#82 依存とは善悪が表裏一体している
【星夏視点】
帰りの電車は何事もなく平穏だった。
行きと違ってこーたと恋人寸前まで進展してるけど、表面上は今までと変わりなく接しているのもあって皆……特に海涼ちゃんに不審がられることもなく、内心で胸を撫で下ろしたモノだ。
駅で会長達と別れて、アタシとこーたは未だ捕まらないストーカーから海涼ちゃんを守るため、彼女を家まで送っていた。
「はぁ~旅行楽しかったねぇ~」
「はい! 他の皆さんもいい人でしたし、また一緒に出掛けたりしたいですね!」
道中、アタシは海涼ちゃんと旅行に対して満足気に語り合っていた。
まさかお父さんだったあの人との一方的に再会するなんて思わなかったけれどね。
海涼ちゃんが自分以外は別の高校に通っている中で、遠慮しないか心配だったけどそれも杞憂だったみたい。
特に会長とは連絡先を交換したらしいし、色々あったものの得られるモノが多かったと思う。
「それなら再来週の夏祭りも旅行のメンバーで行ってみようよ」
「良いですね! でしたら、浴衣は家にあるモノを貸しましょうか?」
「おぉ風情ある~。お祭りまでどんな柄があるか見に行っても良い?」
「もちろんです。星夏さんだけなく雨羽さんも呼んだ方が盛り上がりそうですね」
次第にアタシ達は夏祭りの話題で盛り上がる。
祭り……去年は当時付き合ってた彼氏と行ってたっけ。
私服で行ったけど浴衣を着た方が良かったか聴いてみたら、祭りが終わったらエッチしたいから着ない方が良いなんてムードの欠片もないこと言われたなぁ。
ホント、もっと早くこーたを好きになればあんなこと言われなかったのに──って、もう過去を振り返るのはやめやめ!
これからはちゃんとこーたと幸せになってくって決めたんだから!
また自嘲しそうになった自分を心の中で律して、前向きになる様に鼓舞する。
そうして海涼ちゃんと祭りの準備について話を進めていく内に、気付けば彼女の家に着いていた。
「三日間ありがとうございました」
「こっちこそ、海涼ちゃんと一緒に行けて楽しかったよ」
「俺も誘った側として眞矢宮が楽しんでくれて良かった」
恭しく礼を告げる海涼ちゃんに、アタシは畏まることなんてないって気持ちを乗せて返して、それに続いてこーたも答える。
アタシ達の言葉に、海涼ちゃんは思わず見惚れちゃいそうな笑みを浮かべてから、門を開けて中へと入って行った。
それからこーたと二人きりになったけど、なんか改めて両想いなんだって解ると沈黙が妙に落ち着かない。
何か話さなきゃって思うんだけど、変に緊張して上手く言葉が出てくれない感じだ。
うぅ……なんか恥ずかしいなぁ。
こーたもなんで何も言ってくれないの?
なんかよゆーぶっててムカつく。
身勝手な話だけど、両想いなんだからもっと意識して欲しい気持ちが出て来る。
あ、そーだ。
「こーた。海涼ちゃんとはどうやってけじめを着けるつもりなの?」
「あ~それなぁ……」
突然の問い掛けにこーたは気まずそうに顔を顰めた。
コレはあれだ、海涼ちゃんとどうけじめを着けるか悩んでるヤツだ。
「……やっぱ、普通に星夏と想いを通わせたと言うだけじゃダメだよな?」
「絶対やめた方が良いよそれ。告白する前に振るみたいで後悔しか残らないと思う」
「だよなぁ……」
告白されて断るだけならまだしも、そんな拒絶する様な真似をして悔恨を残してはとてもけじめを着けたとは言えない。
だからといってなぁなぁに引き延ばすのも違う。
アタシとこーたみたいに、あまり長引かせると却って問題が拗れるのは明らかだもん。
そもそも告白っていうのはした時点で否が応でもそれまでの関係をぶち壊しにしてしまう。
こーたがずっとアタシに告白出来ないでいたのも、今までの関係を壊したくなかったからって理由があったからね。
どーせこーたのことだ。
海涼ちゃんの想いに応えられなくとも、友人としての付き合いを続けたいと思ってるに違いない。
浮気の可能性を失くしたいから、出来ればアタシ以外の女子と距離をおいて欲しいけど、海涼ちゃんならまぁ友達としてなら良いかなって思う。
アタシもそう思えるくらいには、海涼ちゃんという女の子はとっても良い子なんだから。
こーたがここまで悩むのも、きっと彼女に気を許してる証拠なのかもしれない。
向こうからしたら、友人止まりなのは不満でしかないだろうけどね。
まぁこーたの性格を考えたら、少なくともストーカーの件が片付くまではけじめは後回しになるかな。
変に悔恨を残したままじゃストーカーを相手にする余裕が失くなっちゃうもん。
それまではこーたが海涼ちゃんと仲良くしてても……うん、我慢しよう。
「眞矢宮はよく勝算の無い告白をしたよなぁ」
「ホントそれ。アタシだってこーたを好きって自覚してもいきなり告白するのは躊躇ったもん。だから一杯アピールして好きになって貰う方が、成功しやすいかなって思ったんだけど、本当は二年前から好かれてたなんて考えもしなかったなぁ」
「うぐ……っ」
少し照れ臭いけど、こーたに好かれようと自分なりに夏休み前から露骨にアプローチを仕掛けていたことを明かした。
それを聴いたこーたは顔を赤くしながら黙り込んだ。
……ちょっと。
そういう反応されるともっと恥ずかしくなるんだけどー?
アタシ達ってキスもエッチもしてるのに、こういう些細なことにとことん弱いと痛感してしまう。
まぁでも、やっと思い描いていた恋が出来て幸せな気持ちが勝ってるわけですが。
それはともかく。
「いくら見た目に自信はあっても、ビッチの噂があるしセフレだから意識されてないかなって思ってたもん」
「普通だったらそうだろうが、俺の場合は鬱屈してた気持ちに寄り添って貰えただけじゃなくて、命を救われてる上に童貞持って行かれてるんだぞ? 惚れない方がおかしいと思う」
「あぅ……」
こーたの返答に今度はアタシが絶句させられた。
事実を羅列しただけなのにフィクション感がハンパないし、それをやったのが自分ってことがもっと信じられない。
アレだ、事実は小説よりも奇なりってヤツ。
思い返せば確かにアタシがこーたの立場でも好きになりそうだ。
「あの時は他でもない星夏だったからこそ、俺は救われたんだ」
「……そっか」
どんなに実感が湧かなくても、あのことが本当にあったからこそこーたはアタシを好きになってくれた。
遠回しな告白に聞こえなくもないそれを聴いて、なんとも嬉しい気持ちになってくる。
「……あの時はただこーたに死んで欲しくない一心で一杯一杯だったけど、アタシ達って思ってた以上にお互いがいなくちゃいけないみたいだね」
「──っ」
手だけでなく指も絡める恋人繋ぎをしながら、満面の笑みを浮かべて告げる。
想いを通じ合わせたのもあって、普通だったら恥ずかしくて言えないことも言えちゃった。
我ながらプロポーズの様な言葉だったけれど、こーたは幸せそうに笑みを浮かべる。
今までだったら何かしら冗談めかしたり皮肉を返したりするクセに、こういう時は素直になるんだから。
なんて思っていると……。
「──星夏に振られたら、多分また死のうとしてたかもしれない」
「え?」
突然の言葉にアタシは思わず目を丸くしてしまう。
些か唐突ではないだろうか。
だけど、これは紛れもない本心から出た気持ちだと察する。
「いつまでもセフレのままじゃいられないって分かってたから、星夏を幸せに出来るヤツが出来たら潔く身を引こうと思ってたけど、実を言うとその先で生きていける自信がまるでなかったんだ。分かってたのは星夏がいなくなった日常の空っぽの重さが、途轍もなく怖くて耐えられそうにないってことだけでさ……」
情けなくて未練がましくて、いざその時を考えた途端に足元が崩れる様な漠然とした恐怖に苛まれるという言葉。
きっとアタシが彼氏を作る度にそれを感じて来たのかもしれない。
それでもこーたはアタシへの好意を鈍らせることはなかった。
「だから星夏が俺を好きになってくれたって気付いた時、めちゃくちゃ嬉しかったしめちゃくちゃ安心した。でもそんな依存みたいな気持ちで星夏と付き合って良いのかって悩んで、両想いだって分かっていたのに昨日まで告白出来なかった。……悪いな、急にこんな情けない話をして。忘れてくれていいからな」
真剣な話の最後に、こーたは照れ臭そうに頬を掻きながらそう締めた。
自分の後ろ向きな考えを明かすなんて、きっと物凄く勇気が必要だったと思う。
だというのに恥を忍んでもこの場で話したのは、こーたにとってアタシの存在がどれだけ大事なのかを伝えるためだ。
こうして客観的に捉えられる時点でちゃんと伝わってるんだけど……触れなくても判るくらいに頬が熱い。
鏡が無くても自分が赤面しているんだって悟れる。
遅いだろうけど、赤くなっているであろう頬を隠すように両手で覆って隠すのが精一杯だ。
「う、ぇ……あ~もう! そんなガチのベタ惚れされてたのに気付かなかった自分がイヤになる!」
少しでも恥ずかしさを紛らわせようと、敢えて自嘲を口にする。
こーたってば、どんだけアタシが好きなんだ。
告白したからなんか吹っ切れてない?
心臓のドキドキが元に戻ってくれそうに無くて、無性に悔しい思いが湧いてくる。
だからアタシはこーたの腕を抱き寄せる。
ガッシリと逞しくて頼りになる男の子らしい腕にさらにドキドキしちゃうけれど、離すまいと両腕に力を込めて抱き着く。
「だ、大体……それを言ったらアタシだってこーたの優しさに甘えてたんだし、もう立派な共依存だよ。でもお互いが必要で好き同士なんだからそれで良いじゃん」
「……そうだな」
結局行き着くのはそういう結論だ。
共依存だろうと、お互いを助け合って支えていけるなら何も問題は無いよね?
恋人の一歩前止まりのアタシ達が本物の恋人になるためにも、自分達のけじめをしっかりと着けよう。
互いにそう密かに決意した。
その時だった。
「──イヤアアアアアアアアァァァァァァァァッッ!!!!」
「「っ!!」」
雰囲気を壊す様に後方から悲鳴が響く。
正直、それだけだったらまだ良かった。
でも声音は尋常でない悍ましさを含んでいて、何よりアタシ達が驚かされたのが……。
「い、今の声って……海涼ちゃんの、だよね?」
「っ! まさか……!」
声の主が先程別れたばかりの海涼ちゃんだったことだ。
アタシの疑問に答えるより先に、こーたは悲鳴の要因を察して一気に来た道を走って戻る。
その背中をアタシも慌てて追うけれど、こーたの方が足が早いから全然距離が縮まらない。
幸い、そこまで離れていなかったから、程なく海涼ちゃんの家に着く。
自宅のポスト前に座り込んでいる海涼ちゃんは、まだ昼過ぎなのに真っ青な顔色で全身を震わせていた。
「眞矢宮!!」
「海涼ちゃん、大丈夫!?」
「っ! ぁ、はす、か、君……」
彼女の服が乱れていたり近くに人のいる気配が無いことから、例のストーカーが現れた訳じゃないと少しだけ胸を撫で下ろす。
でもそれなら、海涼ちゃんは一体何が原因でこんな恐慌状態になったんだろう。
その答えは彼女のすぐ傍に落ちていた。
封が開けられた小さな箱、その中から一枚の紙が出ている。
胸のざわめきを感じながらそれを拾い上げて目を通した途端……。
「──ひっ!?」
あまりの悍ましさに思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
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ま た
せ て ご
め ん ね
も う す
ぐ
む か え
に い くか
ら
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それは新聞紙の字を切り抜いて雑に貼り付けた手紙とすら呼べない怪文書。
待たせた?
迎えに行く?
これが長年離れていた家族か恋人からなら、やっと会える喜びを感じられるはずだけど、この手紙の文章からは嫌悪感を募らせる悪質な執着しか感じられない。
アタシですらこんな気持ちになるんだから、この執着を直接向けられている海涼ちゃんの恐怖はどれだけ凄まじいんだろうか。
三ヶ月も息を潜めていた彼女を狙うストーカーが、遂に動きを見せたと悟らせるのはあまりにも唐突すぎる瞬間に、アタシとこーたは息を詰まらせるしかなかった……。
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これにて三章完結です。
続く四章は鋭意執筆中ですが、書き溜めが不足しているため二週間程空けさせて頂こうと思います。
頻度は変わらず3日に1話になります。
目処が立ったらTwitterと近況ノートにてご報告致しますので、作品フォロー等はそのままでお願いして頂けたら幸いです。
それではまた次の機会に。
ではでは~。
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