#75 二人きり


 星夏と手を繋いでモールを歩くこと数十分。

 会話こそ拙いモノの、俺達の間にあった気恥ずかしい様な空気は依然として続いていた。


 そんな様子をすれ違う人達からは、まるで初々しい恋人でも見ている様な生暖かい目を向けられている気がする。

 見世物にされているのは多少不快ではあるが、それでも手は離さなかった。

 お互いにはぐれない様になんて建前を口実に、磁石でくっ付けたみたいに手を繋ぎ続けている。 

  

 地元じゃ星夏とこうして大手を振るって歩くことが出来ないから、新鮮さが勝って胸が弾んでしまいそうだ。

 星夏の方はどうだろうか?

 横目で見た限りは緊張で顔が強張っているものの、頬が緩んでいるのが解る。

 きっとそれは俺も同じなのかもしれない。


 キスもセックスもしたのに、今さら手を繋いだくらいで喜ぶなんておかしな話だ。

 それだけ歪な関係を築いていたのだと自嘲せずにいられない。

 でも俺達らしくて、むしろ心地良さを感じている自分もいた。


 そんな感慨を浮かべていると、不意に星夏が足を止めたことに気付く。

 

「どうした? 疲れたのか?」

「う、うん……」

「解った。そっちのベンチで休もうか」


 会話も目的も無いままモール内を歩いていたんだ。

 体力も気力も疲れるに決まっていた。

 出来るだけ長く手を繋いでいたかったから、色々と連れ回してしまったのが原因だ。

 

 自分の我が儘に付き合わせてしまったことを申し訳なく思いながら、彼女をベンチに座らせてからその隣に腰を掛ける。

 ちょうど海が見えるエリアで、太陽に照らされた青い海が煌めいていた。

 

 休憩しながら眺める景色としてこれ以上無いロケーションだろう。

 

 とにかく、まずは星夏に謝らないと。


「悪い、星夏。全然気付かなくて……」

「なんでこーたが謝るの? 体力の無いアタシの方が悪いでしょ」

「それでもだ。ちゃんと見てればすぐに気付くことに気付かなかった俺が悪い」

「いやアタシも意地張ってたから──って、堂々巡りになるやつだこれ。じゃあどっちも悪いってことでいい?」

「……星夏が良いならそれで」


 納得がいかないが、当人がそう言うのであれば俺からは何も言えない。

 とりあえず飲み込むことにした。

 

 気付けば普段通りに話すことが出来ている。

 せっかく緊張が解けた機会を逃すまいと口を開く。


「足、どこか痛んだりしてないか?」

「ん。だいじょーぶ。ちょっと張ってるだけ」

「なら良かった」


 無理をしている様子もないし、この調子なら休んでいる内に回復するだろう。

 ひとまず胸を撫で下ろす。

 

「結局何もしないまま、二人で歩いてただけだったね」

「午前中みたいに服とか見なくて良かったのか?」

「もう買っちゃってるし、これ以上はかさばるからいいよ」


 星夏はそう言いながら、自らの手に持つ買った服が入っている袋を見せる。

 多少買ったところで俺が持つのに……。


「じゃあ何か飲み物でも買って来るから、ここで──」

「ダーメ。こ~んな美少女を一人にしたらナンパされちゃうよ?」


 飲み物を買うことも制止されてしまう。

 やけに自信たっぷりな言い草だが、事実なので否定しにくい。

 それは星夏が他の男に声を掛けられる光景を見るのは……断ると解っていても不安だ。

 

「……だったら何をするんだよ」


 あれもダメこれもダメとなると、手詰まりでどうしようもなくなってしまう。

 せっかくの二人きりなのにこんなことで良いのかと不満を懐かずには居られない。

 

 だが……。


「ん……」

「え?」


 そんな不満を察したのか、星夏が自分の左手を俺の右手に重ねた。

 それによって再び手を繋ぐ形になっている。

 突然のことで何が起きたのか解らず呆然としてしまう。

 

 事の張本人である星夏は、恥ずかしそうに頬を赤らめながらもジッと俺を見つめて……。


「何か買ったり遊んだりするより、こうやってただ隣にいたいってだけじゃダメなの?」

「っ……」


 そう告げた。

 行動の理由自体はどこにでもよくあるはずなのに、互いに恋愛感情を向けているという一点が加わるだけで全く異なる捉え方が出来てしまう。

 現に俺は大きな胸の高鳴りを感じた。

 

 重ねられた手からは星夏の体温が直接伝わって来て、冷房の効いている屋内にいるはずが熱が籠もっている様に思える。

 その手に神経が集中して、周りの喧噪がまるで耳に入って来ない。

 

「こーたはアタシと隣にいるだけじゃ、つまんない?」

「──っ」


 だというのに星夏の声だけはハッキリと鼓膜に届く。

 動揺のあまり絶句しているせいで、俺がイヤだと誤解している様だ。


 いや、でもその聞き方は反則だろ……。

 

 好きな子が隣にいてくれるなんて、嬉しくて幸せに決まっている。 


 早まる鼓動の仕業か全身が熱い。

 今触られている手の甲に汗が滲んでやしないか、不安に駆られてしまう。

 でも問いを投げ掛けて来た星夏はもっと不安なのかもしれない。


 どうしたものかと頭を働かせるが、思いの外すぐに答えが出る。

 

 ──ギュ。


「っ! ……あははっ」


 俺が起こした行動に星夏は刹那の間だけ目を見開くも、すぐにだらしのないにやけた表情を浮かべた。

 やったことは至極単純、重ねられている手を握り返しただけだ。

 これの方が言葉にするより楽だと思ったからだが、どうやらしっかりと意図は伝わったらしい。

 

「ふ~んそっかそっかぁ。こーたはアタシと居たいのか~♪」

「おまっ、解った上で口に出すなよ……」

「あははっめっちゃ顔赤いじゃん。照れちゃって可愛いなぁ~」

「腹の立つ機嫌の良さだな……」


 口では悪ざましに言うが、内心では俺も機嫌が良い。

 少し意地の悪い笑みを浮かべる星夏の横顔はとても綺麗に見える。

 

 その輝きに目を奪われて、胸の鼓動がこれでもかと加速していく。

 何度も見ても飽きることはなくて、むしろ想いは募っていくばかりで……。


 そうなっているのはこうして笑顔の星夏が俺の隣にいるから。

 何の奇跡か、ずっと叶わないと思っていた関係に至れる感情を懐いてくれた。

 近いのは身体だけで心は遠かった彼女と、今はこんなにも寄り添えられている。


 だから、俺は……。


「星夏」

「ん? なに──っ」







 愛しい彼女に呼び掛けて、無防備なその唇にキスをした。


 自分がキスをされていると察した瞬間、星夏が息を詰まらせるのを唇越しに悟る。

 驚愕で硬直している彼女の身体を逃がさない様に、空いている左手で抱き寄せた。

 初めてじゃないのに、このキスはやけに特別な感慨深さを懐いてしまう。

 ずっとこのままでいたいけれど、それでは窒息してしまうので程々に堪能してから名残惜しさを感じながらんもゆっくりと顔を離す。 


「っは、こー、た……?」


 改めて顔を合わせた星夏は、空色の瞳を丸々と広げながらキスの意図を尋ねる。

 驚き、喜び、戸惑い、困惑、色んな感情が渦巻いて見える彼女の気持ちの整理を待ってあげたいが、今だけは俺の我が儘を貫き通させてもらおう。

 

 緊張で強張る。

 心臓が今にも張り裂けそうなくらい痛くて、喉が震えて上手く声が出るかも解らない。

 でもそんなのはどうだっていいんだ。


 息を吸って吐いて、最後の一押しを済ませる。

 そして……。






 

 


「──好きだ」

「──ぇ」

「何度もチャンスがあったのにヘタレた。自分の告白が今までの元カレ達と同じヤリモクだって思われたくなかった。何より星夏と一緒に居られるなら、セフレのままでもいいかなんて妥協していた。……尤もな言い訳を立てて告白を先延ばしにしたけれど、俺はどうしようもなく星夏が好きなんだ」

「……」


 二年間、秘め続けていた想いを打ち明けた。

 一切の疑念の余地を挟まない、本気の告白に星夏は空色の瞳を見開いたまま小さな声を漏らす。

 

 あぁ、遂に言ってしまった。

 言いたかったけれど、様々な理由から言えなかった告白を星夏に伝えたのだ。

 ここまでしては、もう以前のぬるま湯の様なセフレ関係ではいられない。

 石細工みたいに削っていって、失敗すれば捨てるしかないのと同じ様に。


「──えっ!? ええっ!? こーたが、アタシを……す、好き!?」


 俺の告白を聴いた星夏は、ようやく理解が追い付いたのか両頬をこれでもかと真っ赤に染め上げていく。

 歓喜と戸惑いが混ざった表情は……こんな時に思うのも不謹慎だがとても可愛い。

 やはりというか、俺の好意には全く気付いていなかったのか。


 まぁ気付いてたら星夏なら罪悪感で距離を空けてたよな。

 それは一旦置いておくとして、今は星夏を落ち着かせないと。


「ぜ、全然解らなかった……隠すの上手すぎじゃない?」

「好きでもない女子とセフレになる程、薄情なつもりはないんだけどな」

「う……」


 遠回しに鈍感なだけだと告げると、星夏は苦虫を潰した様な面持ちを浮かべる。

 さっさと告白しなかった俺も悪いが、多少なりとも察せる機会だってあったからなぁ。

 今となっては気にしてもキリが無いが。

 

「……あれ?」


 だが、ここで星夏はふと何かに気付いた表情になった。

 さっきまで赤かった顔色が今度は真っ青になっていく様を見て、彼女が何に気付いたのかを悟る。

 俺の言葉からセフレになる前から好意を持っていたと理解したのだ。

 

 やっぱり気付くかと内心で覚悟を引き締める。

 

「こーたは……いつからアタシのことが好きなの?」

「……」


 恐る恐ると震えた声音で、星夏からそう尋ねられる。

 言い方を繕えば隠すことは出来ただろうが、そんな甘えた考えで付き合うのは星夏に失礼だ。


「──お前に命を救われた二年前からだ」

「──っ!!」


 だから、包み隠さずに打ち明けた。

 返答を聴いた星夏は愕然として、今にも泣き出しそうな程の悲痛な顔をする。

 表情にこそ出さなかったが俺だって胸が痛い。

 最悪、両想いのはずなのにフラれる可能性があるからだ。

 けれども自分の心に痛みに立ち止まっている暇があるなら、星夏が取り返しの付かない自虐を一秒でも早く止めたい。


「嘘……それじゃアタシ、こーたを何度も裏切って……」

「違う! 俺は──」


 案の定、自分を責め出した星夏を制止しようと声を出した瞬間……。












「あーやっぱりっ! きのーのおにーちゃんだ!」

「「!!」」


 突如、嬉しそうな声が俺達の間に割って入る。

 反射的に声の方へ顔を向ければ、そこには昨日助けた迷子だった女の子……ハルちゃんの姿があった。

  

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次回は6月11日に更新します。

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