#92 過去からの刺客
昨夜は眞矢宮が自慰に耽る姿を間近で目撃してしまうというトラブルがあった。
咄嗟に寝たふりをしてやり過ごしたのが功を奏したのか、幸いにも今朝の様子を見る限りでは彼女は隠せていると思っている様だ。
しかし、向こうから探りを入れられた時は本気で心臓が止まるかと思った。
どうやら俺の手を自分の胸に当てさせたことを気にしているらしい。
あれが変態みたいな行為だとは眞矢宮にも自覚があるだけマシとみるか。
いや、自覚があるならあるでそれも問題な気がするが。
疑問は尽きないが指摘したら俺が寝たふりをしていたことがバレてしまう。
そうなると面倒なことにしかならないので、結局は口を噤むしかないのだ。
ちなみにアレを見たことで興奮したとかは一切ない。
あまりにも驚愕が勝っていたし、改めて眞矢宮の一途な想いに触れたことでそんな余裕は微塵もなかった。
簡単に性欲に負ける様では、星夏に操を立てた意味が無くなってしまう。
そう……あれだけ好意を見せられても、俺は眞矢宮の気持ちを受け取れない。
彼女の初恋相手が俺じゃなければ……なんてことは流石に口にしないが、どうしようもないやるせなさは感じてしまう。
そんな複雑な心境はさておき俺達は今、足りなくなってきた食料品や消耗品を買うために近所のデパートに来ていた。
ただ買うだけならスーパーでも良かったが、実際に買うかは彼女次第だが服や本も見て回る予定だったりする。
何せ、今日の買い物はバイト以外は家に籠もり切りだった眞矢宮の息抜きも兼ねているのだ。
彼女としては単に外出するというより、俺と出掛けること……即ちデートに行くという意味で期待に胸を膨らませていた様で、家を出るなりここまでずっと手を繋いでいる。
今日の眞矢宮の私服はフリル状の半袖が白いブラウスと、パステルブルーのロングスカートという爽やかな雰囲気でまとめられていた。
もはや慣れたものだがシンプルな装いでも、彼女自身の際立った容姿に男女問わず目を奪われる人が多い。
無論、隣を歩く俺には男性陣から洩れなく嫉妬の眼差しを向けられている。
手を出して来ないなら気にする必要は無いのだが、もしこの視線の中にストーカーがいたと仮定すると中々無視できない。
「康太郎くん!」
「っと、どうした?」
そんなことを考えていると、不意に眞矢宮から呼び掛けられる。
少し慌てながらも顔を向ければ、彼女は今にも飛び出しそうな程の期待を滲ませた面持ちを浮かべていた。
「早速ですけれど、服を見ても構いませんか?」
「もちろん。食料品とかはどうしてもかさばるから、どのみち後回しにするつもりだったし」
「ふふっ、それもそうですね」
我ながら高校生らしからぬ会話を交えて、様々なブランドのテナント店が並ぶ二階へと向かった。
楽しそうに服を眺める眞矢宮と談笑しつつ周囲の警戒も怠らない。
腹の立つくらいに慎重なストーカーなら、デパートという人目の多い場所で犯行に及ばないだろうが念には念をという訳だ。
「康太郎くん。どちらのワンピースが良いと思いますか?」
眞矢宮が両手に色と柄の異なる二着のワンピースを持って、いつかの買い物に行った時と同じ質問を口にする。
あの時と違うのは俺が彼女の気持ちを知っていること。
純粋に俺が好きな方に合わせるために尋ねているのだ。
なら素直に答えた方が良いだろう。
「左の水色とハイビスカス柄のが良いと思う」
「分かりました!」
俺の答えに眞矢宮は花が舞うような笑みを浮かべ、選ばなかった方をハンガーラックに戻す。
そのままワンピースを中心にコーデを組み合わせていき、一通り揃え終わった頃には一時間近く経過していた。
女子の買い物の長さは星夏を相手にして慣れているし、何より今日は眞矢宮がストーカーなんて気にせず満喫することが重要なのだ。
テナントから広いフロアに出て眞矢宮に手を差し出す。
「服、持とうか?」
「康太郎くんにもっと重い食料品を持たせるんですから、これくらい大丈夫ですよ」
「……分かった」
俺の提案を眞矢宮はやんわりと断る。
手ぶらで女子の隣を歩くのは忍びない気持ちから言ってみたのだが、当人が問題ないというのであれば無理に拘る必要も無い。
「それにしても海涼って、なんていうか女の子らしい服装が多いよな」
「女の子らしい服装、ですか?」
「今日みたいな清楚な感じをよく見るなぁって思ってな」
これまで見て来た眞矢宮の私服は、いずれも女の子の服装と訊かれたらパッと浮かんできそうな感じだった。
一番身近な星夏はそういった服を着ないし、むしろギャルっぽいコーデを好んで着る方だ
参考になる人物が少な過ぎる気がするなぁ……まぁそれは今はどうでもいい。
俺の些細な疑問に眞矢宮は顎に手を当てて思案し始めた。
「そうですね……自分の容姿や雰囲気からどういうコーデだと似合うか考えた結果、系統が偏ったんだと思います」
「なるほど。たまには違う服装をしてみたいとか考えないのか?」
「もちろん考える時もありますし、実際に試したことは何度かあるんですが……」
素朴な問いに眞矢宮は肯定しながら返すが途中で言い淀む。
その表情を見て大方の結果を察する。
「ピンと来なかったと」
「はい……」
先んじて口にした答えを否定することなく、彼女は少し頬を赤くして照れながら顔を逸らす。
予想外に可愛らしい反応をされ、こっちもどう話を続ければ良いのか戸惑ってしまう。
しばらく沈黙が続く中、それを破ったのは眞矢宮だった。
「その……お花摘みに行って来ます」
気まずさを払拭しようと告げた内容も中々反応に困らされた。
「あぁ。ここで──近くで待ってる」
「ぁっ……はい」
一瞬、普通に待とうとしていたがすぐに言い直す。
だが眞矢宮はついさっきまで忘れていたストーカーのことを思い出してしまった。
赤かった顔色が少し青ざめてしまっている。
やらかしたことを後悔する暇はない。
ストーカーを警戒する以上、眞矢宮を一人にする状況はなるべく減らしておきたいのだ。
デリカシーがない自覚はあるが、弁えたらストーカーに襲われましたじゃこうして傍に居る意味が無くなってしまう。
そうならないためにも、恥も外聞も捨ててトイレの近くで眞矢宮を待つことにした。
そこまでは良かったんだ。
そう……イヤでも問題は起きてしまった。
俺が眞矢宮の姿を見つけるより先に、彼女に目を付けた輩が現れたのだ。
「遠目で見てたけど、キミすっごい可愛いね」
「俺ら見ての通り男だけで退屈だったんだよなぁ。良かったら一緒にゲーセン行こうぜ?」
「あの、私は一人で来ている訳では……」
四人くらいの男達が眞矢宮にナンパを仕掛けていた。
恐らく元から彼女に目を付けていたんだろう。
俺から見えない様に眞矢宮を囲んだ明らかな作為的な動きから、瞬時にそう結論付ける。
トイレから出てきた女子を複数で囲んでナンパするなんて、どう考えても非常識そのものだ。
ただでさえストーカーを相手にしなきゃいけないのに、ナンパ野郎の相手なんてうんざりする他ない。
呆れつつも早く眞矢宮を助けるために集団の元に歩み寄る。
「おい。いくら飢えてるにしても、こんなところでナンパとかするなよ」
「あぁ? なんだお前?」
中でも特に眞矢宮へのナンパに積極的な金髪男の肩を掴んで、強制的にこっちへ意識を向けさせる。
狙い通り、金髪男は俺の乱入に苛立ちを露わにして振り返った。
が、男は何故だか俺の顔を見てギョッと驚いたような面持ちを浮かべる。
どうせ目付きの悪さにビビったんだろうと思った矢先……。
「荷科……? どうしてお前がこんなとこにいるんだよ……」
「? なんで俺の名前を知ってるんだ?」
なんと金髪男は初対面であるはずの俺を名前で呼んだのだ。
どういうことなのか訝しんでいると、金髪男はあからさまに見下した様な目でを睨む。
「あ~髪染めてるから分かんねぇか。まぁいいや。俺だよ……。
中学の時、お前のせいで星夏と別れるハメになった大木だよ」
「──っっ!!」
俺だけでなく星夏の名前すら言ってのけた男の名前を聞いた瞬間、稲妻が落ちたかの様な衝撃を受けた。
何せ、ソイツは俺と星夏にある意味で忘れられない名前だからだ。
髪を染めていて雰囲気も変わっていたから全然分からなかった。
──
星夏にとって初めての彼氏だった男が、二年経った今になって俺の前に出てきたのだ。
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次回は9月2日に更新します
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