#109 羽休めの後に
小関との軽い諍いから土日を挟んで三日が経った。
星夏から頻りに自分が蒔いた種で俺を巻き込んだことを謝罪されたが、噂を失くしていく段階で元カレが絡むのは明らかだったし、何よりこれくらい承知の上だ。
仮に小関を含めた元カレ達が報復しようが、それは俺が解決するべき問題であって星夏には関係ない。
そういった諸々の説明に、終始釈然としない面持ちながらも星夏は引き下がってくれたのだ。
そんな背景があった週明けの今日は、会長の指示で一緒に登校していた。
「噂を失くす活動をしてから一ヶ月になるけど、全然消えそうにないよね~」
「学校中に広まっているのを失くそうとしてるんだ。一朝一夕に行かないのは仕方ないだろ」
「そうだけどさぁ~。あ~あ、早くこーたと付き合いたい……」
隣を歩く星夏の表情はやるせなさから気怠げだ。
二学期が始まって一ヶ月、十月も上旬を過ぎようとしていた。
それでも一昨日のような厄介な相手が沸いて来る現状に、どうにも辟易している様子だ。
学校での星夏は俺に対して控えめなアプローチを取っている。
作戦の都合上というのもあるが、一番の要因は彼女が周囲の目を気にして萎縮してしまうことだ。
つまり恥ずかしがって日和るせいで遠回しになってしまい、イマイチ攻めきれないのである。
最初は大丈夫なのかと不安だったが、会長曰く『むしろいじらしくて好感触』らしい。
今までの男子と明らかに違う接し方から、関係が壊れることを恐れるように見えて共感されているんだとか。
完全に見世物扱いだが、見せつけないと噂を失くせないので何とも悩ましい限りだ。
「学校だとこーたの態度も冷たいの、分かっててもヤなんですけど~」
「そう言われてもなぁ……学校じゃ星夏をどう思ってるか隠したり、気持ちに気付いていない振りをしないといけないだろ? 鈍感を装うのだってしんどいんだよ」
非難したげな眼差しを向けてくる星夏に、仕方が無いと肩を竦めながら釈明する。
星夏の気持ちはかなりの人数に知れ渡っているが、俺の気持ちが不鮮明でないといけないので必然的に冷たくなってしまう。
実はこれが男子達に反感を買う理由にもなってしまっている。
分かりやすい星夏の好意に対し、これといった反応を返していないのだから余計に腹が立つのだろう。
女子の中でも俺の態度に不満を持つ人が少なくないので、その不満たるや相当なはずだ。
しかし、あまり露骨が過ぎると俺の好意が明らかになってしまう。
だから星夏の言動に考える素振りをして、特に深く捉えていないように振る舞う必要があった。
当然、本来の気持ちを隠すので辛いに決まっている。
例えるならチーム制のクイズで答えが分かっているのに、チームメイトに答えを教えられないもどかしさというところか。
仕方が無いとはいえ、面倒なことこの上ない。
実際に星夏の気持ちに気付いていない振りをしていたり、やっと想いが通じた矢先に加えて、星夏の好意を素直に受け取れない煩わしさから募る不満が重みを増していた。
それでも振る舞っていたのは、これも会長からの指示の一つだからだ。
俺から動き続けると、小関のように星夏の身体目当てだと勘繰られるのを避けるためである。
付け加えると片方の気持ちが分からない方が、一生懸命に俺の気を引こうとする星夏の健気さを強調し、より周囲の好感を得られるというロジック効果も狙いに含まれているんだとか。
『言わば少女漫画のヒーローと言ったところね。積極的ではないけれど蔑ろにするでもない、ただのお人好しなのかヒロインに好意を持っているのか測りかねる絶妙な距離感、そこに腐れ縁という経歴を明かせば妄想が捗るってものよ!!』
というのが作戦立案者である会長が熱弁した根拠だ。
若干、いやかなり趣向が混じっている気がしないでもないが、現に狙い通り女子の好感を得ているので何とも言えない。
「それでも演じちゃうんだから、こーたは凄いと思うよ?」
「そういう星夏もだろ? お互い様としか言えねぇよ」
とはいえ星夏も星夏で、決して楽ではないことも承知している。
噂を失くすためとはいえ、普通なら秘めるはずの恋愛感情を公にしないといけないからだ。
隠すのも辛いが、周知されるのも気持ちが良いモノではないだろう。
何とも矛盾した話だが、恋をする上で避けられないジレンマなのは変わりない。
そんな訳で俺達は互いに正反対の行動を取らないといけないのだ。
だからこそ、こうやって二人きりの時は羽を休められるので気楽だった。
常に娯楽に飢えている人達にとって、他人の恋愛は格好のエンターテイメントだろう。
現実にはドラマのように場面の切り替えなんて無いのだから、目に見える形で繰り広げられる恋模様は面白おかしくて堪らないのかもしれない。
そんな暇潰しに付き合わされるのは癪だが、それでも必要なのだから耐えるしかないのだ。
尤も……互いの仲を見せつけることで割り込む余地が無いと知らしめられるなら、いくらでも見せつけてやる気持ちもある。
「実は両想いだって知ったらみんな驚くよね?」
「……かもな」
そう問い掛けながら、星夏は自身の手と俺の手を絡める。
指と指の間を通して握る、いわゆる恋人繋ぎという形だ。
それだけじゃ満足出来ないのか、星夏はここぞとばかりに甘えるように身体も寄せて来る。
まるで自分の匂いを擦り付けようとする猫みたいだ。
「こーたの匂い、好きぃ~」
「ホント飽きないよなぁ」
「うん。とっても落ち着く」
「だからって人の服をあんな風に使われるのはどうかと思うけどな」
「うっ……」
俺の言葉に星夏が息を詰まらせる。
というのも眞矢宮の件で俺が居ない間、星夏は人の服をオカズに自慰に耽ることで、寂しさを紛らわせていたことが発覚したのだ。
判明した切っ掛けは二人で花火を終えた後で俺がシャワーを浴びようとしたら、脱衣所のカゴに俺の服が山のように積まれていたためである。
どういうことなのか尋ねた瞬間、星夏が羞恥心から悲鳴を上げたのは言うまでも無い。
それはもう顔を真っ赤にして、慌てふためきながら謝罪する程だ。
驚きこそしたが、別に俺が怒ることはない。
事情はあれど寂しがらせたのは間違いないし、互いの着けるべきけじめが終わるまでセックスはしないようになったのだから、一人で発散する分には文句を言うつもりはなかった。
ただ、星夏でも人の服の匂いを嗅いだりするんだと、ちょっと困惑してしまっただけだ。
「だからアレは違うって言ってるでしょ! アタシはそんな変態じゃないもん!」
と、顔を真っ赤にした本人から必死に弁明されるが、どうにも説得力がなかった。
「いやだから引いたりしてないって……」
「そもそも匂いが好きってことは、遺伝子レベルで相手のことが好きとか言われてるんだから、むしろいいことでしょ!?」
「嗅がれる方の身にもなってくれよ……」
「じゃあこーたもアタシのパンツを嗅いでみる?」
「するか! そこまで飢えてねぇよ!」
しかもなんで下着限定なんだ。
恥ずかしさが振り切って妙なことを口走る星夏を制止しつつ、やがて学校が近付いて来た俺達は惜しみながらも互いの手と身体を離した。
これで誰かに見られても、登校中に一緒になっただけだとはぐらかすことが出来る。
聴かれても問題ない適当な会話を交えながら、上靴を取り出そうと下駄箱を開けた時だった。
「ん? なんだこれ?」
下駄箱の中に見慣れない封筒が入っていたのだ。
表と裏を見ても俺への宛名があるだけで、差出人の名前は書かれていない。
開けて取り出してみれば、それは一通の手紙だった。
ストーカーからの手紙か男子からの果たし状なのかと疑ったが、目を通した内容とは結び付かない。
「ぇ……こーた、それ……なに?」
程なくして横から覗き込んで来た星夏が、やけに愕然とした様子で俺に問い掛けた。
さっきまで明るかった表情が、今にも崩れ落ちそうなくらいに青ざめている。
それくらい、この手紙に書かれている内容は衝撃的だったのだろう。
何せ……。
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荷科康太郎君へ。
大切な話があります。
今日の放課後、体育館の裏に来て下さい。
待っています
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誰がどう見たって、告白をするためのラブレターだったのだから。
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