#102 イドとエゴの狭間

 事此処に及んで俺は、眞矢宮の想いを見誤っていたことを痛感させられた。

 すっかり終わった気になっていたが、彼女はあれで終わらせるつもりはなかったのだ。


 今この時が正真正銘、最後の告白と言っても良いだろう。


 先の確認は俺と星夏が恋人でないのなら、自分がセックスを誘っても不貞行為にならないようにするためだったんだ。


 だとしてもここまでするのは勇気を出すだなんて生温いモノでは無い。

 蛮勇……いや自暴自棄とも言える。


 しかし今も俺を見つめる彼女の目に、そんな暴走をしているようには見えない。

 これは紛れもない、眞矢宮自身の意志での行動なのだ。


「……本気、なのか?」

「本気ですよ」


 それが解っていても正気を疑わずにいられなかった。

 疑問を予測していたのか、すかさず眞矢宮は表情を変えることなく返す。


「付き合っているとか関係なく、好きな人とそういうことをしたいと思うのは当たり前じゃないですか」

「それは……」


 返された言葉に反論が出来なかった。

 順序こそ違ったが、俺も星夏とセックス出来る関係に甘んじていた時期があったからだ。

 誰もが懐いて当然の感情を否定すると、自分の気持ちを否定するようで何も言えなくなってしまう。


「何もセフレにして欲しいわけじゃないんです。たった一度の初恋だから、たった一度しか渡せない私の初めてを、荷科君に奪って欲しいだけで……それ以上は絶対に求めません」


 そう言って間もなく、眞矢宮が両肩に掴まりながら腰を前後に動かし始めた。

 俺の大腿の上に乗っている彼女がそんな動きをすれば、必然的に自らの秘部を擦ることになる。

 さながらメスからオスへの求愛行動……完全に俺を誘惑する気だった。


「嘘を付いていたように、私は荷科君が思っているような『良い子』じゃないんですよ?」


 窮鼠きゅうそ猫を噛むようなアプローチをしながら、眞矢宮が耳元でそう囁く。

 思考を甘く溶かすような声音に、堪らず身体を揺らしてしまう。


「好きな人のことを想うといつも身体が疼いて仕方がなくて、近くにいるとエッチな妄想ばかりしちゃうんです。我慢が出来なくなると一人で慰めたりして……荷科君と同じベッドで寝た時だなんてバレて襲って貰えないかドキドキして、いっそ寝込みを襲うかなんて何度考えたかキリがありませんでした」


 他のことに意識を向かせないためか、囁かれる言葉は驚き以上に情欲を煽って来る。

 以前に目撃した自慰の現場は、バレても良い打算があったというのだからなおのことだ。

 普段の眞矢宮からは想像も出来なかった淫靡なギャップに、さっきから鼓動がうるさいくらいに鳴っていた。

 鼓膜を通して脳を揺らされて、理性はドンドン削られる一方だ。


「ん……荷科君のアソコ、硬くなってますね」

「……っ!」


 その指摘に羞恥心から顔に熱が集まっていくのが解った。

 これだけ密着していれば、それくらい簡単にバレてしまうに決まっている。


 あぁチクショウ、これ程男の性を恨めしく思える瞬間はない。

 そう悟れるくらい無性に恥ずかしかった。


「ふふっ。私の身体でも興奮してくれるだなんて、とっても嬉しいです」


 羞恥に悶える俺を見て、眞矢宮は悦びを露わにする。

 星夏のスタイルを羨ましがっていただけに、意中の相手を興奮させられたことが嬉しくて堪らない様子だ。


 気を良くした眞矢宮は俺の手を取り、自身の胸へと誘う。

 手の平には小さいながらも確かな柔らかさが伝わった。


「んんっ……! はっ、私の胸、星夏さんみたいに大きくありませんけど……どうですか?」

「……」


 色っぽく上気した面持ちで投げ掛けられた問いに、素直に答えるべきかどうか逡巡する。

 下半身が反応を示している以上、興奮していることは否定のしようがない。

 だがどうしても口にするのを憚ってしまう。


「無理に答えなくても構いません。私がその気にさせるだけですから」


 やがて痺れを切らしたのか、そう告げるや彼女によって手を動かされる。

 滑らせたり押し付けたりすることで、眞矢宮の小さい胸が微かに形を変えていく。


「はぁ……っ、ん、ぁ……!」


 指が胸の先を掠める度に、眞矢宮の身体が快感から小さく震える。

 大腿の上で跨がっている秘部は布越しでも解る程に湿っていて、汗と混じって香る匂いと鼓膜を揺らす嬌声が理性をさらに押し退けていく。


「あっ、ん……も、イっちゃいそう、です……!」


 そうして誘惑を兼ねた眞矢宮のアプローチも佳境に差し掛かろうとしていた。 

 自らの胸を揉ませる動きも腰の動きも加速し、その瞬間へと着実に進めていき……。


「荷科君……荷科君……っ! あっ、ぅ、~~~~~~~~っっ!!」


 離すまいという風に抱き着いて程なく、一際大きく全身を震わせた。

 ビクビクと小さな振動と共に火照った身体を押し付けられる。


「好き……荷科君、すきぃ……」


 絶頂の余韻に浸りながら、眞矢宮は俺に対する好意を口にする。


 正直、このまま衝動に任せて襲ってしまいそうだ。

 そう思ってしまうくらいに、目の前の彼女はエロかった。

 諸々が終わった後でキチンと説明をすれば、星夏は『けじめを着けるために必要なこと』だと理解してくれるだろう。

 応えることで眞矢宮が満足して諦めてくれるなら、そうするべきだと頭では解っている。


 据え膳を食わぬは男の恥なんてことわざがあるくらいだ。

 勇気を出してここまでしている眞矢宮に、精一杯の誠意を向けるなら受け入れるのが正しいのかもしれない。 


「はぁ……はぁ……荷科君……」


 ぼんやりとした頭で妥協する理由を挙げていると、眞矢宮が濡れた双眸を向けながら呼び掛けて来た。

 改めて間近で見つめる彼女は挙げればキリが無い程に魅力的で、世の男が目を向けるのも当然だと共感してしまう。


 そんな彼女の初恋だけでなく処女を貰える機会は、この先の人生でも二度とないと確信出来る。

 自分を好きで居てくれる女の子の頼みなら尚更だ。


「──キス、しますね」


 俺の両頬に手を添えた眞矢宮がポツリと零した。

 彼女のことだ、キスだって初めてに違いない。


 このキスを受け入れたら、俺は眞矢宮を拒絶することは出来ないだろう。

 そうなれば後はなるようになる。

 むしろそれこそか彼女の願いなのだから、傷付けずに済むと思えば喜ぶべきはずだ。


 抵抗の意思を失くし、徐々に近付いて来る眞矢宮の顔で視界が塞がれていってそのまま──。





























「──ゴメン」


 唇が重なるより早く眞矢宮の両肩を押して突き放して、その先へ進むことを拒んだ。

 腕を伸ばすと同時に顔を俯かせたから、今になって断られた彼女がどんな表情をしているのかは解らない。

 とはいえ見なくても傷付けたことは明らかだ。


 それでも俺は……。


「──俺には眞矢宮を抱くことは出来ない」


 縋る思いで伸ばされた手を振り払うことを選んだ。

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