#106 新学期からのリスタート

【星夏視点】


 長いようであっという間だった夏休みが明けて、今日が二学期が始まる。

 今年の夏は目まぐるしく過ぎていって、その間には色んなことがあった。


 こーたとのこと、お父さんだった人と一方的に再会したこと、海涼ちゃんのストーカーが実は捕まっていたこと……。

 思い返すと一度あるだけでも十分な出来事が、よくもまぁ一ヶ月の間に起きたモノだと妙な感慨深さを覚える。


 お父さんだった人のことは、もう考えたくないから無視無視。


 まずは海涼ちゃんのことだ。

 こーたが帰って来てから数日後、彼女からストーカーの件について説明をしたいって呼び出された。

 改まってなんだろうかと思いながら話を聞くと、ストーカーはもっと前に捕まっていたんだと聴かされたのだ。


 つまり海涼ちゃんはこーたに嘘を付いていたことになる。

 一通り話し終えた海涼ちゃんは、どこか怯えた様子で謝罪の言葉で締め括った。


 怖がっているのは多分、アタシとこーたが恋人に近い関係になっているのを知っているからだと思う。

 こーたが話したのか、海涼ちゃん自身が察していたのかは分からない。

 少なくとも、普通に考えればアタシは彼女を咎める立場なのは間違いないはず。


 頭では怒るべきなんだと理解している。

 けれども心には全く怒りが湧いて来なかった。


 むしろ……海涼ちゃんの気持ちを理解したからこそ、アタシは怒れなかったんだ。


 だって彼女はただ、好きな人と過ごせる時間を手放したくなかっただけだもん。

 アタシが同じ立ち位置だったとしても、こーたとちょっとでも長く一緒に居られるなら、同じように嘘を付いていたと思う。

 結果論とはいえこーたは怪我もせずに帰って来たし、変わらずアタシを好きなままで居てくれたから気に障ってもいない。


 そんな心情から海涼ちゃんには、嘘を付かれたことを怒るつもりはないと伝えた。

 むしろ彼女は失恋したばかりなんだから、追い討ちみたいなことはしたくなかったしね。


 アタシの言葉を受けた海涼ちゃんは、安堵した面持ちを浮かべてこーたとの仲を応援してくれた。

 その時の彼女の表情はなんだか大人っぽく見えた気がして、容姿の良さも相まって魅力的に思えちゃったり。


 ともあれ夏休みが過ぎて二学期が訪れた今日、いよいよ噂を失くしていくために動くことになる。

 こーたは気にしないって言ってくれたけど、自業自得で立った噂で好きな人を貶されるのは見たくない。

 とはいえ噂は学校全体に広まっているから、アタシ一人で失くすのは簡単じゃないはず。

 そのためにどう行動すれば良いのか、肝心の作戦は雨羽会長が考えてくれた。


 旅行を通してアタシの人柄と気持ちを知ったことで、学校中に広まっている噂を失くしたいと思ってくれたらしい。

 ありがたいけれど、生徒会長が一個人を贔屓して大丈夫なのかって聴いてみたら……。


『その一個人が困るような噂が蔓延っている状況を見過ごす方が問題よ。それに友達を助けるのは当たり前でしょう?』


 ……って、反論の余地がない答えが返って来た。


 会長だけじゃない、こーたも手伝ってくれる。

 そんな気持ちを支えにアタシは、久しぶりになる学校へと向かう。


 こーたと一緒じゃないのは寂しいけど、先に登校してもらう必要があったから我慢しないと。


 学校へ近付く程に同じ制服を着た人達とすれ違っていく。

 その度に色情、欲情、軽蔑……様々な感情が綯い交ぜになった視線を向けられる。

 気にならないって言うと嘘になるけど、万人に好かれたいワケでもないから気にしない。


 下駄箱を開けて見ると、そこには一枚の手紙が入っていた。

 十中八九で告白だと思う。

 でも今はこーた以外の男子と関係を持つ気はサラサラないから無視だ。

 直接呼び出すならまだ顔を合わせるくらいの義理はある……どのみち断ることに変わりはないけど。


 靴を履き替えて教室に着くと、クラスの何人かが横目でアタシを見てから視線を外した。


 夏休みを経たくらいで、アタシに対する認識が変わるなら噂なんて立たない。

 でもきっと、これからすることを見れば否応なしに注目されるんだろうなぁ。


 息が詰まりそうな緊張感を懐きながら、教室の窓側にいるこーたへ目を向ける。

 先に着いていたこーたは、友達の吉田君と枦崎君の二人と話し込んでいた。


 会話の邪魔をするのは忍びないけど、目的のためには遠慮なんてしていられない。

 だから三人のところへと歩みを進める。


「──お、おはよっ、こーた!」

「!」


 向こうが気付くより先に声を掛ける。

 けれど緊張のあまり、思ってたより大きな声が出ちゃった。


 そのせいでこーた達をビックリさせちゃったし、なんなら他のクラスメイト達の視線も集めてしまう。


「え? 今、咲里之が荷科に声掛けなかった?」

「マジ? 二人って繋がりあったん?」

「今度の彼氏が荷科なんじゃない? ホント見境無いよね~」


 一瞬だけ静寂が訪れた教室がにわかにざわめき出す。


 あぁどうしよう、本当はさり気なく挨拶をすれば良かったのに変に目立っちゃった。 

 だって外とか家とか二人きりの時なら気にならないのに、教室で話し掛けようとすると緊張しちゃんだもん!


 内心で言い訳を浮かべるけれど、声を掛けてしまった以上は後戻りは出来ない。

 何故なら、会長が指示した作戦はもう始まっているんだから。


 初めにやることが、アタシとこーたの間に接点があると匂わせることだ。

 まぁ初っぱなからミスして、匂わせるどころじゃなくなったんだけど!


 反省は後にするとして、今は夏休みの課題の話に繋げないと……。


「えっとね、その……あの……」


 なのに、上手く言葉が紡げない。

 注目を集めてしまったことで緊張が極まって、頭の中が真っ白になっちゃった。


 あれ……アタシ、なんて言おうとしたんだっけ?


 停止し掛ける思考を懸命に働かせて思い出そうとするけれど、周囲の目に晒された焦りで全く出てこない。


「な……の、ぁ、し……」

「……」


 何とか話を切り出したいのに、強張った喉から絞り出した声は自分でも聞こえないくらいに小さく掠れていた。

 当然、目の前のこーたに届くはずがない。


 その瞬間、ダメだって諦観が頭を過った。


 これから文化祭や修学旅行もあるのに、こーたと恋人として過ごせないのがイヤだから噂を消したいのに。

 せっかく会長が考えてくれた作戦も、肝心のアタシが失敗しちゃったら意味が無い。

 そんな不甲斐なさから、顔を俯かせて泣きそうになっていると……。


「星夏。ゆっくりで良いぞ。話があるならちゃんと聴くから……な?」

「……ぁ」


 いつの間にか立ち上がってたこーたが、片手でアタシの顔を持ち上げながらそう促した。

 よく怖がられる鋭い目付きだけど、その瞳はとても優しげで温かい。

 そうやって意識をこーただけに向けられると、さっきまで刺さりまくっていた周りの視線が全く気にならなくなった。


「──な、夏休みの課題、わかんないとこ教えてくれてありがと……」


 そのおかげで、決して大きい声じゃないけど確かな話題を投げ掛けられた。

 間近でそれを聴いたこーたは、小さく微笑んだ。


「あれくらいお安い御用だ。夏休みが明けたばっかで補習とかイヤだしな」

「ふふっ、そーだね。こーたが勉強出来るヤツで良かった」

「出来るに越したことはないからなぁ。っま、自分である程度片付けてただけ、全く手を付けてなかった智則より上出来だよ」

「あっはは、それならちょっとだけ自信が出たかも」


 あまりに普段通りなこーたの話しぶりに、段々と緊張が解れていくのが分かった。

 どもり気味だった会話も、スムーズになっていって話しやすくなって、自然と笑みが浮かんで来る。 


「お~い? さり気なくディスるのやめてもらっていいすか?」

「まぁまぁそれより康太郎。咲里之さんと仲が良いみたいだね?」


 ダシに使われたことに不満を口にする吉田君と、それを差し置きながらアタシ達の関係を問う枦崎君が割り込んで来た。

 吉田君はともかく、橋崎君は雨羽会長の彼氏だから作戦に加担している。


 けれども旅行で一緒だったのに、どうして知らない振りなんてしてるんだろう?

 なんて疑問が浮かんだのは一瞬だけ。

 なるほど、噂があるアタシに表立って聞けない分、こーたに事情を聴きに行くことは明らかだから、予め尋ねておくことで質問攻めを避けるためか。


 流石は会長の彼氏……そんな感心が沸き立つ。


「おいおい何言ってんだよ尚也? 咲里之は荷科とは小学校からの腐れ縁だって言ってただろ?」


 そして橋崎君の問いの答えを吉田君が口にした。

 唯一作戦を知らされていないのに、ものの見事な回答を口にさせるだなんて、計算し尽くされていていっそ恐ろしいまである。


「あ~そうだったね。確か夏休み前から学校の外で話すようになったんだっけ」

「まぁ、そんなとこだ」

「う、うん……」


 そんな心情を余所に、橋崎君が納得した素振りを見せながら補足した。

 実際は小学校からずっと続いてるんだけど、訂正しないままこーたが同意したのに乗っかってアタシも頷く。


 そうして話が一段落したところで、アタシは次のステップを進めることにした。


「あ、あのねこーた!」

「ん? どーした?」

「その……これ、課題を手伝って貰ったお礼なんだけど……受け取ってくれる?」


 呼び掛けながらカバンから取り出したのは、今朝作ったばかりのお弁当だ。

 正直、周りに見られている中で渡すのはめちゃくちゃ恥ずかしい。

 でもこれも必要なことだから耐えないといけないんだよねぇ。


 自分の心臓がドキドキし過ぎて、クラスメイト達の反応にまで気が回らない。


「……別にそこまでしなくてもいいんだが?」

「それくらいのことなの! ハズいから早く受け取って!」

「お、おぉ……」


 心なしか顔が赤いこーたがお弁当を受け取ったと同時に、ホームルーム前の予鈴が鳴った。 

「そ、それじゃ放課後に感想聴かせてね!」


 それに合わせてアタシは弾かれるようにして、自分の席へと向かう。

 こーたの反応が気になるけれど、もう顔を向ける余裕も無いくらいに力尽きちゃった。

 これから始業式なのに、一日の体力を使い果たした気分だ。 


 色々とアドリブ気味になっちゃったけど、一応は当初の狙いであるアタシとこーたの関係性を匂わせることが出来たと思う。

 この先も会長が計画を立ててくれているものの、噂を失くしていけるかどうかはアタシの頑張り次第だ。


 独りだったらとっくに折れていたことも、会長や海涼ちゃん……こーたが居てくれるなら乗り越えられるはず。

 噂を失くしてこーたと付き合うために、こんなところで立ち止まっていられないと内心で鼓舞する。


 あぁでも……ホームルームが始まるまでは、ちょっと休んでおこう。


 教室中に訝しむ囁きが木霊する中で、アタシは小さく息を吐くのだった……。



 





=========


 セフ甘第四章完結です!

 続く章は、なんと最終章です!

 最後というだけあって想定している話数、文字数共に多めとなっております。


 早速更新……といきたいのですが、相変わらずストックがございません(´Д`|||)

 書き溜めをしたいところですが、カクコン中にそれは悪手なんで結局今のペースで上げていくことになりそうです。

 (ランキングが下の方なんで、気にするだけ無駄かもしれませんが←)


 とりあえず頑張っていくしかありません!

 最後までよろしくお願い致します!


 今年はセフ甘をたくさんの方に読んで頂けて、自作の中でも一番の伸びが出ました!

 来年中の完結を目指して、最後まで書き切る所存です。

 

 それでは挨拶はこの辺で。


 ではでは~。

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