#90 奪われるより
俺が眞矢宮の家に泊まり始めて三日が過ぎたが、その間にストーカーから毎日一通ずつ手紙が送られて来た。
俺の存在が気に食わないのか、はたまた俺が眞矢宮の家にいることが不愉快なのか……。
ここまでの執着を出せることにはもう呆れる他ない。
一昨日に送られた一枚目は眞矢宮へ宛てたであろう内容だ。
自分が如何に彼女のことを想っているのかが延々と綴られていた。
俺は完全に間男扱いで、絶対に救うとか助け出すとか見当外れな独善が透けて見えたそれを眞矢宮の目に触れさせるはずがない。
昨日の二枚目は俺に対する誹謗中傷だった。
やれクズだの眞矢宮のことは身体目当てだの……これでもかと勝手にこき下ろされていたが、こんな謂われの無い暴言なんて中学時代で慣れている。
むしろこうして矛先が俺に向けられている分には、眞矢宮に被害は及ばないだろうからまだ良いだろう。
そもそも俺は自分が清廉潔白な人間だとは思っていない。
的外れではないがそんなに気にすることでもないのだ。
というわけでこれも特に効果は無し。
そして今日も送られた三枚目は、眞矢宮と俺が二人でいる時の様子を盗撮した写真が入っていた。
しかも俺が写っている部分だけマジックで黒塗りにされていて、もっと言えば刃物で刺した様にズタズタに引き裂かれている。
これはこの写真みたいに俺を殺すぞという脅しだろうか?
よっぽどストーカーにとって俺は邪魔者らしいが、少なくとも直接出てこない相手にビビる必要も無いな。
昨日までの手紙も含めて警察に送ってはいるが、いずれも指紋とかは付いていなかったらしい。
相変わらずの慎重さに、少しは焦ってくれよと辟易するばかりだ。
一方で眞矢宮との生活はというと……。
「ごめんなさい、康太郎くん。今日も……」
「分かってる。隣、入るぞ」
「ありがとうございます……」
恥ずかしそうに……でもどこか怯えた様子の彼女のベッドに俺も入る。
着替えと入浴とトイレ以外では常に同じ部屋で過ごし、夜になると添い寝を懇願される日々が続いていた。
身近に迫っているストーカーの脅威に対する不安から、一人で寝ようとすると夢にまでストーカーが出て来そうだという。
実際に昼間の眞矢宮は時折、眠そうに瞼を擦る姿をよく見掛けていた。
このままでは睡眠不足で体調を崩してしまうため、安眠策として俺が彼女の部屋で寝ることになり、せっかく用意してくれた部屋は着替え以外に使っていないのが現状だ。
信頼されているとはいえ無防備ではないかと思うものの、一人になるのが怖いという心情はなんとなく共感出来る。
加えて守ると言った手前、断ることが出来ないでいた。
そんな事情を思い返しつつ隣に添い寝すると、眞矢宮が無言で俺の手を握って来る。
程なくして至近距離に映る綺麗な顔に少しだけ安堵の色が浮かぶ。
「康太郎くんと手を繋いでいると、とっても安心出来ます」
「……それなら、護衛冥利に尽きるよ」
隣で寝るだけでストーカーへの不安が和らぐなら安いもんだ。
だが眞矢宮は不満そうな面持ちを浮かべる。
「少しくらい意識してくれても良いじゃないですか……」
「俺と星夏の関係を知ってるなら、女子と隣で寝るくらい慣れてるって分かるだろ?」
「そうですけど……」
どうやら俺の反応に納得がいかない様だが、三日もこうしていれば慣れるに決まっている。
異性に好かれている嬉しさはあるが、もう三日も顔を合わせていない星夏のことを想うと素直に喜べない自分がいた。
彼女とは一応メッセージでやり取りはしているものの、どうにも味気が無くて寂しさは募るばかりだ。
だからって眞矢宮に素っ気なくすることも出来ず、中途半端が拭えない自分の不甲斐なさに呆れる他ない。
こんなんでけじめを着けられるかどうか……。
まだストーカーは捕まってはいないが、星夏と気持ちを通わせたことを打ち明けた方が良い気がする。
……ダメだ。
絶対に気まずくなるし、そうなると護衛どころじゃなくなる。
事を進めるにはストーカーを捕まえるしかない。
この先延ばしも何度目か……キリの無い思考を止めて、目の前の眞矢宮が安眠出来る様に意識を向ける。
「ほら。明日は買い物に行くんだろ? 早く寝とけ」
「むぅ……」
俺の正論に彼女は不満げに唇を尖らせる。
とはいえ反論はせずにそのまま目を閉じた。
ここ三日間はストーカーを警戒して出掛けていなかったので、たまには外の空気を吸おうと買い物に行くことにしたのだ。
少しでも恐怖を紛らわすためか眞矢宮はデートだとか言っていたが、ストーカーに俺達が付き合っていると思わせるためにも、案外そういう気持ちで臨んだ方が良いかもしれない。
そんな考えを伝えるとむしろ乗り気になったくらいだ。
そのために寝坊する訳にはいかないということで、彼女は渋々ながら引き下がったのだろう。
やがて眞矢宮が穏やかな寝息を立て始めたのを合図に、俺も明日に備えて寝入ることにした。
……。
…………。
そうするはずだったんだ。
「──……」
不意に、微かな音によって鼓膜を小さく揺らされた。
気付けば寝入っていたと微睡む意識の中で自覚し、耳をすまして音の正体を探る。
「は……っ、ぁ……!」
やがてそれは人の声だと悟る。
その声音はどこか苦しくて切なそうで、でもどこか甘い色を含んでいる様だった。
どうしてそんな声が聞こえるのか分からず、頭に疑問符が浮かぶばかりだ。
目を開けて確かめるべきなんだろうが、それすら億劫に感じる程に眠気が強かった。
「んっ、ゃ……ふ……」
そんな眠気に負けないという風に、声が脳へと焼き付いていく。
耳元で飛び回る蚊みたいに割って入って、微睡みに誘われる意識を繋ぎ止めようとして来る。
いっそ耳を塞ごうと右手を動かそうとした瞬間、手の平に柔らかな感触が伝わった。
掴んでいるモノの正体を確かめようと指を動かせば、それはクセになる弾力で以て指を押し返して来る。
「あっ……! んんっ、ぅ……」
しかも手の動きに釣られて一際大きな声が聞こえて来る。
手を離そうにも手首を掴まれている様で、寝惚けた膂力では全く引き離せない程に力強い。
よく耳を傾ければ声に紛れて、ピチャピチャと水の滴る音も聞こえて来た。
雨でも降っているのか?
そう思ったものの、鼻を擽ったのは雨の匂いではなく淫靡な香りだ。
どういうことなのか考えるより先に、それは聞こえた。
「ぁん……、もっと……触って……。あっ、もぅ……~~~~~~~~っっ!! ハァ……ハァ……好き、好き……。
──康太郎くん」
「──っ!!」
ここでようやく俺は目の前で起きていることを察する。
キュッと心臓が締め付けられた様な驚愕と共に目を開けた。
そうして視界に映ったのは、近いが故に薄明かりの中でもハッキリと分かる眞矢宮の──声の主の姿だ。
彼女が着ていたワンピース風の寝間着は胸元がはだけており、露わになっている胸の片方に俺の手を押し付けていた。
つまり俺が触っていたのは眞矢宮の胸だったのだ。
当人がコンプレックスに感じているそれは、小さいながらも触れれば独特の柔らかさを持っている。
視線を下に移すと、彼女はもう片方の手で自らの秘部を弄っていた。
先の水温の正体は……言わずとも悟れるだろう。
もう誤解の余地すら無い程に……あろうことか眞矢宮は俺が寝入った後で自慰に耽っていたのだ。
真っ先に思ったのは『信じられない』という現実逃避だった。
俺が知る眞矢宮海涼という女の子は、性的な要素とは掛け離れた品行方正で清楚な性格だったはずだ。
こう言ってはなんだが自慰なんてしたことがないだろうと思い込んでいたし、何なら結婚するまでセックスもしないだろうと思っていた。
言わば『性欲を欠いて生まれた純真無垢な女の子』というべきだろうか。
きっとストーカーも懐いているであろう、如何にも童貞臭い印象を俺でも感じていたのだ。
それ程までに彼女の持つ雰囲気は清純なモノだった。
だが実際はなんてこともない。
星夏の様に女子にだってある性欲が、眞矢宮にもあっただけだ。
特に俺が泊まりに来ていることで我慢し続けていたものの、今になって限界を迎えたのかもしれない。
隣で俺が寝ているから……ということはないだろう。
何せ人の手を無遠慮に使っていることから、明らかに回数は踏んでいることが見て取れる。
そうでなければ普通はこんなことをしないはず。
むしろ彼女が誰を想って自慰に及んでいるのか分かるからこそ、俺は困惑を隠しきれないのだ。
何も見なかったことにしようにも、既に眠気なんて吹き飛んでしまっている。
こんなことは星夏との間にも起きた試しは無く、まるで対処が思い浮かばない。
何とか穏便に済ませる方法に頭を悩ませていると眞矢宮が動き出した。
咄嗟に目を閉じて寝たふりをするが、ベッドの軋み方から彼女は俺に覆い被さるような姿勢になったのだと悟る。
何をするつもりなのか気になって仕方がないが、実は起きていてあんなあられもない姿を見たなんて知られたら気まずいどころの話じゃない。
目を開けられないジレンマに苛まれつつ彼女の出方を窺っていると、頬に生暖かい息が伝わって来る。
さっきまで自慰に耽っていたせいかやけに艶めかしい息遣いで、見えなくとも顔を近付けていると察した。
まさかこのままキスをするつもりなのだろうか?
なんて矢先に……。
「私の初めて……ストーカーに奪われるかもしれないなら、いっそのこと──」
「っ!」
「……なんて流石にダメ、ですよね」
「……」
不穏なことを口走られて反射的に身構えたものの冗談だったのかすぐに思い直したのか、眞矢宮は姿勢を戻してゴソゴソとはだけていた寝間着を直してから再び寝入った。
先の言葉から考えるに、彼女が行為に及んだのは単に性欲が溜まった訳ではないかもしれない。
多分だが……ストーカーへの恐怖を紛らわせたかったのか?
こんな生活を続けてストレスが溜まらないはずがないから無理もないだろうが……いずれにせよ今の俺には寝る気力なんてなかった。
いくら星夏とセックスの経験を積んでいようが女子の……よりにもよって好意を寄せてくれている眞矢宮の自慰に遭遇して、すぐに寝れる様な図太い神経はしていないんだ。
忘れたくても忘れられない光景に悶々とした気持ちを紛らわそうと、星夏は今頃ちゃんと寝ているのだろうかと想いを馳せるのだった……。
==========
余韻ぶち壊しになるんですが、一昨日実装された宵宮と早柚ちゃん引けました。
ただ、綾華の聖遺物厳選が全く進展しないんで、宵宮の育成はかなり後回しになる模様。
次回は8月19日に更新です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます