#96 混浴


 遅くなってすみませんでしたヾ(;゚;Д;゚;)ノ゙


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「では……背中を流しますね」

「あ、あぁ。頼む……」


 家の大きさと遜色ない広さのある浴室の中で、俺は今から眞矢宮に背中を洗われようとしていた。

 

 こうなったのは一人で居たくないという彼女の誘いを完全に断ることが出来ず、せめてもの条件として互いに水着を着た状態でならと受け入れたからだ。

 その条件に従った彼女は、海に着ていったのとは違う水色のシンプルなビキニを着て浴室に入って来た。

 旅行から一週間も経たない内に水着を着て見たりすることになるとは……。

 ちなみに俺が着ているのは眞矢宮の父親が昔使っていたモノだ。

 

 だが水着を着ていようが、想いを通わせた星夏以外の女子と混浴なんて不誠実だと頭では理解している。

 けれどもさっきの眞矢宮の表情が孤独を嫌う星夏と被って見えてしまい、どうにも放っておけなくなってしまった。


 そもそも盗撮された経験のある眞矢宮の心情を思えば、風呂であっても一人になるのは恐ろしくて堪らないのだろう。

 ただ俺が一緒に入るだけでその恐怖が和らぐのなら、意固地になって断ることもない。


 そう思って承諾してから数分が経った今現在、眞矢宮が泡立てたタオルを使って俺の背中を洗い始めた。

 これはさっきストーカーから守ったお礼だとかで、思うところはあったがそういうことならと受け入れたのだ。

 あまり経験がないはずなのに程よい力加減で、自然と緊張感も落ち着いてきた様に思える。

「どう、ですか? 痛くありませんか?」

「大丈夫。思ってたより上手だな」

「なら良かったです」


 俺の背中を洗うことに意識を向けているためか、眞矢宮の声音から不安が和らいでいる様に思える。


「康太郎くん」

「なんだ?」


 一頻り洗い終わってシャワーを掛けて流されていると、鏡越しに目を合わせながら呼び掛けられた。

 何かあるのかと聞き返すと、浴室内の熱気で上気した赤い顔色のまま彼女は口を開く。


「ま……前も、洗いましょうか?」

「……自分でやるから無理しなくて良いぞ」

「はい……」


 そんな江戸時代の女中みたいな真似しなくてもというツッコミを飲み込み、やんわりと断ってからタオルを受け取り自分で洗う。

 ……しかし、女子が後ろにいる状況で陰部を洗っていると変な羞恥心が込み上げてきそうだ。 

 怯えている眞矢宮の願いを聞いて混浴しているのに、こんな邪な念を持ってはいけないと理性を働かせながら無心で洗い続けた。


 そうして自分の洗身を済ませて、タオルを包んでいた泡も落とす。

 

「康太郎くん」

「今度はなんだ?」

「わ……私の背中を洗って頂けませんか?」

「…………は?」

 

 そんな時に眞矢宮の口から告げられた次の提案に、驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまう。

 俺の反応が思わしくなかったのか、彼女は少しだけ不満そうな面持ちを浮かべる。


 いや待て待て、イヤとかじゃなくて純粋にビックリしただけだ。

 内心の動揺を出来るだけ顔に出さないまま、なんとか息を呑んで言葉を反芻する。

 ダメだ、何度も思い返しても眞矢宮が俺に背中を洗って欲しいとしか言っていない。


 聞き間違いではなかった事実に、些か呆れを覚えてしまうが俺の返答は既に決まっている。


「流石にそれはちょっとな……」


 苦笑いを浮かべて出来ないと返すが、眞矢宮はあからさまに頬を膨らます。

 ちょっとだけ可愛いと思ってしまったものの、それで絆されるわけにいかないと理性を保つ。


「星夏さんの身体は拭けるのに?」

「待て。なんで眞矢宮がそのことを知ってるんだ?」


 だが次いで聞かされた言葉は到底スルー出来なかった。

 確かに俺は星夏の背中や胸を拭いたことがある。

 しかしあの時は彼女が風邪を引いていたからで、決して疚しい気持ちがあってそんな行為に及んだわけではない。

 

 加えて俺と星夏以外にどんな看病をしたかなんて知らないはず。

 なのに眞矢宮が知っているということは……。 


「それはもちろん、星夏さん自身からとっても自慢気に聞かされましたから」

「おいおい……」


 予想通りの情報源から漏らされていたことに、呆れを隠せず額を手で覆う。


 自分だって恥ずかしい思いをしていたはずの出来事を、よりにもよって恋敵相手に嬉々として語るとか何を考えてるんだ。

 でもなんとなく、俺との間にあったことを嬉しそうに話す星夏の表情が浮かんで来る。 

 

 中学の時、俺が素っ気なくしてもアイツは笑みを浮かべて色んな話をしていた。

 あの頃は鬱陶しいとしか思っていなかったけど、思い返せばあれは星夏なりに学校で退屈しないようにしてくれていたんだろう。

 自分でも相当酷い態度だったはずだが、彼女は粘り強く話し続けていた。

 

 あんな風に優しく星夏だからこそ、掴んで貰った手を振り解けなかったのかもしれない。

 

 そうやって大事な彼女のことに思いを馳せたからだろう。

 最近はメッセージでしかやり取りをしていないのもあって、星夏に会いたくなって来た。

 

 独りで寂しくしているんだろうかとか、沸々と心配事が浮かび上がって……。 


「康太郎くん、ボーッとしてどうかしましたか?」

「っ! ぁ、いや……なんでもない」

 

 眞矢宮に声を掛けられたことで、自分が思考に耽っていたと気付かされた。

 慌てて取り繕いつつ、咳払いをして改めて彼女の提案に対する答えを口にする。


「星夏の時はアイツが風邪だったから手伝ったんだ。一緒に入ることと背中を洗って貰うことはまだしも、それ以上の我が儘を言うなら俺は風呂を出るからな?」

「うっ……す、すみませんでした……」


 甘やかし気質な俺ではあるが、キチンと厳しくする時だってある。

 

 きっぱりと断った上に度が過ぎれば混浴もナシにすると告げたことで、眞矢宮は肩を落としながら渋々といった風に引き下がった。

 これでひとまず安心だ。


 そんなやり取りもあった後、俺達は向かい合って湯船に浸かった。

 眞矢宮家の浴槽は比較的広めなのだが、それでも二人で入ると少し狭く感じる。


 無論、対面している俺達は少し動くだけで足先が触れる程に距離が近い。

 湯で温まっている眞矢宮の上気した顔は、形容出来ない色気がある。

 常人がこの状況に放り込まれれば、まず見惚れていてもなんらおかしくないだろう。 


 星夏と入った経験がある俺だって妙に意識してしまう……理性が持つか上せるのが先か分からないなぁ。

 二つの要因で熱くなりそうだ……。


「なんだか……ドキドキしますね」

「まぁ風呂に入っているしな……」

「そういう意味じゃないことくらい分かってますよね?」

「……」


 加えて眞矢宮からの意味深な物言い……。

 実際、彼女が何を言いたいのかは察している。

 けれども俺はそれに応える事が出来なくて、どう返事をすれば良いのか少し逡巡してしまう。

 

 その隙を突く様に、眞矢宮が俺の方へ身を寄せる。

 顔が完全に胸元に埋める姿勢になっていた。

 いきなり素肌に触れられて、童貞でないにも関わらず胸の高鳴りが抑えられない。


「ま、眞矢宮?」

「ほら……康太郎くんの心臓、すごくドキドキしてますよ?」

「そりゃぁ、こんだけ近くに居られたら誰だってこうなるだろ……つーかこんだけからかう余裕があるなんて意外と早く持ち直したな?」


 不意の急接近に動揺を見せながらもなんとか逸らした。


「私にとって康太郎くんの傍はどこよりも誰よりも安心出来ますから」

「……光栄なことで」

「はい……出来ることならずっと居たいくらいです」

「……」


 顔を埋めて目を合わせないまま、遠回しな告白を投げ掛けられる。

 だが反応は返さなかった。

 いっそ聞こえない方が良かったと思える声を、耳でバッチリ拾っておきながらも知らない振りをしたからだ。

 

 今はまだ……けじめを着ける時じゃない。

 そして恐らくだが、眞矢宮も返事を求めて言った訳では無いのだろう。

 

 やがて湯船を出た後にも、俺達は特に会話を交わさないまま混浴を終えるのだった……。


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 次回は9月30日に更新します!

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