#76 再会と逃走
「ハルちゃん……?」
「うん! またあえたね、おにーちゃん!」
「だ、誰……?」
星夏に告白した直後という、何ともタイミングの悪い時にまさか昨日の迷子のハルちゃんが来るとは……。
母親の方は……ダメだ、見当たらない。
さてはまた迷子になったなこの子。
まぁ口振りからして俺の姿を見つけてやって来たみたいだし、ここでじっとしていればすぐに見つけられるだろう。
というかあと少し告白を遅らせていたら、ハルちゃんの乱入で失敗していたと思うと肝が冷える。
尤も、今のタイミングも相当酷いのだが。
よりにもよって星夏が俺の気持ちに気付かなかったことを自虐し始めた瞬間だ。
とはいえその星夏もハルちゃんの登場に戸惑いを隠せない様子だから、思考を一時的に遅らせているみたいだが。
「昨日眞矢宮と迷子を助けたって言っただろ? それがこのハルちゃんって子なんだよ」
「そういえばそう言ってたっけ……」
先日説明したことを思い出した様だが、星夏の表情は上の空で心此処にあらずといった感じだ。
その発端は俺にあるためどうにも言葉に困ってしまう。
今すぐ不安を解消したいところだが、部外者のハルちゃんがいる状態ではままならない。
「あれ? きのーのおねーちゃんとちがうひとだ……」
一方でハルちゃんは俺の隣に会ったことのある眞矢宮ではなく、初対面の星夏がいることに疑問を懐いた様だった。
「ん? あぁ彼女は──」
「もーおにーちゃん。うわきしちゃダメなんだよ?」
「ぐっっ!?」
紹介しようとした途端、横からトラックに轢かれたかの様な爆弾発言を食らってしまう。
しまった……そういえばハルちゃんには眞矢宮とは恋人だと誤解されていたんだった。
この子の中で恋人がいるはずの俺が、別の女子と一緒にいる姿を見れば浮気と見てもおかしくない。
こんなに小さい子供から浮気なんて単語が出て来た事もだいぶ効いたがな。
というかマズい。
ハルちゃんの浮気発言で星夏の目に軽蔑の色が浮かび出している。
俺が暴力沙汰を起こした時ですらそんな目を向けなかったのに、動揺していても俺への好意があることに変わりは無いらしい。
その点に関しては少しだけ安堵するが、状況としては依然悪いままだ。
どうしたものかと頭を悩ませていると……。
「ハルー!」
「あ、ままだー!」
今度は長い黒髪の女性──ハルちゃんの母親が駆け寄って来た。
ハルちゃんを呼ぶ声に焦りが滲んでいる。
娘がいきなり走り出したから驚いたんだろうな。
「もう、勝手に走ったりしてまた迷子になったらどうするの!」
「うにゅ……ごめんなさい……」
「はぁ無事で良かった……」
合流するなり愛娘を叱るハルちゃんの母親だが、素直に謝られる姿を見て安堵の息を吐く。
そのまま彼女は俺と星夏の方へ顔を向けると、少しだけ目を丸くした。
「あら、昨日の彼女はどうしたの? まさか浮気かしら?」
「メーッ!」
そうして続けてハルちゃんと同じ誤解をされた。
母親の意見を後押しする様に、ハルちゃんも声を上げる。
五歳の子が浮気とかいうの、もしかしてこの人の影響か?
とにかく、はっきりと否定しておかないと星夏の不興を買い尽くしてしまう。
「いやいや違いますって。元々友達数人と来ていて特定の相手はいないんです!」
「ふふっ冗談よ。今の反応だととても分かりやすいわよ?」
「あ、あ~……」
きっぱり浮気では無いと告げたが、どうやらからかわれていた様だ。
その上、星夏に対する気持ちを察せられてしまった。
冗談と気付かずに自白してしまった自分のバカさ加減に呆れるしか無い。
「どうやらハルったら、キミを見掛けたから走ったみたいね」
「うん! おにーちゃんとまたあえてうれしーよ!」
「あはは……」
昨日の一件でハルちゃんに懐かれたのは明らかだ。
その事は嬉しく思うものの、隣の星夏が未だに不機嫌なので素直に笑えない。
ハルちゃん達の手前、表情は笑っているが目が全然笑っていないんだよ。
早く星夏との話を再開するためにも、どうしようか思考を働かせていると……。
「ハル、
「あなた」
「ぱぱー!」
見慣れない男性がこちらへ駆け寄って来た。
短く切り揃えられた黒髪と、内面の誠実さが滲み出る様な柔和な顔立ちをしている。
口振りからして、この人がハルちゃんの父親なんだろう。
父親の登場に、ハルちゃんは嬉しそうに駆け寄って行った。
彼は妻と愛娘の無事を確かめると胸を撫で下ろした笑みを浮かべ、次に俺と星夏の方へ顔を向ける。
「彼らは?」
「昨日、迷子になってたハルを助けてくれた人よ」
「なるほど。では改めて僕からもお礼を」
「い、いえいえ。個人的に放っておけなかっただけなんで……」
大人に頭を下げてお礼を言われた。
大したことはしていないと答えたのだが、ハルちゃんの父親は微笑みを崩さないまま続ける。
「それでも大事な一人娘を助けてくれたことに変わりは無いぞ。ハルがいなくなったらと思うと生きていられないさ」
そこまで言われて、謙遜するのは却って失礼か。
卑下のし過ぎはよくないと反省したばかりなのに、まだまだ至らないことばかりだ。
とりあえず言葉に甘えるとしよう。
「なら、ありがたく──い゛っ!?」
が、礼を言った直後に右手に強い痛みが走る。
右手……つまり星夏と繋いでいる方の手が痛いということは、恐らく彼女が強く握ったからなんだろう。
らしくないと思いながら横目で星夏の様子を窺うと……。
──彼女は見るからに固い表情を浮かべていた。
空色の瞳は愕然と見開かれていて、歯を食い縛っているのは煮え滾る様な激情を押さえ込もうしているみたいだ。
初めて見る星夏の表情に、俺も反応に困って絶句してしまう。
さっきまではただ機嫌が悪かったのが、そんな柔な物言いで済まない程に顔色が悪い。
どうしたんだ……?
「隣の子は大丈夫か? なんだか顔色が悪いみたいだが……」
「熱中症かしら?」
ハルちゃんの両親も星夏の異常に気付いたみたいで、初対面にも関わらず彼女の体調を慮ってくれた。
「……いえ、ちょっと疲れただけなので。それより一つだけ質問をして良いですか?」
「? 良いけれど、なんだい?」
だが、星夏は首を横に振って心配はいらないと返す。
どう見ても強がりだが、彼女はそのままベンチから立ち上がってハルちゃんの父親に質問の前置きをする。
「……家族は、大事ですか?」
内容としてはなんてことない、普通の質問だ。
初対面の女子高生から出た問いには思えないが、この際重要なのはそこじゃない。
俺には、質問をした星夏の声が怒りと恐れを含んでいた様に聞こえた気がした。
知りたい様で知りたくない、そんな相反する心境が
どうして星夏がこんな質問をするのか逡巡するが、答えは出ないままハルちゃんの父親が口を開く。
「そりゃもちろん、大事に決まっているぞ。妻と子供を大切しないなんて、父親失格だからね」
「──っ!!!!」
さも当然のことを訊かれた様に何の気なしに答えられた瞬間、星夏の顔に過った感情は付き合いの長い俺にしか判らない程に一瞬だった。
激怒、憎悪、失望、空虚……それらの負の感情を瞬く間に押さえ込み、彼女はゆっくりと顔を伏せていく。
会話は至って平穏なはずなのに、星夏にだけは深刻な事態が起きている……漠然とそんな予感がした。
「…………」
「せ──」
「──急にすみませんでした。いつまでも一家団欒の場に水を差すワケにもいきませんので、これで失礼しますね」
尋常で無い様子が見ていられなくて呼び掛けようとした瞬間に遮られ、星夏はそそくさと足早に歩き出して行った。
まるで一秒でも早くこの場から……いや、ハルちゃん達の家族から逃げたいかの様に。
彼女の中で何が起きたのかは全く判らないが、このまま一人にさせるともっと良くないことが起きることは容易に悟れた。
「っ、連れがすみませんでした」
「い、いや構わないよ。それより早く追いかけてあげて」
「ありがとうございます! 待てって、星夏!」
ハルちゃん達に無礼を詫びながら、俺は星夏の後を追い掛けて行く。
一筋縄ではいかないと思っていた告白が、全く予想外な状況になったなと内心で愚痴りながら足を走らせるのだった。
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次回は6月14日に更新します!
※お知らせ※
星1000個記念として、本編と異なる世界線を描いた√Hの第一話をノクターンにて公開してます。
本編優先なので、不定期更新です。
プロットの段階で別物になったので、本編とは別作品として扱う所存。
ここから誘導は出来ないので、お手数ですが検索の程をよろしくお願いします。
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