#105 ちょっとだけ特別な友達

 気付けば夏休みも一週間に満たない内に終わりを迎える頃になっていた。

 旅行先での出来事や、眞矢宮のストーカーなどで忙しなかったからだろう。


 何より星夏と気持ちを通わせてから、何気ない生活でも彩りが増えたのもある。

 禁欲中にも関わらず以前より甘える彼女に悶々とさせられることはあるものの、俺も好意を隠さなくて良いので気楽にはなった。


 まぁ片付けていなかった課題を手伝ったり、諸事情で俺の服を大量に洗うハメになったりしたんだが……後者の話は星夏の名誉のために一旦置いておこう。


 ちなみに雨羽会長に対する報復は既に済ませてある。

 結果的に眞矢宮とけじめを着けられたとはいえ、やり方がやり方なのでその溜飲を下げておきたかった。

 方法は至って単純……彼氏である尚也に事情を説明してから、遠慮せず攻めろとゴーサインを出しただけだ。

 それに対して向こうは即快諾し、三日くらい経って会長から謝罪の連絡が来たのだった。


 電話越しに聞こえた声は酷く震えており、頻りにごめんなさいと連呼する様子に困惑させられたが。

 尚也がどんな攻め方をしたのかは分からないが、少なくとも会長がカリスマもへったくれもない様にされたのは確かだろう。


 そして眞矢宮だが……。


「おはようございます、荷科君。しばらくお休みしてすみませんでした」

「……いや、そんなに忙しくなかったから大丈夫だぞ」

「それなら良かったです。では一緒に在庫の確認に入ってくれますか?」

「あ、あぁ……」


 あれからバイトを休んでいたため久しぶりに顔を合わせた彼女は、何事も無かったように振る舞っていた。

 気まずいだろうと身構えていただけに、あまりに普段通りな様子に拍子抜けしてしまう。


 何せ、真犂さんに事のあらましを簡潔に伝えたところ、やれ『勿体ない』だの『据え膳食わぬは男の恥』だの、色々と愚痴を零され続けていたから罪悪感が募り続けていたからだ。

 フッたことはともかく、セックスを求められたことを知ってるのは非常に気になる。

 まぁ眞矢宮の嘘に乗っかっていたんだし、彼女から事情を聞いていたんだろうけど。


 それにしたってもっとこう……髪を切ってるだけとか予想していたんだが、眞矢宮の黒髪は変わらず長いままだ。

 まるで気にしているのが自分だけな気がして、そんな女々しさに呆れを隠せずため息をつく。


「もしかしてお疲れですか?」

「え? いや、そうじゃなくて──」

「それとも私の態度が気になります?」

「っ!」


 何気なく発せられた指摘に、繕う間もなく肩を揺らして動揺してしまう。

 そんなあからさまな態度を察しの良い眞矢宮が見逃すはずがなく、クスクスと笑われてしまった。


 あ~顔に熱が集まってるのが分かるわ……真っ赤になってるんだろうなぁ……。


「ふふっ。荷科君がそこまで気にしているなら、まだ攻めても良いかもしれませんね?」

「勘弁してくれ。三回目になると罪悪感でバイトを辞めそうになる」

「それはいけませんね。あ、もちろんさっきのは冗談ですから」

「……笑えないブラックジョークだな、オイ」


 フラれた側だとは思えないくらい、眞矢宮の態度は平然としている。

 逆にフッた側の俺を弄れる余裕すらあるようだ。

 しばらくバイトを休んでいた間に、彼女の中で折り合いは着けられたと見て良いのだろうか?


「その……俺が聞くのもなんだけど、大丈夫か?」

「……本音を言えば、こうしている今でも荷科君を意識しています。理由は言わなくても分かりますよね?」

「……あぁ」


 だがそんな甘い考えはすぐに消え失せる。

 あの日に言った通り、眞矢宮の中で俺に対する初恋は消えていなかった。


 むしろ簡単に捨てられるくらいなら、彼女は自らを抱いて欲しいなんて言わなかっただろう。


「色々と考えましたけれど、バイトを辞める選択肢は全くありませんでした」

「どうしてだ?」

「だって私、ここで働くのが好きなんです。それに荷科君とは恋心を抜きにしても仲良くありたいと思っていますから」

「──ハハっ、眞矢宮は本当にすげぇよな」


 微笑みながらそう告げた眞矢宮の強さに、堪らず笑みを零しながら称賛を口にする。


「凄いだなんてそんな。もし本当にそうだったら嘘を付いたりしませんよ」

「それだけ本気だったってことだろ? 俺も特に怒ってないし、騙されたことに関しては気にしてないって」

「……星夏さんも似たようなことを言っていました。いっそ呆れるくらいにお似合いですね」


 俺の言葉を聞いた眞矢宮は、そんな風に言って苦笑した。

 どうやらバイトに来ていない間に星夏と会って、ストーカーの件について改めて話していたようだ。


 あっちから何も言わなかったのは、せっかくけじめを着けたのに掘り返すのを躊躇ったからだろう。

 色んな人に気を遣わせてしまっていて、我ながら不甲斐なさに恥じるばかりだ。


「私を振ってでも星夏さんを選んだんですから、ちゃんと彼女を幸せにしてあげて下さいね? お二人のとして、いつでも力になりますよ」

「言われなくてもそのつもりだ。……ありがとうな」

「ふふ、どういたしまして」


 礼を交わしてから、改めて在庫確認の作業に戻った。

 その間の会話は業務関連のモノだったが、さっきみたいな気まずさは消えている。


 しかし友達か……ただのバイト先の同僚だった頃から進展したにしては、随分と小さな一歩だ。

 だが告白を経た結果、同僚ですらなくなるよりはずっと良いのかもしれない。

 もし相手が眞矢宮でなかったら、振った時点で疎遠になるのは容易に想像出来る。


「……ホント、俺は恵まれてるな」


 改めて自覚した幸福を噛み締めるように、ぽつりと零した。

 星夏を不幸にするつもりは毛頭無いが、眞矢宮の願いに応えることこそがせめてもの誠意だろう。


 そして内心で願った。

 彼女に確かな幸せが訪れた時、心から笑って祝福を贈れるような特別な友人になれるようにと……。

 

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