#74 少しだけ
二日目の今日は海ではなく、併設されているアウトレットモールで行動することになっている。
昨日の海では各々で動いていたから、今日は六人で纏まって動くことにした。
前を進む女子達が談笑する様子を眺めながら、俺達男子は後ろを付いて行く形だ。
あれから眞矢宮の様子を窺っていたが、幸い今朝のことは知られていないみたいだった。
やらかした張本人である星夏はというと、しっかりと反省したので蟠りは無くなっている。
俺の中で星夏からの好意を受け入れたという変化はあったが、まだこれと言って行動を起こしていない。
彼女の理想に寄り添える様に、それらしい場面で動いた方が良いと判断したからだ。
それに……俺も思い出に残るような方が良いと思っている。
そのためにもまずは旅行を楽しもう。
最初に色んなアパレルショップのテナントを巡り回ったのだが、女子達がお互いをコーディネートして大いに盛り上がる様子は、通りすがる人達の注目をこれでもかと集めていた。
何せ三人は誰もが目を引く美少女であり、男性が特に目を奪われていたのは言うまでもないだろう。
尤も、それに続く俺達への敵意もセットだが。
そんな射殺すような視線に耐えながら星夏と眞矢宮に服選びを手伝わされたりして、昼食を挟んだ後にVR機器を使ったホラーアトラクションを遊ぶことになった。
二人一組になる必要があり、会長と尚也を除いた四人でじゃんけんをして決めることになり……。
「今日は一緒だね、こーた!」
「おう」
星夏とペアを組むことになった。
奇しくも昨日のリベンジを果たせたからか華やかに微笑む表情は、俺と一緒になれたことが嬉しいのだと察せられる。
両想いだと改めて認識したからこそ、その笑顔がより魅力的に映るのかもしれない。
一方で俺とは別のペアになった眞矢宮は目に見えて肩を落としていた。
その相方である智則に至っては、今にも泣きそうな面持ちを浮かべている。
「……咲里之といい眞矢宮さんといい、そんなに俺とペアになるのがイヤなのか?」
「いえ、吉田さんが悪いワケではないんです。ただ荷科君とペアになれなかったのが悔しかっただけなので……その、気を悪くしてしまってすみませんでした」
「ぜ~んぜん気にしてないZE☆ むしろお化けが怖かったら腕くらい貸すSA☆」
うっっっっざ。
自分が原因じゃないと解った途端に調子に乗りだしたぞコイツ。
しかも合法的に女子に触れる魂胆が丸見えの提案まで口にしてるし。
無駄にしゃくった語尾がやけに苛立ちを誘うわで、おもわず頬が引きつってしまう。
「あ、大丈夫ですよ。ストーカーに襲われた件を機に人間の方が怖いと実感しましたので、霊の類いが平気になったんです」
「やんわりと断られたことより気になる情報をサラッと言わないで!?」
だがしかし、眞矢宮は至って冷静に提案はものの見事に却下された。
智則としては断られたこと以上にストーカーの件が気になった様だが、その説明は彼女に任せるとしよう。
話も程々に最初は会長と尚也のカップルが、続いて眞矢宮と智則のペアの後に俺達の番となってにブーステントの中に入って行く。
この中でヘッドセット型のVRゴーグルを着けて、霊が出るという廃病院を探索するという設定だ。
ちなみに俺はホラーは平気だが、星夏はあまり得意ではない。
家でたまにホラー特番を見る時の彼女の怖がり様は相当なモノだった。
小動物みたいに全身を震わせながら、俺の腕に磁石でくっ付いたかの如く離れないのだ。
おかげで腕から伝わる誘惑に耐えるのに必死で、まともに番組を観れた例しがない。
ただ、その時は恐怖で弱々しくなった星夏がこれでもかと甘えてくれるので、あまり気にしていなかったりする。
「ひゅわああああああああっっ!!?」
そしてそれはここでも変わらない。
廃病院の廊下に突如落ちてきた人体模型に星夏が悲鳴を上げたとしても可愛いモノだ。
VRヘッドセットを着ける前に繋いでいた手に、これでもかと力が伝わる。
というか空いている手で俺の腕を引き寄せて抱き締めている状態だ。
当然、それだけ密着すれば彼女の豊かな双丘が押し付けられる。
それはもうムニムニと柔らかいのがだ。
互いにVRヘッドセットで視界が制限されているので、遠慮無しにその感触を堪能しておこう。
……ん?
今どこからか、普段から直接揉んでるだろって聞こえた気がする。
まぁ気のせいか。
「こ、こーたぁ……隣にいるよねぇ?」
「ちゃんと居るぞ。腕、掴んでるだろ」
「うん……終わるまでこのままギュッてしてて良い?」
「……お好きにどうぞ」
ヘッドセットで顔が見えてなくて良かった。
自覚出来る程に緩んでる頬を見られないで済む。
『注射ノォ……時間ヨオオオオォォォォッッ!!』
「うおっ」
「いやああああああああっ!!」
なんてことを考えている内に、今度は看護師の霊が注射針を目の前の壁に突き刺しながら現れた。
唐突な登場に星夏の今にも泣きそうな悲鳴が響く。
これは流石に俺も驚いたが、それ以上に星夏が驚いたのもあって幾分か衝撃が薄れている。
自分以上に怖がる人が隣にいると、逆に冷静になるアレだ。
それからも数々の演出に星夏は喉が心配になる程に絶叫し続けた。
外に出る際に係員の人から。このアトラクションを始めて一番の悲鳴だったと明かされた時、星夏の顔が羞恥で真っ赤に染まったのはここだけの話だ。
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テントを出てすぐ近くの自販機で飲み物を買い、あっという間に半分を飲みきった星夏が大きく息を吐く。
「はぁ~……もう疲れた」
「そりゃあれだけ叫んだらな。結局最後まで必死に抱き着いたまんまだったし」
「笑うなー! し、仕方ないじゃん! あれくらいしないと腰が抜けて立てなくなってたかもしれないんだから!」
慌て叫ぶ様子を思い返して笑いを堪え切れない俺の指摘に、星夏は恥ずかしげに目を逸らしながら反論する。
けれどもその言い訳は何とも可愛らしい内容だ。
あれだけ醜態を晒したことが見過ごせないらしい。
だが俺から言わせれば、醜態なんて程遠いモノだ。
何せ……。
「悪いなんて一言も言ってないだろ? むしろ可愛いくらいだったぞ」
「──っ、ぇ!?」
そう伝えると星夏の空色の瞳が丸く開かれ、次の瞬間には頬がグラデーションを施したかの様に朱に染まっていく。
「な、なな、何言ってんの? あんなにぎゃーぎゃーみっともなく騒いでたのに、かか……可愛いとか、変でしょ?」
余程予想外だったのか、視線を右往左往してソワソワと身体を揺らし出して落ち着きがない。
動揺のあまり声も震えているが、よく見れば口端が少しだけ上がっているから、単に照れているだけなんだろう。
……まぁ、自分でも相当思い切ったことを言った自覚はあるし、ある意味でお互い様ではある。
「と、ところで雨羽会長達は先に出たはずなのにどこに行ったんだろうね!?」
「ん? あぁ~ちょっとメッセージで聴いてみるか」
若干上擦った声であからさまな話題逸らしをするが、敢えて気にせず流しておいた。
ぶっちゃけこれ以上掘り下げると、胸の感触を楽しんでいたことを口走ってしまいそうだし。
ともかく会長に連絡しようとポケットからスマホを取り出して、一件の着信があることに気付く。
それは今まさにメッセージを送ろうとしていた雨羽会長からのモノで、内容はというと……。
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ごめんなさ~い(´A`)
二人を待つつもりだったけど、この後に行く予定だったホエールウォッチングの予約時間を間違えてたみたいなの(´・ω・`)
私としたことがとんだうっかりだわ(*・ω<)テヘペロ
せっかく取った予約を無駄にするわけにはいかないし、事後報告で申し訳ないけれど私達だけで行くことにするわね(o´▽`o)
終わったら連絡するから、二人は適当に過ごして頂戴(●´艸`)ムフフ
それじゃごゆっくり(´∀`*)ノ
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……なにこの顔文字。
そこに羅列されていた文章を見て、最初に浮かんだ感想がそれだった。
内容はあの人にしては珍しいミスの謝罪だが、語尾の頭の悪そうな顔文字のせいで微塵も反省の色が窺えない。
軽過ぎてどう反応すれば良いのか困惑したくらいだ。
「どうしたの?」
その混乱から戻してくれたのは、どこか不安げな面持ちを浮かべる星夏の声だった。
とりあえず状況だけ伝えておくか。
「会長からメッセ来てた。ホエールウォッチングの時間を予約を間違えてたみたいで、勿体ないから自分達だけで行ってくるから、俺達は好きに過ごして良いってさ」
「ええーっ!? アタシ、楽しみにしてたのにー!!」
事実を知った星夏は楽しみを奪われた様に項垂れた。
今朝に会長から二日目の予定を聴いた時、ホエールウォッチングを一番楽しみにしていたのは彼女だったのだ。
なのに行けないと解ったらこうなるのも仕方がない
さながら遠足が雨天中止になった時の小学生みたいな落ち込み方だ。
それにしても一応好意を向けている俺と過ごす喜びより、クジラを見れないショックの方が大きいのは些か複雑なモノだなぁ。
人ならまだ受け止められたが、クジラ相手に負けたのが若干気に食わない。
流石にそんな不満を口にするつもりはないが、それでも悔しいのは悔しかった。
「まぁしょーがないか。はい、こーた」
「ん?」
決して小さくない敗北感を懐いていると、不意に星夏が手を差し出して来た。
なんだ、金を貸せってか?
一瞬そんな勘繰りが頭を過るが、問いを口にするより先に答えに辿り着く。
理解したのは良いが、今度は本当に良いのかという躊躇いが生まれる。
……いいや違う。
またいつものクセで卑下するところだった逃げ腰の自分に、ちゃんと向き合えと口に出さずとも活を入れる。
そうして後ろに引きそうだった手を前に出して、顔を俯かせて目を合わせないまま星夏と手を繋いだ。
「っ!」
ほんの少し温かい気がする彼女の柔らかな手を握った瞬間、電気が流れた様な本当に些細な揺れが伝わって来た。
チラリと目だけを星夏に向けて見れば、何かを堪える様に唇を噛み締めながら赤い顔で俺が繋いだ手を見つめている。
その表情を見続けるのはなんだか後ろめたい様な気恥ずかしさがあって、でももっと見ていたい名残惜しさを覚えながらも、無言で彼女の手を引いてモール内を歩くことにした。
後ろから続く星夏も何も言わないが、特に抵抗を感じないから少なくともイヤではないのだと悟る。
そこまで理解して、遅れて胸の内に幸福感が溢れ出して来た。
星夏と手を繋ぐ……たったこれだけのことすら、今までの俺じゃ考えられないくらいの大跳躍をした気分だ。
そうして自ら踏み出せたことは、少しだけ誇って良いのかもしれない。
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次回は6月8日に更新です!
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