#98 空に咲く花火とストーカーの正体

 お久しぶりです。


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 夏祭り当日になっても、ストーカーが姿を現すことはなかった。

 前は呆れる程に来ていた脅迫文も、最初から無かったかのようにピタリと止んだ。 

 通報されたことで警戒心を強めているのかもしれない。


 眞矢宮を怖がらせない分には良かったと言えるが、手放しに喜べる状況ではないだろう。

 花火に気を取られてストーカーの接近に気付きませんでした……なんてことがあってはダメだ。

 捕まる瞬間まで気を抜かないようにしないといけない。 


 とはいえあまり気を張りすぎて、眞矢宮に不安を感じさせるのも良くないという悩ましさもある。

 公園の周りで張ってくれる警備の人達がストーカーを捕まえてくれることを祈ろう。

 

 そんな事情を秘めたまま、俺は玄関で眞矢宮の支度が終えるのを待っていた。

 彼女たっての希望で、どうしても整えたいことがあるらしい。

 そう伝えられて三十分くらい経った頃だ。


「康太郎くん、お待たせしました」

「大丈夫。まだ花火まで時間はあるから気にしてな──」


 呼び声に合わせて準備を済ませた眞矢宮の方へ顔を向けた瞬間、言葉を途切れさせてしまった。


 真っ先に目が向いたのは彼女の装いだ。

 眞矢宮は青色を基調とした白い花が刺繍された浴衣を着て、長い黒髪をポニーテールに束ねていた。

 黄色の帯がしっかりと絞められていることから、一人でも着付けられるのは容易に察せられる。

 近くの公園に行って花火を見るだけなのに随分と決め込んで来たな、なんて他人事のような感想が浮かぶ。


 そう思ったのは彼女の気持ちを知っているから。

 自分を好きになってくれた眞矢宮の存在は俺にとって決して小さくは無い。

 その姿を見て誤魔化しようがない程に見惚れてしまったのだ。

 

「えっと……変なところはありませんか?」


 俺の反応が思わしくなかったからか、眞矢宮は不安げな面持ちを浮かべていた。


「いや……綺麗だなって思っただけだ」

「!」


 慌てて茫然としていた思考を働かせて、飾りのない称賛を口にする。

 咄嗟の返答だったが、それを聴いた彼女の桃色の瞳が少しだけ見開かれて……。


「──ありがとう、ございます」


 頬を赤らめながら顔を俯かせ、消え入りそうなくらいに小さい……けれども確かな喜びを感じさせられる声音で返した。

  

 ──その根底にある感情に応えるつもりはないクセに、何を期待させるような感想を言っているんだ。

 

 嬉しそうな眞矢宮とは対照的に、心に嘲りのナイフで刺した自傷による痛みが走る。

 けじめを着けると決めたのは他でもない自分自身なんだ。

 センチメンタルになって日和っていたら星夏に呆れられると、痛みを呑み込んで改めて眞矢宮へ手を差し伸べる。


「じゃあ、行こうか」

「はい!」


 繋いだ眞矢宮の手は細くて柔らかくて、心なしか温かいような気がする。

 その温もりは俺と彼女とで互いに向ける感情の差を暗に示しているようで、心底に押し込んだはずの痛みが少しだけせり上がった感覚が脳裏に残った。


 ==========

 

 目的地である公園までは上り坂が続いている。

 ラフな格好である俺と違い、浴衣と下駄という動き難いであろう装いの眞矢宮には少し辛いかと思っていたが、バイトで鍛えられていた賜物か疲労を感じさせることなく辿り着くことが出来た。

 

 公園の周囲に設置されている落下防止の鉄柵の向こうには、提灯で照らされている夏祭りの様子が見える。

 これから花火が打ち上げられるからか、祭囃子まつりばやしに紛れて聞こえる喧噪が多くの人達による盛り上がりを伝えて来た。


 そんな光景を一望出来るように設置されていたベンチに揃って腰掛ける。 

 振りとはいえ恋人同士として振る舞っているので、互いの手が容易に触れるぐらいの近さだ。


「今年も大勢の人で盛り上がってるみたいだな」

「楽しそうですよね……」


 実に平坦な感想を零すと、眞矢宮が静かに賛同してくれた。

 ストーカーが大人しくしていれば、今頃は俺達もあの人集りの中にいたのかもしれない。

 そう思うと無視出来ない歯痒さを懐いてしまう。


「やっぱあんな感じの方が良かったか?」

「えっと、確かにその方が風情があって良いとは思いますけれど……」


 問い掛けに対して彼女はそこで言葉を区切り……。

  

「──好きな人と二人きりの特等席で花火を見る方が、私はずっと幸せに感じます」

「……」


 クスリと微笑を浮かべながら告げられた言葉は、胸に燻っていた杞憂なんて軽く吹き飛ばす程に純真な想いが込められていた。

 薄明かりの街頭と月しか光源がない中でも、頬を赤らめて真摯な眼差しを浮かべる眞矢宮の顔が見える。

 

 どんな気持ちでさっきの言葉を口にしたのか、それが分からないほど察しが悪い訳じゃない。

 眞矢宮からの告白を断ってから三ヶ月が経っているが、向けられる想いは色褪せるどころかより鮮明に色濃くなっている。

 それだけまっすぐな好意にどうしようもなく胸が高鳴ってしまう。

 


「そ、そういえば浴衣の柄になってるのはなんて花なんだ?」

「ぁ……はい、これはナズナの花です。春の七種ななくさの一つなんですよ」

「あ~そうだったのか……」


 少しでも気を紛らわそうと、唐突な疑問を口にして話題を逸らした。

 自分で言ったことに照れた眞矢宮から乗っかる形で答えを告げられる。

  

 空気が緩むのを実感して、ひとまず胸を撫で下ろした。

 そうして気を抜いた時だ。


「……実はナズナの花にも花言葉があるんですけれど、康太郎くんは知っていますか?」

「いや全然。なんて言葉か教えてくれないか?」


 そういうのに触れなかったから、どんな言葉があるのかまるで解らない。

 どうやら眞矢宮は知っているようで、浅学を恥じる思いと共に尋ねることにした。


「はい、もちろんです」


 快諾してくれた彼女は綺麗な笑みを浮かべてから、スッと俺の耳元へ顔を寄せて……。





「──ナズナの花の花言葉は『あなたに私の全てを捧げます』……です」



 ──ドンッ!


 告白と捉えられそうな答えを聴いた瞬間、夜空に色鮮やかな大輪の花が咲いた。


 花火が打ち上がったのだ。

 一発目を皮切りに次々と打ち上げられていくが、俺の思考は目的である花火なんてそっちのけに眞矢宮のことだけで占められていた。

  

 二人きりの場所で花火を背に変わらぬ想いを告げる……。

 場面だけ見れば告白をするには打って付けの状況だ。

 このタイミングを狙って今日の約束を切り出したとすれば、眞矢宮がどれだけ本気なのかが窺える。


 どこか既視感がある気持ちの強さ……その正体がなんなのか判るまでに然程時間は掛からなかった。


 同じなんだ。

 星夏が他の男と付き合い続けても、彼女への恋を諦めなかった俺と。

 

 何の奇跡か俺は望み通りに星夏と想いを通わせることが出来たが、それは同時に眞矢宮の恋を終わらせることになってしまった。

 取る手を選んだ以上、彼女に望みの無い恋心を抱えさせ続けるのは酷でしかない。

 そう思っていたのは驕りだと判ってしまった。


 自分の恋の終わりを決めるのは、誰でもない自分自身だ。

 どうして解ったかなんて決まっている。


 ──他の誰かと付き合ったりしても諦められないくらい、相手のことが好きなだけなんだ。

 好きで好きで堪らなくて、いくら焦がれても足りない初めての恋だから。

 真っ直ぐだからこそ愛おしくて辛くて痛い。

 全部、


 そんなどこまでも一途な恋心に俺はどう応えるべきなのか……。


「──


 心臓を揺らす程の大きな花火の音が響く中で、ここ最近は口に出していなかった彼女の苗字を呼ぶ。

 呼び掛けられた眞矢宮は桃色の瞳でまっすぐに俺を見据える。


 俺が出すべき答えは……。










「──俺は星夏が好きだ。アイツも……俺のことが好きだって言ってくれた。悪いけど、眞矢宮を選ぶことは出来ない」

「っ!」


  

 結局、向けられた初恋の一縷の希望すら絶つことしか出来なくて……。




「だから……





 

 けじめを着けるための言葉を紡ぐ。













「──



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次回の更新は未定ですが、遅くとも今月中には更新するつもりです( ;´・ω・`)

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