#93 海涼の強さ


 俺が大木に関して知っているのは、中学時代の元同級生で星夏にとって初めて出来た彼氏だったということ。

 他に強いて挙げるなら、自己中心的で我欲を優先する性格なくらいだ。

 

 自殺しようとした俺を星夏が引き止めてくれた時にも、自分とのデートを優先させようとしていたっけ。

 当時は破局させてしまったことに罪悪感を懐いていたが、今となっては別れてくれて良かったとすら思っている。

 もし星夏が大木と付き合い続けていたら、何かしらの形で良くない方向に向かっていたかもしれない。

  

 まぁ過ぎたことを振り返るのはこの辺にしておこう。

 今、目を向けるべきなのは大木が眞矢宮をナンパしていることだ。

 髪を染めたりガラの悪そうな取り巻きっぽい連中を連れていたり、二年の間に色々あったんだろうがそこを考慮する理由はどこにもない。

 

 大木達の横を通って眞矢宮を背に庇う様に立つ。

 

「準ちゃん。コイツ知り合い?」

「同じ中学だったヤツ。ケンカばっかする不良でめちゃくちゃ嫌われてたんだよ」

「うっは。昔はワルだったけど今は立派に女の子守ってますってこと? キャ~カッコイイ~」

「ギャッハハハハ! ぜんっぜん心籠もってねぇ~!」


 大木が簡潔に語った俺の過去を聴いて、何が面白いのか取り巻き達が嘲笑を露わに盛り上がる。

 頭ではナンパを邪魔した俺をバカにしているのは分かるんだが、心情的には苛立ちすら湧かない程の呆れが大半を占めていた。

 

 場数を踏んで来たからこそ、こんなやつらを前にしても恐怖なんて微塵も湧かない。


「──なんなんですかこの人達。よく知りもしない癖に人の事を笑い貶して……」


 だが、眞矢宮の方が俺より怒りを露わにしていた。

 普段の彼女からは発せられたことのないドスの利いた声音が、いきなり後ろから聞こえて来てビックリしてしまう。

 尤も、顔には意地で出さなかったが。


 眞矢宮が憤慨しているのは、俺が不良になった経緯を知っているからこそだろう。

 さっきまで見ず知らずのコイツらに囲まれて怖かったはずだろうに、すぐに人の事で怒れるのは優しい彼女らしいと思う。


 両親の件や先への不安があったとか理由はあれど、暴力に縋ったのは間違いなく俺自身の責任だ。

 言い訳も開き直るつもりはない。


 それでも……こうして知っているから憤りを感じてくれる人の存在がいるという事実は、少しだけ救われた様に感じた。

 胸に過った暖かさを支えに、見下した笑みを浮かべる大木を見やる。


「見ての通り今は二人で来ているんだ。ナンパなら余所でやってくれ」

「は? なに偉そうに指図してんだ?」


 バカにしたのに大して反応を見せなかったからか単純に俺の言葉が気に入らなかったのか、大木はあからさまに不満げな面持ちを見せる。


「つーかさ、こんな可愛い子と元不良のクズが一緒とかありえなくね?」

「それな! いくら積んだんだってハナシ!」

「逆に脅してんじゃね? 言うこと聞かなかったら殴るぞーって」

「あっはは、一番アリなヤツ」


 そんな俺達を差し置いて、大木の取り巻き達が何やら騒いでいた。

 眞矢宮との関係を訝しんだ結果、俺が彼女を脅して無理矢理付き合わせている設定に行き着いたらしい。

 

 もうここまで来ると呆れて何も言えないな。

 単に俺と眞矢宮の仲が良いことが気に食わないだけだろうし、嫉妬から出た思い込みをわざわざ訂正する義理もない。

 そう思っていると、大木が何やら悪巧みを隠さない怪しい笑みを浮かべ出した。


「ねぇキミも聞いたでしょ? コイツ、マジで救い様のないクズだから。関わる人は選んだ方が良いよ」

「……」


 今度は眞矢宮に矛先を変え、俺に対する不信感を植え付けようとし始めた。

 苦言と遜色ないそれを伝えられた彼女は、桃色の瞳をパチクリとさせてからニコリと微笑んで……。

 

「ご忠告ありがとうございます。では失礼しますね」

「──え、は? ま、待てよ!」

「……はぁ」


 社交辞令以上の感情が窺えない返事をしてから、俺の手を取って歩み始めた。

 一連の動きがあまりにスマートだったためか、大木は遅れて動揺を露わにする。

 

 その反応を見て、眞矢宮が珍しく呆れを隠さないため息をつく。

 

「関わる人を選べと言ったのはあなたですよ? 私はその通りにしたまでです」

「じゃあなんで荷科の手を取るんだよ。ソイツはケンカばっかする不良で──」

「中学時代の彼がどういう人だったかは本人から教わっています。知っていることを今さら聞かされても不愉快なだけですから」

「どうせ自分の都合の良いように美化したのを吹き込んだんだろ」


 動揺するどころか冷然とした眞矢宮の態度に、目論見が外れた大木は不満を隠さずに尚も俺を非難する。

 その有様はなんというか……狙ったことの姑息さも相まって滑稽にしか見えない。

 自分を良く見せようとして相手を貶しても、自らの底の浅さが浮き彫りになるだけだ。

 

 現に眞矢宮が大木を見る眼差しからは、相手にするのも面倒といった冷たさが感じられた。

 ここまで彼女が敵意を見せる姿は初めて見たと言ってもいい。

 大木はめったに怒らない眞矢宮の地雷をものの見事に踏み抜いてしまった様だ。


「人に暴力を振るうことに関しては、私も良くないとは思っていますよ」

「だろ? だから──」

「ですが」


 暴力そのものを否定されなかった大木が同意を促そうとするより早く、眞矢宮は鋭い声音で遮って続ける。


「康太郎くんは暴力に縋ったことを本気で反省しています」

「だからなんなんだよ。やったことは消えないだろうが!」

「えぇ消えません。でもだからこそ同じ間違いを犯さない様に、頑張って前を向いて懸命に生きているんです」


 自分の言い分を聞き入れられないことに苛立った大木が声を荒げるが、眞矢宮は凜とした瞳を逸らさない。

 それは好きな人が別の人を好きだと知っても揺るがない想いを持つ、彼女のお淑やかな雰囲気からは想像も付かない芯の強さを表してる様だった。

 そうして眞矢宮は……。


「そんな人の過去をイタズラに吹聴した挙げ句バカにして、足を引っ張ろうとする程度の低いあなたの様な人こそ、私が最も関わりを持ちたくない相手です」


 きっぱりとそう言い切る。

 有無を言わさない毅然とした態度で以て、大木の目論見を真っ向から砕いたのだ。


 そのまま眞矢宮に手の引かれて俺達はその場を去ろうと歩き出す。


 すれ違い様に様子を窺うと、取り巻き達も茶化す余裕もない程に茫然としていたが、大木だけは違った。

 眞矢宮に言い負かされたのが屈辱だったのか、顔を真っ赤にして俺達を睨み付けている。


 中学の頃のままだったら逆上して殴り掛かっていただろうが、デパートのトイレ近くというのもあって流石に自重したようだ。

 仮に手を出して来たとしても反撃するくらい簡単だが、何も起きないならそれに越したことはない。

 

 浅からぬ因縁がある相手との遭遇は、一途な眞矢宮によって退けられたのだった。



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 じかいは9月9日に更新します。

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