#112 種が芽吹く


 真犂さんと眞矢宮に相談してから数日が経った。

 その間に俺に告白をして来た女子は八人にも及んだ。

 呼び出されるだけでも面倒に思えて来たし、興味も無い女子に時間を割くと必然的に星夏との時間も減るため、断るストレスも相まって不満が募っていくばかりだった。


 俺だけじゃない、星夏の不安も日に日に強まっている。

 休み時間や昼休みになればすぐに話し掛けて来たり、人目があっても照れずにアプローチすることが多くなっているのが証拠だ。 

 家では時間さえあれば何度もキスをして、昂ぶった性欲を自慰で発散させるのを繰り返している。

 今は幸いにも他の女子に取られまいと嫉妬していると解釈されているが、牽制が長く続くと要らない諍いを呼ぶことになってしまう。


 そんな状況でも放課後に俺は、一年の女子から駐輪場に呼び出されて告白された。

 これで十人目だ。

 教室で待たせている星夏を一人にして置けない一心から、返事は手短に断ったのだが……。


「どうして私じゃダメなんですか!」

「……別に君が悪い訳じゃ──」

「それって誰か好きな人でも居るからですか? だったら答えて下さい!」

「はぁ?」


 こんな時に限ってしつこい上に、不躾な質問までされた。

 思わず不満を漏らしてしまうが、ここで感情に任せてしまうと作戦を潰すことになる。

 星夏のためにも何とか堪えて、表情を繕いながら口を開く。


「聴いて、どうするんだよ?」

「頑張ります」

「何を?」

「私がその人より綺麗で可愛くなって、荷科先輩に相応しい彼女になれるって証明してみせます!」

「……」


 一言発せられる度に、苛立ちが膨らんでいく気分だった。

 目の前の後輩は客観的に見れば可愛らしい容姿だが、俺からすれば星夏に言い寄る男子達と同じだ。

 つまりどうでもいいということになる。

 相手にするまでもない。 


「知って諦めるならともかく、そうじゃないなら答えるつもりはない」

「でも私、本気で荷科先輩のことが好きなんです!」

「そう言われても返事は変わらないし、そもそも俺が誰を好きでも君には関係ないだろ」

「っ、酷い……優しい人だって思っていたのに……」


 キッパリと断ったにも関わらず、しぶとく粘っても頷かないと見るや泣き落としで責めてきた。

 噂を鵜呑みにして人を知った気になって、勝手に失望されてもうんざりするだけだ。  

 仮に教えても引き下がる様子は無いし、ヘタをすれば星夏に危害が及ぶ可能性だってある。

 そもそも初対面の後輩に好きな人を教える意味が分からない。


 告白を断っても諦めなかった点は眞矢宮と同じだと言えるだろう。

 だがコイツと彼女では状況も心境も全く似通っていない。

 可愛くなるとか相応しくなるとか言うが、星夏を見下しているようにしか聞こえなかった。

 そんな多少の努力で俺を振り向かせられると思われるのが、酷く不愉快だ。

 好きな人を遠回しに貶す言い草も、人の気持ちを軽んじている浅はかさが窺える。

 眞矢宮だったら、こんな態度は絶対に取らない。

 決して星夏を見下したりせず、ライバルとして対等であろうとした彼女とは大違いだ。


 出来れば誠実な対応を心掛けてはいたが、色々と積み重なったストレスから我慢の限界が近かった。 

 殴りはしないまでも、突き飛ばすくらいはしてしまいそうだ。


 もう返答も待たずに帰ろうかと思った時だった。






「──こーた、みーつけた」


 不意に聞き慣れた越えに呼び掛けられて、思わず振り返る。

 そこには教室で待っていたはずの星夏が笑みを浮かべながら立っていた。


「さ、咲里之先輩? なんでここに……?」


 なんでここにって問いが喉から出かかったが、先に後輩の女子が尋ねたことで言葉を呑み込んだ。

 先を越された不快感こそあるが、訊きたい内容に差違は無いので黙っておいた。


 そうして目的を問い掛けられた星夏は……。


「待っててもこーたが来ないから来ちゃった。ね、早く帰ろーよ」

「……っ」


 女子を一瞥することなく、空色の双眸を俺に向けたまま誘いを口にした。

 まるで空気のように扱われた後輩が表情を歪める。


 一方で俺は星夏の態度に拭いきれない不安を感じていた。

 確かに彼女から、告白して来る女子に俺を渡す気は無いと伝えられている。

 だがそれはあくまで内心での話であって、こんなあからさまな態度に出す訳ではなかったはずだ。


 最近の様子も含めて無性に良くない予感がして、どうにも胸がざわついてしまう。


「ちょっと、人の告白の邪魔をしないでくれませんか!?」


 しかし、そんな様子のおかしさに気付いていない後輩が大声で吠えた。

 まだ諦めていないのかと煩わしさから眉を顰める。

 いい加減にしろと言おうとするより先に、星夏が口を開いた。 


「……? こーた、告白されてたの?」

「あ、あぁ。ハッキリ断ったんだけどな……」

「もしかしなくても、しつこい感じ? あははっ、なにそれ。みっともないなぁ」

「~~っ、うるさいうるさい! いきなり出てきてなんなの!?」


 らしくない嘲笑を浮かべる星夏に、ますます不安がのし掛かる。

 嘲られた後輩がヒステリックに叫ぶのも無理も無い。

 見間違いようもないくらいに、今の星夏は明らかにおかしかった。


「コクってフラれたんでしょ? だったらおしまいじゃん」

「終わってなんかない! これから荷科先輩を振り向かせるんだから、男に媚びるしか能が無いビッチが邪魔しないでよ!!」

「……ふ~ん」


 なおも引き下がらない後輩の罵倒が琴線に触れたのか、星夏の目がさっきとは打って変わって細められる。

 その冷たさを例えるなら、飴に集るアリを見るような眼差しだ。


 そのまま反論でもするのかと思った瞬間……。


「んっ」

「っ!?」


 ──星夏は両手で俺の顔を引き寄せてからキスをして来たのだ。


「ちゅ、ん……はむ……」


 唐突なキスによる動揺のあまり硬直する俺に構わず、器用に舌を絡ませて淫靡な水音を立てさせる。

 咄嗟に後ろへ下がろうとするも、星夏が首に腕を回して拘束するため離れられない。

 そうするとより密着する形になるため、彼女の柔らかな感触が制服越しに伝わってくる。


 ここまでされてようやく星夏の意図を察した。

 諦めの悪い後輩に見せつけるためだと。


「ぇ……え? な、なに……してるの?」


 目の前でいきなりディープキスを始められた後輩は、顔を真っ赤にしながら茫然と問いを口にする。


「はふ……っ、見て分かんない?」

「ひ、人前でそんな──」

「好きならこれくらい恥ずかしくとも何でもないでしょ? なんなら……このままエッチでもしてみせよっか?」

「ひっ、や、あ、頭おかしいんじゃないの、この変態!」


 妖しく嗤って見せた星夏に恐れ戦いたのか、後輩は喚き散らしながら駐輪場から去って行った。

 結果的には告白を終わらせることが出来たが、後のことを考えると非常にマズい。


 いくら何でもやり過ぎだ。

 あの後輩がキスの様子を吹聴すれば、失くなりつつあった噂に信憑性が付いてしまう。

 そうなったらせっかくの作戦が台無しだ。


「星夏、今すぐに生徒会室に行くぞ」

「なんで?」

「なんでってお前、このままだと噂が──」

。そうなったらアタシとこーたが付き合ってるって理解してくれるじゃん」

「は……?」


 ……噂、なんか?


 熱に浮かされたまま暢気なことを言ってのけられ、思わず呆気に取られてしまう。


 好きだからって彼氏じゃない男にキスをしたらビッチの噂が消えないと伝えたはずが、どうして俺と付き合っていることになるんだ? 

 立ってしまう噂への危惧に対し、お互いの間で明らかな差異があった。


 だが俺の反応を無視して星夏は続ける。


「アタシはこーたの彼女で、こーたはアタシの彼氏だって広まれば、間に割って入るような邪魔で悪い人はみ~んないなくなっちゃうよね? これからのことを考えるならその方が良いでしょ? ね?」

「星夏、落ち着けって。今は会長の言う通りに──」

「ダメ!!」

「っ!」


 捲し立てる星夏に制止を呼び掛けるが、悲鳴のような大声で遮られてしまう。


 驚きで口を噤んだと同時に、星夏から再び唇を重ねられた。

 さっきと同じく舌で口の中をねぶるだけに留まらず、いつの間にか俺の股に挟んだ右足を前後させ、左手を取って胸に押し付けている。

 鼻を擽る淫らなメスの匂いも合わさって、ただでさえ加減していた抵抗力が凄まじい勢いで削がれていく。


 一瞬が永遠に感じられる錯覚を憶えていると、星夏が顔だけを離す。

 空色の瞳は甘く蕩けきっていて、とてつもなく情欲を掻き立てられてしまう。


「はぁ……はぁ……他の女の子のことは、考えないで」

「はぁ、はぁ、今は、そんなことを、言ってる場合じゃ──んんぶっ」

「ん……ぷはっ。誰のことも考えないで。誰のことも考えちゃダメ。誰の顔も過らせないで……アタシだけを見て……」

「せ、な……」


 けじめを着けるまではセックスをしない。

 互いの気持ちを通わせた交わしたはずの約束が、砂のように崩れていっているような気がした。


 最後に身体を重ねてから、もう二ヶ月以上も経っている。

 正直、一人で慰め続けるのも限界に近い。

 星夏に至っては俺が触れないとロクに眠れない始末だ。


 どうして好き合っているのに我慢しないといけないんだ、なんて気持ちが脳裏を掠める。

 むしろ蜘蛛の糸まで磨り減った理性で、よくもまぁ耐えたモノだと称賛したいくらいだ。


「こーたぁ……エッチ、しよ?」

「……」


 星夏は完全にその気になっている。

 セフレの頃だって、彼女が望めば拒むこともなかった。


 ここが外だとかゴムを持っていないとか知ったことじゃない。


 情動に流されるままに星夏のスカートの中に手を伸ばそうとして……。






「──不純異性交遊をするなら、せめて誰も見てない家の中でやって貰えないかしら?」

「「っ!!」」


 甘い空気の中に割って入った冷ややかな声に、俺と星夏は弾かれるように顔を向ける。


 そこにはサングラスを掛けていながらも、表情に不満が表れている雨羽会長が立っていた。

 

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