#101 懸崖撒手の願い
家に入った俺は帰り支度をするために持って来ていた荷物をまとめていた。
夏休みの半分に当たる二週間近くも泊まっていたが、ストーカーが居ないと解った以上泊まる必要はなくなるのは当然だ。
帰れば家で待っている星夏に会える……その時を望んでいたはずなのに、今の心境では手放しに喜べそうにない。
眞矢宮は俺と一緒にいる時間を少しでも多くしようと、ストーカーが捕まっていたことを隠していた。
悪い言い方をすれば俺を騙していた形になる。
本来なら怒る立場なのにそんな気持ちがまるで沸いてこないのは、実害を被らなかった以上に彼女が嘘を付いた理由に共感してしまったからだ。
そこまで大きな想いを、自分の手で絶った。
あぁ本当にしんどい。
胸が張り裂けそうで、少しでも気を緩めば今にも涙が出そうだ。
自分を好きになってくれた人の想いに応えられないことが、こんなにも辛いだなんて想像もしていなかった。
初めて告白された時も辛かったが、あの時とは比べものにならないくらい痛みが増している。
きっと告白されてから彼女のことをしっかり見て、決して少なくない時間を共有したからだろう。
諦めないと言っていた初恋に、完全なトドメを刺したのも大きいかもしれない。
──告白というのは爆弾そのものである。
誰かがそんな風に例えていたが、確かにそう捉えられる程に強烈だ。
善し悪し問わず、それまで築いた人間関係をたったの一言で吹き飛ばしてしまえるのだから。
恋愛という友情より大きく踏み込む以上、どうしたって以前の関係では居られなくなってしまう。
俺がこの前まで星夏に告白出来なかったのも、関係の破綻を恐れて臆してしまっていたからだ。
それでも想いを伝えるのは相手のことが好きで仕方がないから。
自分だけの特別になって欲しい、自分だけが特別であろうとするために。
もちろん全部が全部そんな真剣だとは思っていない。
噂を知って星夏に告白して来た野郎共のように、ただ我欲を満たすための手段に使うヤツだっている。
だからこそ眞矢宮の告白は本気だと伝わって、その想いに応えられない苦しさを感じているのだ。
これから彼女との関係はどうなるのだろうか?
俺と顔を合わせる度に辛い思いをするのは間違いない。
そうならないためにバイトを辞めることもありえる。
真犂さんには色々と言われるだろうがそうされるだけのことをした以上、甘んじて受け入れるしかない。
荷物をまとめる手が止まったまま、絶え間なく浮かぶ思考を働かせていると……。
──コン、コン。
『荷科君。入っても大丈夫ですか?』
「え……?」
控えめな、けれども部屋の中にいる人物に聴かせるくらいのノックと共に声が響いた。
思考に耽っていたのも相まって驚きから茫然としてしまう。
何せ今この家に居るのは俺を除くと家主の娘である眞矢宮しかいない。
さっき告白を断られた彼女が、まだ三十分も経っていない内に関わりに来たことに妙な胸騒ぎを感じた。
何を考えているのか解らないが、一人で推測したところで何の意味も無い。
釈然としない気持ちを抱えながら眞矢宮を入れるためにドアを開けると、勢いよく押し開けた彼女が胸元に飛び込んで来た。
「ちょ、うわっ!?」
唐突なことで踏ん張り切れずに尻餅をついてしまう。
そのせいで眞矢宮が俺の太ももに乗りかかるような姿勢になっていた。
俺がクッション代わりになったから彼女に怪我は無いだろうが、どうしてこんな真似をしたんだ?
「眞矢宮、だいじょ──っ!!?」
声を掛けようとして目を向けた瞬間、あまりに予想外な光景を目の当たりにして絶句してしまった。
何故なら眞矢宮は──下着姿だったのだ。
密着しているため背中側しか見えないが、それでもシミ一つない白い肌や細い身体ながらも柔らかそうな尻を包む白色のパンツまでが露わになっていた。
思ってもみなかった姿に動揺し過ぎて、瞬きすら出来なくなってしまう。
「……いきなりこんなことをしてすみません、荷科君」
「いや、別に──っ!?」
謝りながら上半身を少しだけ離す眞矢宮だったが、その胸元には布地が一切見当たらなかった。
端的に表せばノーブラ……それはつまり、彼女のなだらかで微かな曲線を描いている胸と桜色の突起が丸見えになっていることを意味している。
パンツを穿いていたからブラも着けているんだと思い込んでいた分、不意打ちで受けた衝撃はまさに金槌で殴られた気分だった。
僅か数秒ながらも脳裏に焼き付いてから思考が働き、慌てて視線を逸らそうとするが……。
「目を……逸らさないで下さい」
「ぶっ!?」
それを許すまいという風に、眞矢宮が俺の頭を抱き寄せた。
当然、彼女の胸にくっつく形になるため、顔から柔らかな感触が伝わる。
加えて鼻を擽る甘い香りによって、否応にも性欲を刺激されてしまう。
「荷科君は星夏さんと気持ちを通わせたって言っていましたよね?」
「え? あ、あぁ……」
困惑で上手く思考が働かない中、眞矢宮からの問いが投げ掛けられる。
矢継ぎ早に進む話に混乱したまま素直に答えると、頭を包む腕を放して自分と目を合わさせた。
流石にパンツだけの姿で密着するのは恥ずかしかったのか、彼女の顔は風邪を疑う程に真っ赤だ。
だが桃色の瞳に迷いは一切見当たらず、不思議と目を逸らす気にはなれなかった。
「でも、星夏さんとは付き合っていないんですよね? 仮に交際しているのであれば、荷科君ならキチンと言うはずですから」
「そ、そうだけど……」
「! ……なら、良かったです」
相変わらずの察しの良さに、誤魔化すことなく正直に頷く。
すると眞矢宮は一瞬だけ嬉しそうに安堵したかと思うと、すぐに意を決したように俺を見据えながら告げる。
「お願いです荷科君。たった一度だけで良いから……。
──私を抱いて下さい」
「……!」
自らの身体を差し出す願いを。
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