#108 脱ビッチなう!


 夏休みが明けてから一ヶ月が経とうとしていた頃、星夏に纏わり付く噂の解消に動き続けた結果、俺達を取り巻く環境は瞬く間に変わっていた。


 まずは会長の指示通りに星夏とは腐れ縁だと判明したことで、彼女が今まで断り文句にしていた『気になる人』が俺だと知れ渡ったことだ。

 何も間違っていないんだが、こうも公になるとどうにも拭い切れない羞恥心を覚えてしまう。

 何せ女子からは好奇の視線が、男子からは嫉妬と羨望の視線が向けられるようになったのが原因だからだ。


 女子の方は会長の読み通り、星夏が更生する切っ掛けが俺だと思い込んでいるらしい。

 しつこく絡むナンパから助けたとか、俺が風邪を引いた時に学校を休んで看病したとか、軽く誘惑しても断った身持ちの堅さに惹かれたとか、まるっきり嘘とは言えないエピソードの数々で後押しされていた。


 会長曰く、嘘の中に真実を交えることが信憑性を持たせるんだとか。

 そう言い切られた瞬間、脳裏に詐欺師という肩書きが過ったのは胸の内に留めておいた。


 一方で男子は俺が星夏と仲が良いことを妬んだり羨んだりするヤツが多い。

 理由は至って単純……今まで周りに見せていなかった素の星夏が可愛いと言われているからだ。

 しおらしくなりながらも、積極的にアプローチする姿が注目されているらしい。


 そんな彼女を見て沸いて来たのが、ビッチなんか相手にしないと宣っていた男子達だ。

 今まで星夏をビッチだとか蔑んでおいて、いざ特定の異性と親密になると知って焦ったのか告白するようになった。

 が、星夏からすれば相手にする価値もないので結果は言わずもがな。

 それでも諦めきれないヤツが、彼女に好かれている俺を妬むという循環が出来上がっていた。


 どう考えても逆恨みなので迷惑でしかないのだが、手を出して来ないだけまだマシな方だ。

 作戦を行う上で特に厄介なのが……。


「星夏。俺達……やり直さないか?」


 過去に星夏と付き合っていた元カレ達だろう。

 彼女を捨てた、或いは捨てられた奴らが、今になってよりを戻そうと声を掛けることが増えた。


 放課後になって程なくウチのクラスにやって来て、人目も憚らずに星夏へ復縁を持ち掛けたコイツもその一人だ。

 確か……ちょうど一年前に付き合っていた同学年の小関こぜきだったか。

 バスケ部に入っていたが星夏と付き合ってからサボりがちになった挙げ句、試合に負けたのを何故か彼女のせいにして別れたはずだ。


 大方、評判が徐々に回復している星夏の噂を聞き付けたのだろう。

 だったら俺に迫っていることも知っているはずだが、そんなことはどうでもいいらしい。


「無理。もう、そーゆーの止めたから」


 当然というべきか、そんな男子達に対する星夏の応対も酷く冷たい。

 ここまで見事に袖にされていたら、大抵は俺が出るまでもなく大人しく引き下がってくれていた。

 こうやってよりを戻そうとして来るのは小関で四人目だが、教室にまで乗り込んできたのはコイツが初めてだ。


「あの時のことは本気で悪かったって思ってる。俺、星夏と別れてからめちゃくちゃ後悔してて、だから──」

「だから自分勝手な未練に付き合えって? それ、アタシの都合とか全然考えてないじゃん」


 そして素気なく返されたにも関わらず、小関はしぶとく食い付いて来た。

 対する星夏は煩わしさを隠しもせず、バッサリと相手の言い分を切り捨てる。


「こ、これからちゃんと考えるようにする!」

「だったら話はおしまいで良いよね? じゃ」

「っ、おい待てよ!」

「い……っ!」


 もう微塵も興味が無いと言わんばかりの物言いに、小関は顔を真っ赤に逆上して星夏の腕を乱暴に掴んだ。


 ──あぁこれはライン越えだな。


 スゥッと心が冷える感覚を懐きながら席を立って二人の元へ近付き、横合いから小関の腕を捻り上げる。

 話し合いで済むならそれに越したことはないが、向こうが一線を越えたのなら俺としても遠慮するつもりはない。


 だから手加減はナシだ。


「ぎ……っ!?」


 唐突な痛みに驚いて、小関は掴んでいた星夏の腕を放す。


「こーた!」

「おう。危ないから離れてろ」

「うん、ありがと」


 解放された星夏に注意を促し、彼女が距離を置いたのを確かめてから小関の腕を放した。

 ここでようやく小関が俺の横やりに気付くと、敵意を露わに睨み付けられる。


「な、なんだよお前? 今は大事な話の途中なんだから邪魔すんなよ!」

「どう見ても一方通行だったろうが。フラれたなら潔く諦めろっての」

「ッチ、うっぜぇ……。腐れ縁だからって、星夏を誑かしていい気になってんじゃねぇぞ」


 誑かす、か……コイツの中では星夏と付き合っていた自分の方が優位だと思っているみたいだ。

 俺を見下しているのが何よりの証拠だろう。

 このタイミングで実は星夏と両想いだと明かしたら、きっと目を丸くして呆けるに違いない。

 尤も……そんな真似をすれば作戦を台無しにしかねないので、言うつもりは微塵もないが。

 第一放課後になったばかりの教室で騒いだのだから、クラスメイト達の注目が痛いくらいに集まっている。

 俺が割って入ったことで、小さくざわめいたくらいだ。

 カミングアウトしたら、それこそ大騒ぎに発展するかもしれない。 


 物見遊山にされるのは気に食わないが、ここでキチンと対応すれば後々の牽制にもなる。

 まぁ作戦の有無に関わらず、星夏の身に降りかかる火の粉を払うためなら前に出るくらい構わないんだがな。


 ともあれ、まずは目の前のコイツを何とかするか。


「誑かすも何も、普通に接してるだけだろ」

「スカしてんじゃねぇよ。どうせお前も星夏の身体目当てなんだろ!」

「はぁ~……」 


 怒鳴る小関の言葉に、俺は呆れを隠せず息をついてしまう。


 今『も』って言ったよなぁ……自分も星夏の身体目当てだって語るに落ちてんじゃねぇか。

 ギャラリーの女子達も同様に悟ったのか、小関には軽蔑の眼差しが向けられる。

 何人か混じっている男子は、居心地が悪そうに視線が右往左往していた。

 星夏に至っては汚物を見るような嫌悪感が隠せていない。 


「で?」

「あ?」

「仮に俺が星夏の身体目当てだったとして、フラれた元カレでしかないお前になんの関係があるんだ?」

「は……?」


 俺が投げ掛けた問いに、小関はポカンと虚を突かれたように呆ける。

 周囲も同じく茫然としているが、何もおかしなことを言ったつもりはない。


「俺が星夏とどう関わろうが俺の勝手だし、星夏が誰と付き合おうがそれこそ星夏の自由だ。それを元カレだからって束縛するのは傲慢だろ」

「っ、ただの腐れ縁がうぜぇんだよ!」


 話では埒があかないと踏んだのか、小関が怒りに任せて殴り掛かってきた。

 その行動を目の当たりにしたクラスメイト達は、悲鳴を上げたり目を伏せたり各々の反応を見せる。


 だが俺からすると小関の動きは隙だらけで、まるで脅威に感じなかった。


 突き出された拳を受け流し、躱されたことを悟って振り返った小関の眼前に右手を突き出す。

 ただし、当てずに寸止めに留めた。

 俺がその気になれば殴ることも出来たと周囲に知らしめることで、同じように復縁を迫る元カレ達を牽制する意味合いがある。


 まぁ星夏や周りの目がある中で、人をボコボコにするのは気が引けたのが大きい。

 ヘタをすれば中学時代に逆戻りになってしまう。

 そうなったら作戦も何もあったものじゃないからこそ、こうやって互いに無傷で完封する方が一番穏便に済むんだ。


「ひぃっ!?」


 そうして鼻先にまで迫った拳に恐れ戦いて、小関は情けない悲鳴を上げながら腰を抜かす。

 突発的に始まったケンカは、十秒にも満たない早さで勝敗が着いた。

 仕掛けた小関が呆気なく負けたからか、俺がいとも容易く勝ったからか、クラスメイト達は茫然と立ち尽くすだけだ。


 唯一星夏だけは嬉しそうに笑っていた。

 大方、守って貰えたとかで喜んでいるんだろう。

 そもそもの発端を考えればマッチポンプ染みているが、別れたにも関わらず迫って来る方が悪いのは違いない。


「勝負ありだ。また星夏に近付くようなら容赦はしないからな」

「う、うわぁっ、わああああっ!!」


 勝ちを宣言してから軽めに脅すと、小関は四つん這いのまま走り去っていった。

 そんな相手に周囲は目も暮れず、女子はどこか羨望を帯びた眼差しを浮かべていて、男子は恐れるよう顔を青ざめさせている。


 これ以上留まっていると、面倒事になりそうだ。

 そう判断した俺は……。


「ほら、行くぞ」

「あ……」


 星夏の手を引いて教室を出て行った。

 程なくして何やら黄色い声が聞こえた気がしたが、今は無視だ無視。


 決して穏やかではないものの、星夏の噂が収まっていけばこんなことも無くなるだろう。

 少なくとも、この時の俺は半ば楽観的にそう考えていた。


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いつも読んで下さってありがとうございます!

最終章スタートということで、近況ノートに本作の表紙イラストを公開しています。

是非ともご覧になって下さい!

https://kakuyomu.jp/users/aono0811/news/16816927859665957563

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