#77 不将不迎の自虐


【星夏視点】


 こーたに好きだって告白された。

 告白された瞬間、心臓が破けそうなくらいにドキドキして、胸の奥が火傷しそうなくらい暖かくて、嬉し過ぎて涙が出そうだったくらい、アタシにとって人生で一番の幸せな気持ちで満たされていたと思う。

 アタシの片想いだと思っていたら、実は両想いだったんだから当然だよね。

 

 でもその幸せは本当に刹那的な早さで終わりを迎える。

 誤解しない様に言われた『好きじゃなかったらセフレにならない』って言葉が切っ掛けだ。

 そこからこーたはいつからアタシが好きなのかって考えた瞬間、天にも昇る気持ちが一気に地獄に突き落とされた様な錯覚をした。


 アタシがこーたを好きになったのは一ヶ月前。

 でもこーたは?

 一体いつから?


 考え出す止まらなくなって、早く答えが欲しくて……。


「こーたは……いつからアタシのことが好きなの?」

「……」


 さっきまで軽かったはずの胸にのし掛かる重い痛みを覚えながら、震える喉から声を絞り出して尋ねた。

 その時、こーたは少しだけ気まずそうな面持ちを浮かべる。

 まるで……ううん、アタシにとって良くないことを言おうか迷っている感じだ。

 

 胸の痛みがどんどん強くなって行くけれど、こーたは意を決した様に目を合わせて口を開く。 


「──お前に命を救われた二年前からだ」

「──っ!!」


 胸を刺す痛みを齎していた針が、ナイフに変わって突き刺された様に強くなった。

 涼しかったはずの空調が全身を震わせる程に寒くて、脳裏には今までこーたを振り回してきた自分の行動がフラッシュバックする。


 こーたは二年前から好きになってくれたのに、アタシはそれをちっとも察しないまま何をしていたっけ?

 身体目的で告白してくる男子と付き合ってエッチして別れて、セフレって関係を良いことにこーたの家に入り浸って甘えて……。

 これがどういうことなのか、そんなの考えるまでもない。


「嘘……それじゃアタシ、こーたを何度も裏切って……」

「違う! 俺は──」

「あーやっぱりっ! きのーのおにーちゃんだ!」 

 

 こーたが何か言おうとするより先に、聴いたことのない高い声が響いた。

 そこからは……出来れば思い出したくない。


 ======


 胸の痛みにイライラする。

 腸は煮えくり返っていて、肺が酸素を取り込んで二酸化炭素を出そうとする度に別のモノも吐き出してしまいそうで、今すぐ胸の奥を掻き毟りたいくらいに気持ちが悪い。

 

 怒っているのはこーたに対してじゃない、むしろ自分自身。

 こーたは二年もこんなアタシを好きでいてくれていた。

 あの海涼ちゃんの告白を断るくらいに。

 なのに、肝心のアタシは自分が好意を向けられているなんて微塵も考えてなかった。


 その間、どれだけこーたを傷付けて裏切り続けていたの?


 多分だけど、海涼ちゃんもこーたの気持ちを知っていたと思う。

 だとしたら初対面の時にあれだけ怒ったのも当然だよね。

 知らなかったで済まして良いことじゃない。

  

 ビッチの噂が付き纏うくらいに交際を繰り返したクセに、今さらどうしてこーたと普通に付き合えるなんて思っていたのかな。

 自業自得だ。

 あまりに烏滸がましい思い上がりをしていた自分に反吐が出る。

 

 そして吐き気の要因はもう一つ。

 

 ──そりゃもちろん、大事に決まっているぞ。妻と子供を大切しないなんて、父親失格だからね。


「──っ!」


 あの言葉を脳裏に反芻しただけで、止め処ない嫌悪感が胸を締め付けて来る。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 こーたと海涼ちゃんへの罪悪感とアレに対する苛立ちが心に重くのし掛かる。

 ぐちゃぐちゃに混ざった感情がとにかく不快で、頭がどうにかなりそうだった。


 あんな仕打ちをし続けたアタシがこーたと付き合って良いワケがない。

 アタシを好きだって言うのも、命の恩人ってフィルターで勘違いしているだけだ。


 だから、この恋は諦めるしか──。


「──星夏っ!!」

「っ、え……?」


 不意に思考に焦った様な声が割って入ったかと思うと、次の瞬間には無理矢理腕を引かれた。

 突然のことについさっきまで頭の中で渦巻いていた感情が少しだけ霧散して、自分がどこにいるのか把握するために周囲を見渡す。

 いつの間にかモールを出て、人気の無い海辺に来ていた。

 

 どれだけ熟考していたらここまで来ちゃうんだろう。

 そんな自分に呆れながら、声の主──こーたへ顔を向ける。


 相当焦ってたのかこーたは額に汗を浮かべていて、とても心配そうな表情でアタシを見ていた。

 

 ──そんな顔を向けて貰える資格なんてないのに。


「っ……離して」


 頭に一瞬だけ過ったうしろめたい思考を振り払いつつ、目を逸らしながらこーたを突き放す。

 本当は追い掛けてくれて嬉しいクセに、どんな顔をして話せばいいのか判らないから、こうやって冷たくすることしか出来ない。

 この期に及んでまだこーたの優しさに甘えようとする自分が、堪らなくイヤだった。


 腕を掴む手を振り払おうとするけれど、こーたは全然離してくれない。

 男女での腕力の差もあるけど、特にスポーツをやってないアタシと元不良のこーたじゃその差は歴然だった。 

 

「離してってば!」

「離さない。そんな酷い顔をしてる星夏を放っておけるわけないだろ」

「酷い顔って……アタシは普通だよ?」

「今にも辛くて泣きそうな顔のどこが普通だ。無理してることくらいすぐに判る」

「──っ」


 咄嗟の強がりをいとも簡単に看破されて、こんな状況なのに嬉しさで胸が高鳴ってしまう。

 どれだけ自分を責めて資格がないと思っても、こーたを好きな気持ちは無くなっていないから。

 だからこそ、余計に今までやってきたことが許せない。


「俺の告白がイヤだったのなら謝る。だけど俺は──」

「違う! こーたの告白がイヤなワケない!」


 なのに、告白自体を間違っていた様な物言いをするこーたを遮ってしまう。


「今までの告白なんか比べ物にならないくらい嬉しかったし、胸がドキドキしたよ」


 自分が許せないのに自分に甘い言葉を口にする。

 こんなのちぐはぐだ。


「だったら、なんで逃げるんだ?」


 こーたが不安と疑問の表情を浮かべながらそう問い掛ける。

 確かに、今のアタシの行動は逃げ以外何物でも無い。

 告白の返事をしていないんだから、こーたとしてはフラれるか不安なのも分かる。


 けれど、アタシが逃げたかったのはもっと違う理由があるんだよ。


「……あの子の、ハルちゃんの家族ってどう思う?」

「は? なんでそんなことを?」

「いいから。教えて」

「……。普通の、良い家族だなって思ったよ」


 質問に答えないまま全く別の質問する申し訳なさはある。

 現にこーたは困惑を隠せない様子だ。

 

 でも強引に答えを求めるアタシを慮ってか、拒絶することなく率直な印象を教えてくれた。

 けれども……。


「──は」


 その答えを訊いたアタシは、無性に乾いた笑みを零す。

 予想していた反応と違ったみたいで、こーたは眉を顰めて訝しむ。

 

 きっとあの家族の姿を見たら、みんながこーたと同じ感想を浮かべると思う。

 それだけ仲睦まじい良い家族に見えるもんね。 


「星夏?」

「ん、こーたは間違ってないよ。それが正解だと思う」

「……まるで、星夏には違って見えた様に聞こえるんだが?」

「うん。

「え……?」


 アタシから見たあの家族の心象を包み隠さず明かすと、こーたは驚愕から目を丸くする。

 こうしている今も、思い返すだけで吐き気が止まらない。


 立っているのもしんどくて、服が汚れるのも厭わず砂浜に腰を下ろす。

 

 あの笑顔が、あの態度が、何もかもがアタシの癪に障って胃が焼けるように熱くなる。

 真っ黒な塊が身体の内側をズタズタに壊しながら蠢くみたいに落ち着かない。

 今の自分がどういう表情をしているのかもわかんないよ。


 だって……。


「客観的に見ればアレが家族としての姿だって思うよね? アタシだってそうだよ。













 ハルちゃんのお父さんが、じゃなければね」


 ──アタシとお母さんの人生を狂わせた張本人が、今になって現れるなんて思わないでしょ?


「──……は?」


 その言葉を聞いたこーたが、愕然とした面持ちで小さく息を漏らした。


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次回は6月17日に更新です。

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