#80 報告する相手はもちろん……


 星夏と晴れて想いを通わせたものの、互いに着けなければならないけじめを終わらせるために、それまでは恋人にならないことになった。

 二年も秘めた想いを告げた上でまだ待つのかと思わないでもないが、他でもない星夏自身が俺との関係を思ってそう提案したんだ。

 我欲に突っ走って失望されては元も子もない。


 それでも限りなく恋人に近付けたことには違いないだろう。

 まだ成就したと言い切れる状態ではないが、全く脈が無かった頃から考えれば大躍進と言っても良いレベルだ。

 そんな感慨深さを秘めたまま、ホエールウォッチングに行っていた会長達と合流してからコンビニに寄りつつホテルに戻り、夕食中に智則から間近でクジラを見た感想を聞かされたり、賑やかなまま時間は過ぎていく。


 やがて俺は温泉を出てから、前もって受けていた呼び出しのためにロビーにいた。

 程なくしてやって来たその相手とは……。



「さて、どれだけ進展したのか訊かせてもらおうかしら」


 今回の旅行の企画主である雨羽会長だ。


 実を言うと、彼女はホエールウォッチングの予約時間を間違えてなんかいない。

 今朝、尚也に背中を押された後に星夏と二人きりになれる状況を作って貰える様に頼んだ結果だ。

 わざと終了時間の合わないホラーアトラクションを挟むことで、俺達が残る様に仕向けたのである。


 星夏に最初の告白した場所も、事前に彼女から絶好のポイントだと薦められていた。

 なんで初見のモールでそんなピンポイントなスポットを割り出せたのか疑問はあったが、恐らく俺が行動に移した場合を想定していたんだろう。

 相変わらず末恐ろしい。


 まぁあそこでハルちゃんとその両親……もっと言えば星夏の父親に出くわすとは思わなかったが。

 いくら情報収集能力に長けた会長でも、そんな邂逅を予想することは出来なくとも無理は無い。

 むしろ出来たらそれはもう未来予知の領域だろう。


 ともあれ星夏と二人きりになるために協力を仰いだ対価として、雨羽会長には報告をする様に要求されたのだ。

 どんな報告を聞けるか期待を隠さずに笑みを浮かべていることから、この瞬間を楽しみにしていたであろうことは察せられる。


「報告の前に、まずは頼んだ通りの状況を作ってもらってありがとうございました」

「あれくらいお安いご用よ」


 とりあえず先に感謝だけ伝えておこうと頭を下げる。

 それに対して会長は特に誇る様子も無く受け入れた。

 

 だが、すぐにどこか後悔を滲ませた面持ちを浮かべながら肩を竦める。


「っま、海涼ちゃんには申し訳なかったけれどね。ホエールウォッチング中もどこか浮かない感じだったわよ」

「っ、俺だって罪悪感はありますよ……」


 それを訊かされて、何とも心が痛くて堪らず唇の端を噛む。

 

 星夏と二人きりになるということは、俺に好意を向けてくれている眞矢宮を放置するということだ。

 向こうからすれば自分の目が無い間に何か進展したらと、気が気でなかったはずだろう。

 それだけ強く想われているのには嬉しく思うが……俺にはもう心に決めた相手がいるんだ。

 いつまでも宙ぶらりんのままでいられない。

 合流してから俺と星夏をつぶさに見ていたが、特に進展を訝しがられる様子も無かったと思う。

 どちらにせよ、彼女へのけじめはしっかりと着けなければならない。


「ちゃんとケリはつけますよ」

「そう。なら良いわ」

 

 そんな決意を悟ったのか、会長は眞矢宮のことに関しては追及してこなかったが……。


「さぁほらほら早く! 星夏ちゃんとどうなったか教えなさい!」

「うぜぇ……」

 

 急かすように手拍子を重ねる乞食の様な仕草に、呆れを隠せず口に出してしまう。

 さっきまでの剣呑な雰囲気がぶち壊しじゃねぇか。

  

 まぁ協力してもらったし、人に話すには恥ずかしい話ではあるがちゃんと報告はしておこう。


「その……星夏に告白しました」

「え?」

「で、向こうも俺を好きだと言ってくれました」

「おおっ!?」

「言うまでも無いと思いますけど、俺達は両想いだった訳で……」

「ほああああぁぁぁぁっっ!?」

「でもお互いに着けないといけないけじめを着けるまで、まだ付き合わないでおこうという話になりました」

「なんでやねん!!?」


 徐々に上がっていくテンションが、最後の最後で地に落ちた瞬間を垣間見た。

 さながら遊園地のフリーフォールの様だ。


 なんで関西弁だったのかは気になるが、それだけ驚愕したということにしておこう。


「どうしてそこまでいって付き合わないの!? 両想いだったんでしょ? お互いに好きって認めたんでしょ? なのになんであと半歩のところで足を止めちゃったのよ!?」


 告白までしてなお交際に至っていない事実に、会長はいつになく憤慨した様子で抗議し出した。

 俺だって思うところが無い訳じゃないが、話を聞いただけのこの人でもこんな反応をする辺り、星夏の提案も中々えげつないなと思い返す。


「星夏には例の噂があるじゃないですか? あれをどうにかしてからじゃないと、彼氏の俺が悪く言われるって気にしてるんですよ」

「あ~そうだったわね。星夏ちゃんの性格を考えればすぐに分かるのに、あまりの肩透かしに少し荒んでしまったわ」


 理由を知った会長は納得した面持ちで、額の汗を拭う仕草を見せる。

 どう見ても少しどころではなかったが、変に指摘して話の腰を折るのは避けたいので黙っておく。

 それはともかく、報告を続けよう。


「一応まだ付き合ってないですけど、これから恋人らしくするためにもセフレ関係は解消しました」

「それは妥当でしょうね。でも恋人らしさに関してはこの旅行での様子を見た限り、全く要らない心配だと思うのは気のせいかしら?」

「え、いやいやそんな訳……」

「一つ屋根の下で同棲、料理は協力し合って作る、放っておくとイチャイチャする……これだけやってまだなお、自分達が恋人に見えないと思う?」

「…………なんかすみません」


 今までの報告を聴いてきた会長から改めて突き付けられると、申し訳なさやら羞恥心やらで顔を逸らしながら謝るしかなかった。

 俺と星夏ってそんな恋人っぽく見られてたんだな。

 

 もう少し自制しようと内心で反省する。

 

「むしろ純愛の過供給でごちそうさまって気分よ。それはともかく噂の件は任せなさい。前々から秘めていた策をついに切り出す時が来たんだもの。こっちとしては実に腕が鳴るわ」

「助かります。俺に出来ることがあれば言って下さい」

「当然よ」


 何とも頼もしい言葉に、すかざす礼を返す。


 もう星夏は俺以外の男子と付き合うつもりはない。

 会長は以前から星夏の噂を鎮火しようと考えていたから、ようやく取り掛かることが出来て嬉しそうだ。

 あぁそうだ、ついでにあのことも伝えておこう。


「会長。一応伝えておきたいことがあります」

「? 何かしら?」

「昨日、眞矢宮と迷子を助けたって話したじゃないですか」

「えぇ。それがどうしたの?」

「実はモールで星夏と二人きりになった時に

その迷子と再会しまして、その子の父親が星夏の父親と同じ人だって分かったんです」

「はああああぁぁぁぁっっ!!?」


 衝撃の事実を知って、会長は一瞬でブチギレた。

 俺だって開いた口が塞がらなかったんだ、会長がここまで驚愕するのも無理もない。


「え!? 星夏ちゃんの父親ってアレよね!? 浮気して彼女と母親を捨てたっていう……」

「まさにその人です」

「はぁ~……つまり自分は新しい家族を作ってると。星夏ちゃんと再会したってことは、随分と気まずかったんじゃないかしら?」

「いや。向こうは星夏が過去に捨てた娘だって分からずに、初対面の対応でしたよ」

「殺す。社長か何か知らないけど、私の持てる力全てを使って社会的に殺してやるわ」

「星夏が望んでないんで止めて下さい」


 あんまりなあの父親の態度に、会長は虚ろな瞳のまま殺意を露わにした。

 こうなると予想していたので、冷静に制止の声を投げ掛けて止める。


 あの父親に関して、星夏は特にどうこうするつもりはないらしい。

 個人的には報いを受けさせるべきだと思うんだが、彼女はそんなことをしてこれ以上煩わされるのがイヤなんだとか。

 まぁ蛇蝎の如く嫌っている父親と、今後も関わりたくない気持ちが強いんだろう。


 それに報復をした場合、どう考えても腹違いの妹であるハルちゃんに悪影響しか出ない。

 浮気をするタイプの人間は厄介事に対して自己保身に走る傾向が強いし、星夏達を簡単に忘れたことからハルちゃん達も切り捨てる可能性は十分にある。

 そうなったらまだ幼いあの子が、星夏と似た様なトラウマを抱えてしまうだろう。


 ちなみにハルちゃんの母親が浮気相手なのかは、星夏もよく知らないらしい。

 自分の母親が父親の浮気を知ったのを切っ掛けに離婚に至ったから、相手の顔を見たりしなかったという。

 実情はどうであれ、悪いのは星夏の父親とであってハルちゃんは何も悪くない。


 正直、俺もあの人の正体を知ったことで平然と対面出来る自信が無い。

 むしろ星夏を捨てておいて、あんな厚顔無恥なことを言える姿を思い出して手が出てしまいそうだ。

 元から浮気に対して悪い印象しか無かったが、あれを見て星夏がトラウマを持ったのも頷ける。


 そんな事情もあって、まるでハルちゃんを人質が取られているみたいでなんともやるせないが、これらを踏まえると確かに放置した方が一番の安全策とも言えるかもしれない。


 もう関わることはないとはいえ、せめてハルちゃんの幸せだけは祈っておきたい。

 それらを大まかに噛み砕いた説明を聴き終えて、会長は呆れた表情を浮かべながらため息をついた。


「はぁ~……あんな両親の間に生まれたとは思えないくらい星夏ちゃんは優しい子ね」

「……ですね」


 だが表情とは裏腹に星夏の性格を褒め称えていた。

 もし彼女の性格が少しでも違っていたら、今頃死んでただろうし恋に落ちることもなかった。

 

 あの両親は人と親としては失格だが、反面教師としてはこれ以上ないくらいに優秀なのは、何とも酷い皮肉だと苛立ちを覚えてしまう。

 

「仕方がない。星夏ちゃんに免じて今は見逃してあげるわ」

「次に星夏を傷付ける真似をしたら、俺も黙ってないんでその時はよろしくお願いします」

「君の溜飲も中々固いわね……」


 そんなに呆れなくても、俺が星夏を守るためには苦手な暴力も厭わないことを知ってるだろうに。


 あのクソ親父の話は程々に会長と噂への対処案を話し合い、お互いの部屋に戻ることにした。


「それじゃ私は部屋に戻るわ。星夏ちゃん達と鉢合わせたら気まずいもの」

「冗談でもそういうのやめてくれません? 星夏に至ってはトラウマになってるんであんまり笑えないんですけど……」

「あ~そこは素直に配慮が足りていなかったわ。っと、そろそろ行くわね」

「はい、おやすみなさい」


 何とも気まずい不穏な会話を交わしつつ、会長と別れて星夏達の待つ部屋に向かった。

 

 なんだかんだでこの旅行も明日になれば終わると思うと、無性に寂しく感じてしまう。

 らしくないな、なんて自嘲しながら部屋のドアに鍵を差し込んで開けると……。





「あ~! こーただぁ~♡」


 ──どう見ても様子がおかしい星夏に出迎えられた。 


=======


次回は6月26日に更新です。

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