#69 迷子と親探し
「あ~急にごめんな? 一人で泣いてるから迷子かなって気になったんだ」
「……」
女の子は目尻に涙を乗せたまま、キョトンと呆けた表情で何も言わずに俺を見つめるだけだ。
それもそうだ、突然見知らぬ男に声を掛けられたら誰だってそんな反応をするに決まっている。
特に俺の場合は目付きが悪いから、笑みを浮かべても怖がらせているかもしれない。
もっと言えば親から知らない人に話し掛けられたら、絶対に返事をしてはいけないと教えられている可能性もあるだろう。
どちらにしても小さいからといっても、しっかりとした警戒心を持っていることには感心する。
とはいえこのまま黙っていては女の子の両親は見つからないし、最悪の場合は俺が通報されて他のみんなに迷惑を掛けてしまう。
遠出して海に来たのに警察の世話になっては、旅行を台無しにした報復で雨羽会長に殺されるかもしれないな。
そんな来て欲しくない未来を脳裏に浮かべつつ、女の子の警戒を解いてもらうための言葉を探っていると……。
「大丈夫ですよ。このお兄さんはとっても優しい人で、私も何度も助けて貰ったんです」
「……ほんと?」
眞矢宮が隣に来て、女の子にそう告げた。
同性かつ柔らかな雰囲気を持つ彼女に対して女の子は一言だけ聞き返す。
その問いに眞矢宮はニコリと微笑みながら続ける。
「はい。困ってる人は放っておけない、素敵な人ですから」
「ちょっと褒めすぎじゃないか?」
「いいえ、これでも抑えている方ですよ」
「そうですかい……」
「……」
眞矢宮から送られる惜しみない称賛に、照れくさくなって顔を逸らす。
だが女の子はそんな俺達を交互に見やってから……。
「おにーちゃんとおねーちゃんはこいびとさんなの?」
「ぶっ!?」
「ふえっ!?」
その質問に俺は思いきり噴き出してしまい、眞矢宮は顔を真っ赤に染め上げた。
なんつーませた質問を……。
イエスでもノーでも答えづらい問いに、どう返せば良いのか戸惑ってしまう。
隣の眞矢宮に目を向ければ、彼女は頬に両手を当てて困惑していたが嬉しそうにも見える。
向こうからすれば好きな人と恋人に見られたことになるから、そういう表情をするのも仕方が無いが違うなんて言いづらくなってしまった。
第一、否定したらどうして一緒にいるんだみたいな不信感を与えてしまうだろう。
だからここは……。
「まぁそんなところだ」
「っ!?」
「わぁ……!」
誤魔化さない方が早く親を探しに行けると判断した。
俺の返答を聴いて、元々恋人に憧れがあるのか女の子は目をキラキラと輝かせている。
泣き止んでくれたから胸を撫で下ろすが、嘘をついた罪悪感が凄い……。
一方で眞矢宮は桃色の目に期待を浮かべて俺を見つめていた。
あとでそういうつもりで言った訳じゃないって訂正しづらくなるから、その顔は止めて欲しい。
「ゴホン。そういうことだから、俺達がお父さんとお母さんを探すの手伝うよ」
「うん! ありがとー!」
ともあれ、女の子が警戒心を解いてくれたと察して改めて提案すれば、明るく受け入れてくれた。
「それでキミは……」
「ハルのおなまえはキミじゃないよー? ハルってよんで~」
「……分かったよ、ハルちゃん」
意図せずして名前を知ってしまった。
別にどうこうするつもりはないから良いんだけどな。
「ハルちゃんはお父さん達とどこで離れちゃったんだ?」
「えっとね、ままといっしょにならんでたの。でもつまんなくなって、あっちにあるイルカさんのうきわをみてたらね、いつのまにかままがいなくなっちゃったの……」
「なるほど……」
こっちの質問にハルちゃんはしっかりと答えてくれた。
その内容に心当たりがあるのは、かつての自分も同じ理由で迷子になったからだったりする。
ハルちゃんは見た感じ三歳から五歳くらいだ。
好奇心旺盛な子にとっては、行列が苦行でしかなかったのだろう。
それでぼんやりと景色を眺めていたら、一人だけ残されてしまった訳だ。
「具体的な時間は分かりませんが、あまり遠くには行っていないはずですね」
「この人混みかつ喧噪の中で小さい子供を探すのは難しいよなぁ……」
眞矢宮と二人で頭を悩ませるが、妙案はすぐに出てこない。
俺達だって列が進むまで、ハルちゃんの泣き声は聞こえなかったんだ。
声だけでなく、人混みの中から小さな子供を見つけるというのも中々に厳しい。
今も必死に探しているであろう、この子の両親の声も聞き取れなくても仕方が無いと同情してしまう。
……なら、見つけやすくすれば良いだけだ。
「ハルちゃん。ちょっと良いかな?」
「なーに?」
「ハルちゃんは高いところは平気かな?」
「うん! ぱぱのたかいたかいすきだよー」
「それなら良かった。今から俺の肩に乗ってみないか? そうしたらお父さんとお母さんが見つけやすくなると思う」
「わかったー」
俺の提案に対するハルちゃんの返事は、一切の疑念も感じさせないくらいに明るい。
本当は笑顔が似合う元気な性格なんだろう。
その様子はなんとなく星夏に似ていると感じた。
ともあれハルちゃんを肩車するために屈み、しっかりと掴まってもらったのを確かめて立ち上がる。
「わぁー! ハル、いっちばんおっきくなった!」
「落ちないようにしっかり掴まっててくれよ」
頭上で視界が広がったはしゃぐハルちゃんに注意しながらも、内心で怖がられなかったことに安堵する。
その気になれば女子一人を抱えることも出来る上に、ハルちゃんは小さいから重さは全然感じなかった。
「ハルちゃん、お父さんとお母さんの姿は見えますか?」
「ん~……」
眞矢宮の問いに促されて、ハルちゃんはキョロキョロと辺りを見渡す。
しかし、見当たらないのか声音はあまり思わしくなかった。
まぁ肩車をしたぐらいでどうにかなるとは最初から考えていない。
「試しにお父さん達を呼んでみようか」
「うん! ぱぱー!! ままー!!」
喧噪の中でも響き渡るハルちゃんの声が両親に届く様に祈りながら、俺と眞矢宮は周囲を見渡す。
顔は分からなくとも、誰かを探している様子の人であれば見つけることが出来るはず。
「ハル!!」
「あ、まま!」
そうしている内に俺達のところに一人の女性が、人混みを掻き分けながら駆け寄って来た。
一つ結びに束ねた黒髪に人の良さそうな柔らかな顔立ちは、かなりの焦燥を滲ませながらも安堵の表情を浮かべている。
そんな女性に対して、ハルちゃんが嬉しそうな声を発した。
この人が母親なのだろうと判断し、俺は肩車をしていたハルちゃんを降ろす。
降りたハルちゃんは一目散に母親の元に駆け寄り、再会を喜ぶかのように足に抱き着いた。
「ままー!」
「無事で良かった、ハル!」
無事に再会出来た親子の姿を見て、俺と眞矢宮は胸を撫で下ろす。
特に俺の胸中は感慨深い思いで溢れていた。
なんというか、これが家族としてあるべき姿だと思える。
「ありがとう。あなた達がハルを見つけてくれたおかげよ」
ハルちゃんの母親はそんな俺達に笑みを浮かべながら、感謝の気持ちを口にする。
「迷子は放っておけなかっただけですから」
「それに一緒に居ただけで、大したことはしてないですよ」
「いえ、荷科君はハルちゃんを肩車して見つけやすくしたじゃないですか」
「いやいや。眞矢宮がいてくれなかったらハルちゃんとまともに話せなかったし……」
対して俺達は揃って謙遜で返すが、互いに相手の功績だと譲らずに主張しあう。
実際、俺一人だったらハルちゃんの信頼を得られていなかった。
人当たりの良い眞矢宮が居たからこそ、あの子も安心して俺を頼ってくれたんだ。
「ふふっ仲睦まじくて何よりね。そうやってお互いを信頼し合っているのは、恋人として良いことよ。私も夫とそうやって過ごして結婚したんだから」
「「っ!!」」
そうやって妙な口論を繰り広げる俺達に、ハルちゃんの母親から朗らかに笑い掛けられた。
娘から俺と眞矢宮の関係を聴いたんだろう。
既婚者からもそう見えると言われて、動揺を抑えることが出来なかった。
咄嗟に眞矢宮へ顔を向ければ白い肌が真っ赤になっている。
……結婚なんてワードを聴いたせいで妙に意識して居たたまれないし、話を逸らして気を紛らわそう。
「その……家族を大事にしてるんですね」
「えぇ。愛しているから当然だもの。大切にしない理由がないわ」
「家族思いで良いお母様だと思いますよ。ね、ハルちゃん」
「うん! ハルもままがだいすきだよー!」
あからさまな話題逸らしにも関わらず、ハルちゃんの母親は親らしい懐の深さで返してくれた。
それを聴いて感心した眞矢宮の言葉にハルちゃんが誇らしげに頷く。
その微笑ましい姿を見たからか、少しだけ気まずかった空気が軽くなった様な気がした。
「では、早く夫にもハルの無事を知らせないといけないので私達はこれで。……いつまでも二人の邪魔をするわけにもいかないですしね」
「ばいばーい!」
「あはは……」
なんとも返事に困る応援の言葉を送られつつ、ハルちゃん達と別れた。
笑みを浮かべながら親子で手を繋いで歩く姿を見届けて、俺達も本来の目的である飲み物を買うために売店の列に並び直す。
星夏と智則のところに戻ると会長と尚也も合流していた。
ただ飲み物を買うだけだったのに遅くなったことを、星夏に問い詰められるハメにもなったのだが、そこは迷子の相手をしていたと包み隠さずに明かしておいたので問題ない。
腹ごしらえも済ませてからは六人でビーチバレーに興じたりして、一日目の海を存分に満喫したのだった……。
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次回は5月24日に更新します!
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