らかな微笑みを浮かべた。

「……こーたが支えてくれるなら、頑張る」

「おう、見守っててやる」

　根本的な解決にはなっていないだろうが、少しは不安が和らいだと見て良いだろう。

　後は二の轍を踏まないように、俺がしっかりすれば良いだけだ。

　そんな密かな決心を胸に懐いている間、星夏は改めて会長の方と向かい合う。

「その、取り乱してすみませんでした」

「好きな人のことだもの。仕方が無いわ」

　俺がこうすることくらい予想してただろうに、いけしゃあしゃあとよく言う。

　とはいえ、まだまだ噂の解消には問題が山積みだ。

　こんな所で躓いている暇は無い。

　あまり長引くと、ただでさえ情緒が不安定になりつつある星夏がどうなるか心配になる。

　漠然とした不安を抱えながらも、今日のところは解散となるのだった……。　

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　本日になり、セフ甘は公開から１年が経ちました！

　当初はここまで伸びると思っていなかったのですが、皆様の応援のおかげで書き続けることが出来ています！

　最終章も1/3が過ぎる頃ですので、次回もよろしくお願いいたします！