#84 刺す刺す、胸の痛みよ


【星夏視点】


「荷科君、星夏さん。巻き込んでしまって申し訳ありませんでした……」

「謝んな。悪いのはストーカーで眞矢宮は被害者だろ」

「そうだよ海涼ちゃん。あんな気持ち悪いの見せられて怖がらない方が難しいよ。だから気にしないで」


 海涼ちゃんの家のリビングに入るなり、すっかり気落ちした彼女から謝罪された。

 もちろんこーたの言う通り、どう考えても悪いのはストーカーであって、海涼ちゃんは何一つ悪くない。


 彼女の悲鳴を聞いて駆け付けた後、こーたは110番で警察に通報した。

 軽い事情聴取を受け終えた時にはもう夕ご飯の時間を超えていたので、外食を済ませてから海涼ちゃんの家に帰って来たばかりだ。

 例の手紙は指紋がないか警察の人が調べているけど、こーた曰く前回の手紙にも指紋は出なかったから今回も出ないかもしれないんだって。


 海涼ちゃんのストーカーのことは断片的にしか知らないけど、犯人は憎たらしいくらいに慎重なんだとか。

 三ヶ月も大人しくしてるんなら、そのまま諦めたら良かったのになんて毒づきたくなる。


 犯人を憎む気持ちはあるけど、今は海涼ちゃんの方が心配だった。

 顔色は未だに真っ青で、警察署にいた時や今だって身体を震わせたままだ。

 あんな紙一枚でここまで怯えさせられるなんて、当時の被害はどれだけ恐ろしかったのかアタシの想像力じゃ少しも追い付かない。

 

 ただ傍に居て慰めることしか出来ないのが悔しかった。


「こーた。警察の方はどうするって?」

「巡回の強化と周辺地域に不審者の情報提供を呼び掛けるんだってさ」

「なにそれ、どう考えても足りなくない? 海涼ちゃんはこんなに怖い思いをしてるんだよ!? 警備とかつけられないの?」


 事態の深刻さを理解していないような配慮の足りない対応に、こーたが悪いワケじゃないのについ怒鳴ってしまう。

 こーたはそれを分かっているからか、同意の代わりにため息を吐きながら続ける。


「正直これでもマシな方だろうよ。規制法が見直されてるって言っても、ストーカー被害っていうのは実害が出るまで窓口相談止まりの方が多いんだ。眞矢宮の場合は一回襲われてるからがっつり警戒入るかと思ったんだが、犯人が特定出来ていない以上ヘタに張り付くと逃げられる可能性が高いし、一般家庭に警備を付けられる程余裕は無いんだとさ」

「そんな……」

 

 何とも頼りない警察の対応に愕然としてしまう。

 手が回らないからって、被害者を確実に守るより犯人を捕まえる方が大事ってこと?


 そりゃ理屈の上では間違っていないと思うけど、要は捕まるまで我慢しろってことでしょ?

 その間に海涼ちゃんがどれだけ怖い思いをしながら日々を過ごさなきゃいけないのか、ちゃんと考えているのか訝しんでしまう。

 

「そもそもよっぽど露骨か正確な事前情報が回ってこない限り、起きる前の事件の対応は難しいなんてレベルじゃないんだ。完璧に阻止しろなんて言葉は百パーの未来予知をしろっていうのと同じなんだから、後手に回ってもカバーできる分にはまだ良い方だって思うしかねぇよ」


 それでも頼りないって思うのは無理も無いけどな。

 納得した様な口振りなのに、こーたは腑に落ちないみたいに言った。

 警察の対応に不満があるのは同じなんだ。

 

 そう理解して憤る気持ちを抑え込む。

 

「眞矢宮。両親はどうしてるんだ?」

「えっと……昨日から海外出張に行っているんです。先程手紙のことは伝えましたが、大事な商談中でどうしても抜けられないそうで、お盆までは帰ってこられないと……」

「それまでこの家に眞矢宮が一人きりってことか……」

「今日まで何もありませんでしたし対策もしていましたから、私も心配しなくて良いと言ったのが裏目に出てしまいました」

「裏めったにしてもタイミングが良すぎでしょ? 明らかに眞矢宮家の予定を把握してたとしか思えないんだけど……」


 海涼ちゃんが一人の時を狙って動くなんてどう考えてもおかしいもん。

 盗聴器とか仕掛けたのかな?


 ストーカーなんてする人の考えは微塵も理解出来ないや。

 特にしたいとも思わないけど。


「そういえば監視カメラの映像を警察に渡したんだよね? どうだったの?」

「あれなぁ……渡す前に何回か見たんだけど、庭に手紙の入った小箱を投げたヤツは映っていなかったんだ」

「小箱は映っていたのに不気味でした……」

「監視カメラに映らない場所から海涼ちゃんに見つかりやすい位置に投げたってこと?」


 なんて自分で言っておいてなんだけど向こうにとって上手く行き過ぎな気がする。

 普通に塀の外から投げるならまだしも、監視カメラの死角から投げるとなるとあらぬ方向に飛んでいったりするだろうし、正確に投げるにはそれなりの技術が必要なはず。

 野球の経験があるとか?


 悶々と考えたところで分かるはずもなかった。


「多分ドローンでも使ったんだろう。無駄にせこい真似しやがって」


 あ、その手があったか。

 それならカメラに映らなくても狙った位置に小箱を落とせる。

  

 こーたの推測は目から鱗で、なんだか探偵になった気分だった。

 そんなちょっとズレたことを考えていた時だ。


 ~~♪


 不意に軽快な音楽がリビングに響き出した。

 いきなりだったからちょっとだけビックリしちゃったのは内緒だ。

 

 警察からかな? 


「すみません。私のスマホです……雨羽さんから着信?」


 え、なんでこのタイミングで雨羽会長が電話を掛けてきたの?

  

「それ、俺から先に連絡しておいたんだ。情報の扱いならあの人が一番頼りになるからな」

「へぇ~枦崎君繋がりなのに詳しいんだね」

「なんでちょっと嫌味気味?」

「別に何でもないし」


 本当はこーたに頼られてることが羨ましいだけ。

 仕方が無いことだとはいえ、やっぱり妬けるモノは妬けてしまう。


 ともかくこーたの後押しもあって、海涼ちゃんは雨羽会長からの電話をスピーカーモードに切り替えてから通話ボタンを押した。


「も、もしもし」

『こんばんは眞矢宮さん。いきなり電話を掛けてごめんなさいね?』

「いえ。荷科君が雨羽さんを頼ったのであれば、何かしら解決の糸口を掴めるかもしれないんですよね?」

『絶対とは言えないけれども、出来る限りの力を尽くすつもりよ』


 おぉ~かっこいい。

 流石うちの高校でカリスマ生徒会長なんて呼ばれる人だ。

 

「ありがとうございます。それで──」

『手紙の件については既に把握済みよ。監視カメラの映像も見たけれど、犯人は本当に腹の立つくらい慎重の様ね』

「えっ早くないですか?」


 経緯を説明しようとした海涼ちゃんを遮って、雨羽会長はサラッと凄いことを言われて思わず口を挟んでしまう。

 いやだって現場にいないと分からないことがあったはずだよ?

 いくら情報の扱いに長けてるからって、そんなに知られてると警察の守秘性を疑ってしまいそうになる。


『ふふっ。ちょっとハッキングしただけよ』

「え」

『なぁ~んて冗談よ。叔父が警察署長でね、前々から眞矢宮さんのストーカーのことで情報を渡して貰えるように頼んでいたのよ』

「あ、あ~なるほど~……?」


 そんなアタシの反応に、雨羽会長はスマホ越しでクスリと微笑みを零しながら情報の出所を明かしてくれた。

 あれ、でもそれって立派な情報漏洩なのでは?

 いっそう疑念が深まった気しかしなかった。


『何でもかんでも教えて貰ってる訳じゃないし、貰った情報を精査して叔父に返すことで捜査協力をしているから、ギブアンドテイクはきっちりと行っているわ』

「いやもうやってることが探偵と変わらないんじゃ……」

『叔父さんには是非とも警察官になって欲しいなんて言われてるけどね。っま、それは置いておきましょう』

  

 いやいやスルーが難しいスカウトを聴かされたんだけど!?

 そう思っても話の腰を折るワケにもいかなくて、口を噤むしかなかった。


『話を戻すけれど、残念ながら手紙と小箱から犯人の指紋は検出されなかったわ』

「ッチ。まぁあの慎重さで指紋を残す様な凡ミスは期待するだけ無駄か」


 会長からの報告にこーたが煩わしそうに舌打ちする。

 

 ぶっちゃけ、そんな慎重さがあるならストーカーなんて完全に犯罪なんだから、大人しく止めれば良いのに。

 それが出来ないくらいに海涼ちゃんが好きってことなんだろうけど、ここまで怯えさせる様な好意なんてただ気持ち悪いだけだ。

 好きの二文字に込める想いは十人十色とはいえ、アタシがこーたに懐いている好きとストーカーの好きは全く別物だと言い切れる。

 

『正直、この慎重さを相手にしていたら埒があかないわ。そこで一つ。こっちからいっそ犯人を誘き寄せて見るっていうのはどうかしら?』

「誘き寄せる……?」

『えぇ。危険が伴うし気持ち的な面でやりたくなかったんだけれど……犯人を捕まえるためなら仕方が無いわ。そのためには眞矢宮さんはもちろん、康太郎君には特に負担を強いることになってしまうけど……』


 作戦を提案しようとする会長の声音はどこか申し訳なさそうだ。

 被害者の海涼ちゃんよりこーたの方が負担が大きいなんて、どんな作戦なのかアタシにはまるで予想が出来ない。

 そもそもやりたくなかった理由を言わないっていうのが引っ掛かるんだけど……。


「良いですよ。俺が苦労するだけで眞矢宮が普通に過ごせる様になるなら、出来る限りのことはします」

「荷科君……」

「……」


 どんな内容なのか聴くよりも先に、こーたは会長の案を受け入れてしまう。

 他でもない自分のためとあって、海涼ちゃんはうっとりとした面持ちを浮かべる。


 その様子を見て、胸の奥に針が刺さった様な痛みが走る。


 反面というか当然と言うべきか、アタシは何一つとして面白くない。

 状況的に仕方が無いっていうのは理解しているけど、こーたが他の女の子を優先するのは不満だ。

 でもそんな優しいとこがこーたの良いところなんだから、口を挟まなかっただけ上出来だと自画自賛してなんとかクレバーになる。


『ありがとう。では作戦の内容を単刀直入に言うわね。康太郎君。眞矢宮さん』


 雨羽会長はそこで言葉を区切ってから、ストーカーを誘き出すための方法を告げる。

 それは……。











『二人には恋人の振りをして貰うわ』


 ……。


 …………。


「──ぇ」


 淡々と告げられた作戦に、アタシは自分以外の誰にも聞こえない声量で茫然と零す。

 

 胸を刺す痛みが針から、鋭利なナイフに変わった様な錯覚をする程に大きくなった気がした。


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次回は7月20日に更新です。

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