#111 できること
「──っていう訳なんですけど、どうしたら良いと思いますか?」
「知るか」
週が明けてから三日後のハーフムーンでのバイト中、真犂さんに星夏のことや女子に注目されていることで相談をしていた。
夏休みの間に、真犂さんは星夏と眞矢宮から俺達の関係を知ったそうだ。
といってもあくまで腐れ縁で両想いという点だけで、過去の詳細やセフレ関係だったことは伝えていないらしい。
眞矢宮との関係にも一区切りが着いたことで、こうして星夏との仲を相談出来る場が増えたのはかなりありがたかった。
だというのに一通り聞き終えた真犂さんから、なんとも無慈悲な感想を口にされる。
「そんなバッサリと……」
「どう聴いてもお前らがお互いを好きだってことしか伝わらなかったから言ってんだよ。不安をどうにかしたいならアレだよ、指輪買ってプロポーズでもするのが手っ取り早いだろ」
「それは考えましたけど、今はタイミングが悪いから無理です」
「するつもりなのかよ。じゃあなんで今はしないんだ?」
「けじめを着けるまで付き合うのを待ってるのに、プロポーズをしたら約束を破ることになるじゃないですか」
「めぇぇぇぇんっっっっど、くっっっっせぇぇぇぇなぁぁぁぁお前ら!! なんでそんな約束したんだよ。お互いに好き合ってるならそれでいいじゃねぇか」
星夏にプロポーズしない理由を聴いた真犂さんが、盛大に面倒くさそうな顔を浮かべながれら呆れられる。
まぁ理由は他にもあるんだが、現状ではあまり効果的でないことは変わりない。
言ってることは尤もだが、他でもない星夏が望んだことなのだから俺に断る選択肢は無かった。
「もういっそ抱けよ。あ~でも硬派な康太郎のことだから、どーせ責任取れる年齢になってからとか考えてそうだよなぁ」
「あはは……」
真犂さんの中ではそういう認識をされているようだが、実際は告白するより先に何度も……それこそ中学三年の頃から身体を重ねていたりする。
我ながら不健全極まりない性活をして来たのもあって、苦笑いを浮かべて流すことしか出来なかった。
思い返せば俺を好きになる前の星夏との情事は、彼女のストレス発散の意味合いが強かった気がする。
もしけじめを着けるまでセックスを禁止にしていなかったら、自分の身体を使ってでも俺の繋ぎ止めようと必死になっていたかもしれない。
そうなっていない現状に、少しだけ胸を撫で下ろしてしまう。
実情を知られたら怒りはしないだろうが、間違いなく呆れられるだろうなぁ。
その光景がなんとなくイメージ出来てしまう。
そんな時だ。
「真犂さん。いくらお客さんが居ないからって、お昼にそんなことを言うのはどうかと思います」
「へいへーい」
同じシフトで出勤していた眞矢宮から苦言を呈される。
さっきの相談は彼女にも聴いて貰っていた。
告白を振った身で申し訳ないと思っていたが、むしろ力になりたいと言ってくれたので恥を忍んで話したのだ。
「眞矢宮の方はどうだ?」
「モテ期に関しては問題ありませんよ。荷科君が他の異性に目移りしなければいいだけなんですから」
「っま、海涼クラスの美少女に
「そうなんですよねぇ」
「……」
女性陣から向けられるジト目に、羞恥心と罪悪感から黙秘を貫いた。
言葉の裏に隠されたトゲに、苦笑いすら出来ない。
そんな俺の反応を見た眞矢宮は、クスクスと微笑んでから続ける。
「まぁ仮にもっと早くモテ期が来てたとしても、康太郎なら絶対に気付かなかっただろうよ」
「え、いやいや。流石に告白の回数が多かったら気付きますって……」
「いいやモテ期だなんて思わないね。精々が『なんか告白して来る物好きが多いなぁ』ぐらいだって」
「あ~それ分かります。顔も名前も知らない相手だったら特にそう思いそうです!」
「おいおい……」
どうしてそこまで言い切られるんだ。
いくらなんでも回数が嵩めば察する……はずだって。
そんな言い訳を内心で浮かべていると、真犂さんにジロリと睨まれる。
「何がおいおいだよ。お前、海涼に告白されるまで好かれてることに気付かなかったじゃねぇか」
「ぐっ……!」
ガラ空きのボディに大砲を撃ち込まれたみたいな一撃を受ける。
そこを指摘されると何も言い返せなくなってしまう。
というかさっきの言い訳で断言出来なかった要因そのものだ。
「た、確かに告白されるまで職場の同僚くらいの認識でしたけど……」
「……前にも言ったけど、海涼クラスの美少女を前にしてその認識ってよっぽどだぞ」
「気持ちを察しはしないでも、多少は意識して欲しかったです……」
再びジト目を向けられてしまう。
そこはなんというか……俺がそのよっぽどの枠組みに入っていただけの気がするんだが、美醜感覚が狂ってない以上は言ってもやぶ蛇だろう。
「逆に星夏さんの些細な変化にはもの凄く敏感なんですよ?」
「興味の有無で差があり過ぎんだろ」
やかましい。
好きなんだから髪型とかネイルが変わってるくらい気付くに決まってんだろ。
口答えをしても無駄なので、心の中でそっと留めた。
「っま、康太郎が鈍感な理由は大体解ったけどな」
「え?」
「本当ですか?」
不意に何やら悟ったらしい真犂さんの言葉に、俺と眞矢宮は揃って聞き返す。
その反応を見れたからか、彼女は得意げに胸を張りながら続ける。
「おう。康太郎は星夏にベタ惚れなんだろ?」
「まぁ、はい」
「それって星夏以外の女子と恋愛関係になるイメージが無いってことじゃねぇか? 無意識の内に切り捨ててるから、女子と接してても恋愛感情に結び付かない。だから気持ちを寄せられても気付かないってことだ」
「「おぉ~……」」
妙に説得力のある根拠に、俺達は思わず感心の声を漏らす。
なるほど。
確かに告白される前の眞矢宮やクラスの女子と会話していても、もし恋人になったらとか考えたことがなかった。
それだけ星夏が好きなんだだと言われているようで、どうにも気恥ずかしさを覚えてしまう。
「康太郎がこの調子だったらモテ期とか浮気の心配は杞憂で済むだろ」
「と、なると残る問題は……」
「星夏さん側の不安、ですよね……」
「「「……」」」
三人でう~んと頭を悩ませる。
二つの悩み事の内の一つが済んだところで、再び壁にぶつかる音が聞こえた気がした。
「やっぱプロポーズするしかなくね?」
「私が思うにプロポーズをしても、星夏さんの不安の解消には繋がらないと思います。愛し合って結婚したはずの両親が浮気で別れることになったんですから、むしろ逆効果でさえある気がしますね」
「だよなぁ……」
「結婚ですら確証にならないとか、厄介なトラウマ抱えてんなぁ……」
眞矢宮の言い分に同意する他なく、三人で揃って頭を抱えるしかなかった。
両親が離婚した過去を持つ人にとって、結婚というのは単なる不安材料でしかないのだろう。
真犂さんはともかく眞矢宮の両親は仲が良いし、亡くなったとはいえ俺の両親の夫婦仲も良かったから、本当の意味で星夏の気持ちを理解することは出来ない。
「結局、お互いに気持ちを通わせて思い出と時間を積み重ねていくのが良いかもしれませんね」
「つまり俺のやることは無い?」
「いえ、荷科君は普段通りに星夏さんを大事にして下さい」
「普段通り……」
眞矢宮の言葉を反芻する。
言い方を変えれば特別なことはしなくて良いという訳だ。
それなら分かりやすくて良いし、互いの気持ちを通わせているからセフレだった頃より伝えやすくなっている。
伝える……。
そこまで考えて、ふと気付いた。
──あぁそっか、好きだって……言えるんだよなぁ。
何度も何度も胸の内に秘めていた言葉を、言いたい相手に伝えられる関係になったんだ。
それだけでも十分なのに、星夏からも好きだと言われるようにもなれた。
傍から見ればちっぽけなことでも、俺にとっては大きな一歩を進めた実感だ。
けれど幸せに浸り過ぎて立ち止まっていたら、簡単に離れてしまう。
噂を失くした先で、星夏と一緒にあろうとするなら妥協なんてしている暇は無い。
俺に出来ることを、キチンとやりきろう。
改めてそう決心する。
「まぁ結婚って言っても恋人から夫婦に肩書きが変わるだけで、本質的には好きな奴同士で過ごすって点は変わらねぇもんな」
「そうかもしれませんけど、あまり夢のないこと言わないで下さいよ。不安の解消にはならなくても、星夏さんにとって憧れなことに変わりないんですから」
「海涼は?」
「もちろん両親のように幸せな家庭を──って何を言わせてるんですか?!」
「聴いただけで言ったのそっちじゃん……」
やがて女性陣は俺を蚊帳の外に雑談で盛り上がっていった。
過去に星夏も結婚後の家庭像を話していたことがあったが、あの時は叶うことを願うだけだった。
でも今は……違う。
──俺が叶えたいって思える。
その未来を確かな形にするためにも、一日でも早く噂を失くして女子の好奇も抑えていかないといけないな。
そんな想いを胸に、バイトに精を出すのだった……。
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