#110 不安の種
俺を手紙で呼び出したのは隣のクラスの女子だった。
面識はなかったが、向こうは星夏との関係が明らかになる前から俺のことを知っていたらしい。
そうして彼女から告白されたが、星夏のためにもきっちりと断った。
フラれた相手は悲しそうな面持ちを浮かべながら、理由を詮索することなく立ち去ったのでとりあえず穏便に済んだ。
流石に眞矢宮の時と比べてキツくなかったが、やはり断るのには相当な神経を使ってしまう。
それにしたって、前から好きだったのならどうして今日になって行動したんだろうか?
そんな疑問の答えは、思っていたよりも早くに明かされた。
その答えを齎したのは……。
「アタシがこーたを好きだって知ったから焦ったんじゃないか~って、会長が言ってたよ」
俺が告白に応じている間、生徒会室に行ってから揃って帰宅している星夏だった。
正確には、彼女が問い質した雨羽会長からだが。
だが俺にとって何より驚かされたのは続けられた理由だ。
何故なら……。
「で、何が起きてるのか会長から教えて貰ったんだけどね……、
最近になってこーたを狙ってる女子が増えてるらしいの」
「……は?」
あまりに受け入れがたい情報を齎されたからだ。
「狙ってるって……命をか?」
「今はそーゆーボケいらないから。こーた自身に決まってるじゃん。彼氏候補として挙げられてるらしいよ」
「いやいや……」
動揺のあまりズレたことを口走ってしまう。
そんな俺を星夏がジト目を向けてツッコミながら、事の詳細を告げた。
だがそんなことを言われても、どんな反応を返せばいいのか戸惑うしかない。
恋愛が関わっていると言い切れるのは星夏を除けば、女子校に通っている眞矢宮だけだ。
不特定多数に好かれる真似をした覚えがない。
「俺を彼氏候補にって、ありえないだろ。会長の冗談じゃないか?」
「雨羽会長が恋愛関係の情報で嘘を言わないって、こーたの方がよく知ってるでしょ? 二学期になって……特にこの前の金曜日から評価がうなぎ登りなんだってさ」
「なんでそんなことになってんだ……」
きっぱりと告げられた根拠に、思わず天を仰いでしまう。
会長からの情報なので信憑性を疑うつもりはないが、それにしたって納得がいく話ではない。
学校では星夏以外の女子とそこまで親密な訳では無いんだが……。
「なんでって……本気で言ってる?」
「本気も本気だっつの。特にイケメンでもない俺がモテる要素なんてどこにあるんだよ」
「……」
理解出来ない俺とは対照的に、星夏には心当たりがあるらしい。
それでも理由が分からないと返すと、彼女から冷ややかな視線を向けられてしまう。
……ダメだ、マジで分からん。
「はぁ~……確かにこーたよりイケメンっているけど、こーただって顔立ちは良い方だからね?」
「いや、目付き悪いだろ」
「モノは言い様だよ。鋭いって見方をすれば長所になるの」
「お、おう……」
好きな子に褒められて悪い気はしない。
そんな場合じゃないので、表情は繕って秘めておく。
「でも、こーたが評価されてるのは内面の方なの」
「内面?」
「そ。アタシから見ても、こーたより内面が良い男子って知らないもん」
そこまで言うか?
でも色んな男子と付き合った経験のある星夏の言葉だから、一概に無いと切り捨てられない。
しかし、それだけで女子の注目を集める理由になるのだろうか?
「まだ分かってないって感じだね。まぁこーたらしいけどさ」
「俺らしいって……」
「続けるよ。二学期になってからってことは、丁度アタシの噂を失くすために動き始めた頃と同じでしょ? それで偏見もせずにアタシと接する様子が女子達に受けたの」
「……いや本当にどういうことだよ」
「もう! 噂を鵜呑みにしないし女の子をエッチな目で見なかったり、無愛想に見えてちゃんと周りに気を配ってたり、殴り掛かって来た男子を軽く倒しちゃったり、作戦が始まってからこーたの良いとこが目に留まるようになったの!」
痺れを切らした星夏から次々に根拠を捲し立てられ、ようやく自分の中で合点がいった。
なるほど……つまり星夏の気になっている人だと明かされたことで、必然的に注目される度合いが増えたが故ということらしい。
それにしたって彼氏候補に挙げられる程じゃない気がするんだが。
「情報通の会長が今日まで伝えなかったのっておかしくないか?」
「アタシを不安にさせないのと、こーたならどうせ断るからって理由で黙ってたみたい」
「信頼されてるのか呆れられてるのか、なんとも微妙な理由だな……」
とはいえ星夏を不安にさせたくない気持ちは分かる。
名前も知らない女子に告白されても浮気なんてする気は微塵も無いが、あまりにも多いと不安を与えてしまうのは避けられないだろう。
好きな人が不特定多数の異性に言い寄られる様は、見ていて気持ちの良いモノじゃない。
それは俺が誰よりも理解しているつもりだ。
人一倍寂しがり屋な星夏なら、嫉妬のあまり暴走することも想像に難くない。
ホント、よく考えるまでもなくこの状況は良くないなぁ。
作戦に悪い影響しか出ない。
最悪の場合、元カレ達のようにフラれた女子が星夏を逆恨みする場合がある。
そんな降って沸いた懸念を伝えると……。
「会長もそこを心配してた。だから今週中には解決策を考えとくって。……それまで告白して来る人は、出来るだけ誠実に対応してって」
「めんどくせぇ……」
今日の女子は大人しく帰ってくれたが、他の女子がそうだとは限らない。
断った理由をしつこく尋ねたり、徒党を組んで罪悪感を煽って来る様相が容易に浮かんで来る。
眞矢宮がどれだけ誠実だったのか痛感させられた。
「雑な断り方をして敵を作るよりマシでしょ?」
先のことを考えて項垂れていると、星夏から尤もな理由で釘を刺される。
そして……。
「──第一、海涼ちゃんと違って今さらこーたの魅力に気付いた人なんかに渡さないから」
やけに神妙な面持ちを浮かべながら、静かに宣戦布告を口にする。
さっきまで朗らかだった空色の双眸は一転して、他の女子達を拒絶するような冷たい眼差しになっていた。
父親の浮気を切っ掛けに家庭が壊れた星夏にとって、俺の横取りを企む女子は敵でしかないのだろう。
友人でもある眞矢宮はともかく、互いの気持ちを知っている今だからこそ、割って入るような存在は見過ごせないのかもしれない。
星夏がそれだけ好きでいてくれている証拠だと言えるが、同時に俺が離れる可能性を何よりも恐れているとも取れる。
今までの経験から、人の気持ちが移ろいやすいことを誰よりも知っている彼女だからこそ、俺相手であっても万が一を考えてしまうんだろう。
かつて受けた心の傷は七年経っても俺と両想いになっても、未だ癒えずに深く刻まれたままなんだ。
となると一朝一夕で治るはずもなく、ゆっくりと時間を掛けるしかない。
こればかりは星夏自身で折り合いを付ける必要がある。
そう理解していても、少しでも早く治って欲しい気持ちは変えられない。
だから、不安な内心を強がって隠している彼女の頭をソッと撫でる。
突然の行動に星夏は目を丸くして俺を見つめた。
「アーホ。顔も名前も知らない女子に靡くくらいだったら、二年も初恋を拗らせたり眞矢宮の告白を断ったりしないだろうが。俺は星夏が思っている以上に星夏のことが好きなんだから、余計な心配なんてするだけ無駄だっつの」
「……うん、ありがと。こーた」
簡単に気持ちが変わったりしないと伝えることで、浮気への不安が軽くなるならいくらでも言おう。
そんな腹積もりで発した言葉に、星夏は脱力したように苦笑する。
偽りのない本心からの言葉だが、それでも先延ばしにしかならない事実に歯痒く思う。
言葉だけじゃ足りない……もっと星夏が安心出来るような揺るぎない証が必要だ。
その証をどういった形にすればいいのか、それが目下の悩みになりそうだった。
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