#81 ほろ酔いうぉーず
「も~遅いよこーたぁ♡ あたしが寂しいのヤなの知ってるでしょ~?」
「わ、悪い……」
部屋に戻ったら様子のおかしい星夏が抱き着いて来た。
ただ抱き着くだけに飽き足らず、猫みたいに胸に顔を擦り寄せて甘えている。
何というか、目はトロンとしていて顔が妙に赤い。
おまけに身体をグイグイ押し付けるもんだから、腹に柔らかい胸の感触がダイレクトに伝わって来る。
この柔らかさから察するに、またブラをしてないなコイツ。
自分からセックスは禁止とか言ったクセに誘う素振りをするなと問いたいが、彼女が正常でないことは明らかだ。
部屋を出る前は普通だったはずだが、こんなデレデレになるなんておかしい。
……いや、別におかしくもないか?
まだ付き合っていないとはいえ、俺と彼女は両想いで告白までしている。
そんな俺に甘えたがるのも当然かもしれない。
言ってたら恥ずかしくなって来るなこれ。
内心に過った謎の羞恥に頭を抱えたくなるが、そんな暇はないとすぐさま考え直す。
何せ眞矢宮が同室なんだ……って今朝にも同じこと言った気がするな。
星夏の父親のことといい、なんでこうもトラブルが起きるんだか。
とにかく、今の星夏を眞矢宮に見られたらまずい。
慌てて部屋を見渡して眞矢宮の姿を探すと……。
「ん~? はれ~? どぉしてはしゅかくんがいるんでしゅか~?」
あっちもぽやんぽやんになっていた。
顔色も表情も星夏と全く同じで、テーブルの前に座った姿勢のまま俺を見やる。
同室であることすら忘れている口振りから、考えるまでも無く星夏と同じ症状だと悟った。
つまりさっきの甘える云々は俺の勘違いという訳だ。
すぐにでも床をのたうち回りたいくらい恥ずかしいが、今は二人がこうなった原因を探る方を優先する。
なんだ?
一体どうして星夏達はこんな状態に?
抱き着いている星夏が転ばないようにゆっくりと部屋の奥へ進み、何か無いか辺りを見渡していく内に……原因を見つけた。
座っている眞矢宮の前にあるテーブルの上、そこに開封されている一箱のチョコレートがある。
だがそれは普通のチョコではなく、中にはイチゴのリキュール……要はお酒の一種が含まれているモノだ。
なんでそんなモノがあるかというと、単純に俺がコンビニで買ったチョコだったりする。
いつか成人した時、バイト先の店長である真犂さんの作るカクテルを味わえる様に予習しようと思って買ったんだよ。
買う際に部屋でプチ宴会をしようと話し合ったから、星夏達が先に食べていても不思議じゃないんだが……。
恐らく二人はリキュールチョコに含まれている、僅かなアルコールで酔っ払ってるんだろう。
どう考えてもそれ以外思い付かない。
全部食べたならまだしも、残ってる数を見た限り二個しか食べていないことから、一人一個ずつ食べて酔っ払ったのか。
こういうのって未成年が摂取しても問題ない低濃度なんだけど、いくらなんでも弱過ぎだろ。
呆れるしかないが、早く二人に水を飲ませるなりして落ち着かせないと。
「星夏、眞矢宮。水でも飲んでおちつ──」
「やーでしゅー♡」
「うおっ!?」
声を掛けた瞬間、眞矢宮に後ろから引っ張られて星夏と一緒に倒れ込んでしまう。
「えへへ~♡ はしゅかくんの腕、がっしりしていましゅ~」
「ま、眞矢宮!?」
幸いにも後ろが布団だったから俺も星夏も怪我はしなかった。
が、眞矢宮はなんと俺の左腕をお気に入りの抱き枕の様にしがみついたのだ。
浴衣越しに女子特有の柔らかさが伝わる。
こっちもブラをしてないのが分かるし、何より厄介なのが左手が完全に眞矢宮の陰部に潜り込んでしまっている点だ。
気付いたらそうなっただけで、決して故意ではない。
むしろ緊張で震えることすら出来ないんだぞ。
まるで真綿で首を絞められる気分だ。
昨日の海上アスレチックの光景を思い返してしまう。
奇しくも似たような状況だ。
というか思い出すな、神経を別に向けろ。
互いのけじめが着くまでこういうのは避けるって約束しただろうが。
約束して半日も経たない内に破るなんて、それは星夏に対する裏切りだ。
そうやって自分を律しようとして……。
「こーたぁ! 海涼ちゃんばっか見ちゃダメぇ~! そんな悪い子にはおしおき!」
「は? 何い──」
突如不満を露わにした星夏に咄嗟に反論を試みた瞬間、唇が重ねられた。
「んっ、はむ……ちゅる……っ」
しかも濃厚な舌による絡み付きで。
驚愕のあまり無防備な俺の舌を星夏は貪る様に淫靡に絡ませていく。
……これさ、俺が怒っても問題ないよな?
なんで約束を持ち掛けた張本人が、酔っているとはいえ真っ先に破るんだよ。
呆れるしかないが女子に乱暴する訳にもいかず、結局されるがまま堪えるしかない。
「は、ん~っ」
つーかキス長いな。
星夏はアレだ、酔うとキス魔になるみたいだ。
眞矢宮にキスをする素振りを見せないことから俺……というか好きな相手限定のクセだろう。
嬉しいは嬉しいが、まだ恋人になっていない現状でこれは素直に喜べない。
なんて考えていたせいだろうか。
「はぁ……はぁ……はしゅかくんの腕、あったかいでしゅ~♡」
「うわ、待て待て何を始めようとしてんだ!?」
眞矢宮が上気した様な蕩けきった表情のまま、俺の腕に全身を擦り始めたのだ。
頬や胸を押し付けられる分にはまだ耐えられるが、太ももをもどかしそうに動かすのは本気でヤバい。
こっちは甘え上戸かよ。
というかこれは本当にダメだ。
なんでかって、そこに挟まれている俺の左手が眞矢宮の股に押し付けられるから……だけだったらここまで焦ったりしない。
その左手から伝わる感触から……。
──どう考えてもパンツを穿いていないんだよ。
ふざけんな!
二人揃ってなんで浴衣の下に何も着けないんだよ!
非童貞だからっていつまでも我慢出来ると思ったら大間違いだぞ!?
ちなみに男は童貞だった時よりも、女を知ってからの方が貪欲になっていくケースが多いらしい。
一度贅沢を知ると貧乏に戻りたがらないアレみたいなモノだろう。
唐突にそんなことを考えないと、理性が本気でマズい。
ふと思ったが、まさか星夏もパンツを履いてないなんてことないよな?
体勢的に確かめることは出来ないが、やったら多分取り返しの付かない気がするので留まることにした。
とにかく今は眞矢宮の方だ。
これで左手を動かしてみろ……星夏との約束を破るばかりか、殴られるだろうし最悪の場合は振られる。
眞矢宮からすれば棚からぼた餅の様な勝機なのかもしれないが、こんな形で結ばれるのは彼女の性格から考えて不本意だろう。
こうやって思考している間にも、現在進行形で星夏にキスをされ続けているわけだが、いい加減唇がふやけそうだ。
キツツキかお前は、なんてツッコミが脳裏に浮かんでしまう。
「はしゅかくん! せなしゃんばっかりチューしてずりゅいでしゅ!」
そして俺が星夏とキスしているのが羨ましいのか、眞矢宮が不服な面持ちで文句を言い出した。
先に訂正させて貰うが、断じて俺からキスをしている訳じゃない。
むしろ襲われてるって言えば勝てる被害者側だぞ?
が、そんな言い分は眞矢宮からすれば関係が無いらしい。
「みしゅじゅだって、はしゅかくんとチューしたいでしゅ!」
「むぅ~ぷはっ! ダメぇっ! こーたとキスしていいのはあたしだけなの!」
「チューくらいいいじゃないでしゅか! せなしゃんのケチ!」
「だ~め~!」
今度はキャットファイトが始まったのだから。
俺に意識が向いていない内に逃げたいところだが、正面に抱き着かれて左腕も拘束されたままなので逃げたくても逃げられない。
そもそも左手は依然として眞矢宮の股に挟まれたままだから、動けないことに変わりはなかった。
「みしゅじゅ、はしゅかくんのこと好きなんでしゅー!」
「あたしの方が好きなんだもん!」
「むー! みしゅじゅの方が大好きなんでしゅから!!」
「違うもん! あたしが一番大好きなのー!」
こんな状況で告白しないでくれ……。
そろそろ頭がパニックになりそうだ。
どっちも温泉に入った後だからか、やけに良い匂いするし柔らかいしでこれでもかと理性を削って来る。
あぁもうこのまま寝た方が良いかもしれない。
そんな諦観と共にまぶたを閉じる。
星夏と眞矢宮の口論は深夜を過ぎまで続き、当然間に挟まれていた俺は一睡も出来なかった
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翌朝。
今日は帰るだけだが、遅くまで寝られなかったせいで眠い。
朝陽の眩しさが苦痛に感じる。
だがこれでもまだマシな方だろう。
「キスはセーフキスはセーフキスはセーフキスはセーフ……」
「昨日は何もありませんでした昨日は何もありませんでした……」
なんとも質の悪いことに、二人は酔っている間の言動をハッキリと憶えていたのだ。
起きた彼女達が俺と一切目を合わせようとしなかったのはそれ以外に考えられない。
当然酔っ払っていない俺も憶えているので、揃って非常に気まずい状況となってしまっている。
そんなドキマギした状態で朝食のビュッフェに行けば、事情を知らない会長達にもなんとなく何かあったことだけは察せられてしまう訳で……。
「康太郎」
「……なんだよ智則」
「まさか、3Pでヤった──っんぶぎゅ!?」」
「悪いけど今はそんなふざけた発言に構ってる余裕はねぇんだよ」
「い゛だだだだだだだごめんなさいごめんなさい!!」
事実無根な上に火に油を注ぐようなことをほざく智則に、アイアンクローを決めて制裁を下す。
ちなみに俺の握力は60kg以上あり、これでも中学時代より多少落ちていたりする。
一応加減はしているから跡は残らないだろう。
そんなドタバタではあったが、朝食を終えた俺達はホテルをチェックアウトして帰路に着くのだった……。
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