#99 折れるような切ない悲しみ
「もう居ないストーカーに怯える嘘って……な、何を言ってるんですか?」
俺の言葉に眞矢宮は桃色の瞳を震わせながら否定を口にする。
いきなりそんなことを言われて動揺しない方がおかしいだろう。
だが俺だって無根拠で嘘だと言った訳じゃない。
「康太郎くんは私がどんな被害を受けていたか知っているじゃないですか……それを嘘だなんて、どうして……」
「……襲われたこと自体は紛れもない事実だって解ってる」
こんなにもストーカーが実在している証拠があるのだと、悲痛な面持ちを浮かべながら挙げていく。
特に最後の……眞矢宮に覆い被さっていたストーカーを蹴り飛ばしたのは今でも憶えている。
そこを否定するつもりは毛頭無い。
……けれども、逆に言えば俺が実際にストーカーを目撃したのはその時だけなんだ。
「でもな、こうも慎重が過ぎるとどうしても引っ掛かることがあるんだよ」
「引っ掛かるって、何が……?」
「ここまで警戒心が強いなら──なんであの時、眞矢宮を襲ったりしたんだ?」
「っ!」
ずっと頭の片隅にあった疑問を告げると、眞矢宮が小さく息を呑んだ。
助けたあの日からバイト終わりに家まで送り届けていた時も、眞矢宮の家に泊まっている間も、手紙に指紋を残さないどころか防犯カメラに影すら映さない慎重さに何度も辟易とさせられていた。
警察の捜査の目を掻い潜るだけでなく、会長の情報網にすら引っ掛からないなんて最早プロのスパイか何かとしか思えない。
そんな卓越した証拠隠滅の手腕を持つヤツが、あの日に限って眞矢宮を直接襲ったことに違和感しかなかった。
それだけ慎重ならば人目が付きやすい道端で襲うより、車で誘拐する方が邪魔が入らないことくらい考え付くはずだ。
眞矢宮への執着心が暴走していてその発想に至らなかったのか、妨害されたことで警戒するようになった可能性だってあるが……それにしたってあまりにも慎重過ぎる。
──だから、前提から考え方を変えた。
「あの時に眞矢宮を襲っていたストーカーは既に捕まっているんじゃないか、ってな?」
「……随分と飛躍した考え方をしたんですね」
「まぁよく思い返してみれば、事件について俺が知ってることってほとんどないなって気付いたからなんだけどな」
「え……?」
助けた張本人ながら情けなさを感じる言葉に、眞矢宮が桃色の瞳を丸くする。
何せ報道されていない事件の情報を俺に教えてくれていたのは、眞矢宮と
それはつまり、得られるソースが限定されていたということでもある。
「そんな把握状態でいきなり差出人不明の手紙なんて送られたら、真っ先にストーカーの仕業だって疑うのも当然だよな」
この一連の出来事を企てた人物の思惑通り、まんまとストーカーが動き出したかのように勘違いしてしまった。
実際に助けた経緯があったことも、誤解を加速させる要因になったんだろう。
そこまで考えてあの手紙を置いたとすれば、黒幕には末恐ろしすら憶えてしまう。
「……もし康太郎くんの言うことが事実だったとして、その人こそがストーカーだっただけの話では? 先日の帰り道の途中で背後に尾けて来ていましたし……」
「それもありえるんだろうけど今回に限ってなら無いって言い切れるし、尾けてたのも俺にストーカーがいることを信じ込ませるための策略だよ」
「え……?」
眞矢宮から訝しげに返されるが、ハッキリとその可能性は無いと断言した。
こう言ってはなんだが彼女のように突出した容姿をしていれば、新しいストーカーが現れても不思議ではない。
それこそショッピングモールでナンパをしていた大木なんかが、実はストーカーじゃないかなんて疑ったくらいだ。
「康太郎くんは、そう計画した人こそ私だって言いたいんですか?」
「いいや。ストーカーが居るように装う計画をしたのは眞矢宮じゃなくて……、
──雨羽会長だろ」
「!」
事を企てた人物の名を口にすると、眞矢宮は桃色の目を大きく見開いた。
そうだと確信出来たのは、事件の詳細を知っていて流せる情報を自由に選べるという二つの条件を満たせるのが彼女しか居ないからだ。
俺達が見た手紙……あれは会長が事前に置いたモノなんだろう。
彼女が出て来るのを影で待っていれば置けるタイミングはあるし、住所に関しては事件のことを調べていれば簡単に出て来る。
現に旅行へ出発する前の集合に会長が来たのは最後だった。
眞矢宮に計画のことを打ち明けたのは、恐らくだが俺が星夏と一緒に荷物を取りに行っている時だろう。
少なくとも手紙を見て怯えていた時は、彼女も知らされていなかったはずだ。
後はストーカーが狙っているように見せかけるだけ。
実態を察した今となっては無駄に手が込んでいて呆れるしかない。
多分、付けると言っていた警備も実際には誰一人居ないんだろう。
バイト先で犯人候補がいると言ったり、警備から聞いていた報告も会長を通していたんだからいくらでも誤魔化せる。
「確かに雨羽さんなら可能だと思いますけど、彼女が私に対してそこまでするメリットはあるんですか?」
「あぁ。むしろそういうのが大好きな人だからな」
あの人がどうしてそんな真似をしたのか、その点に関してもおおよその見当は付いている。
こうして俺が気付くことも想定していたに違いない。
そう考えるとまさに手の平の上だった訳だ。
いや……正確には発破を掛けられたというべきか。
星夏に対する告白ですら尚也に背中を押される必要があった俺のことだから、こうでもしないとずるずると後伸ばしにすると思ったんだろう。
余計なお世話、と言いたいところだが……。
「まぁそんな訳で、だ。本物のストーカーが既に捕まっているのに、それでもなお居るように見せることで事情を知っている俺が傍にいることになる。だったらその状況で一番得をするのは誰だと思う?」
「……っ」
結論を告げる前に最後の問いを投げ掛ける。
自分でも驚くほどに冷静な声音で発した言葉に、眞矢宮は表情を強張らせたまま何も答えない。
その内心にどんな感情が渦巻いているのかは解らないが、彼女との関係にけじめを着けるには今しかないということだけは理解出来る。
「──どう考えても、眞矢宮しかいないんだよ」
だからこそ、彼女が隠してきた嘘を終わらせないといけない。
一通り話をしている内に花火の打ち上げは終わっていて、会場は解散ムードになっていた。
結局一発としてまともに見られなかったのは残念だが、花火くらいまた来年になれば見られる。
眞矢宮と二人で来る機会は……もう無いが。
帰り案内のアナウンスが微かに聞こえる中で、やがて眞矢宮が顔を合わせる。
「……凄いですね、荷科君は。本物の探偵みたいです」
そんな称賛を口にする眞矢宮は声音が明らかに震えていて、笑みを浮かべているはずなのに今にも折れてしまいそうた程に切ない悲しみが滲んで見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます