#68 お昼前のデジャヴ


 海上アスレチックを出た俺達はまっすぐにトイレへと向かい、星夏はそこで解けた水着のヒモを結び直すことにしたものの、トイレに着くまでは星夏が背中から抱き着いたままだったので、周囲からの注目を大いに集めてしまった。

 

 道中で眞矢宮への謝罪は済ませている。

 いくら事故だったとはいえ、付き合ってもいない女子に──セフレの星夏は別として──股間を触らせてしまったのだ。

 それはもう罪悪感で頭が上がらない程に。


 何より訴えられないかと肝を冷やしていたくらいだ。

 それに関しては星夏から『多分大丈夫』と励まされているが、不安の種が尽きない心境に変わりは無い。

 

 だって時折、彼女の目線が俺の股間に向けられるからだ。

 女子が男子から胸や尻に視線を受ける感覚を、まさかこんな形で痛感するハメになるとは。

 なんというか、幼気いたいけな子供にイケナイことを教えた申し訳なさが尽きない。

 一時の気の迷いであって欲しいが、とりあえず俺は心の中で眞矢宮の両親に謝り続けた。


「今度はしっかり結んだから大丈夫!」

「私も確認していますから安心して下さい」

「なら良かったよ」


 そんな内心とは裏腹に、無事に一難は去っていた。

 まだ背中に星夏の胸の感触が残っているが、気にするとせっかく治めた煩悩がぶり返すから思い出すのはやめよう。


 今さらになるが、智則達とは別行動をしている。

 智則はナンパに勤しみ、尚也達は海で泳ぎながらイチャついているはずだ。

 奇しくも部屋割り通りのメンバーで固まる形になっている。

 まさか雨羽会長はここまで読んでいたのか? 


 いや、流石にそれはないよな?

 とりあえずそう思っておこう。


 一応昼ご飯の時間になれば、海の家に集合する手はずになっている。

 その時間まであと三十分以上はあるが、そろそろ準備をしておいた方が良いだろう。


「昼飯の時間も近付いて来たし、することもないから先に席取りだけでもしておくか?」

「了解です。念のため熱中症にならないように、先に飲み物だけでも買いましょう」

「賛成!」


 俺の提案に同意しながら眞矢宮が補足し、星夏が全面的に肯定したことで行動指針が決まった。

 暑いし海水を口に含んでしまったので彼女の追加案には拒否する理由がない。

 

「ですが三人で買いに並んでは席取りも出来ませんよね……」

「俺が席を取っておこうか?」

「ん~それだと買いに行ったアタシ達がナンパされそう。そうなったら足止め食らうし、こーたがアタシと海涼ちゃんのどっちかと買いに行く方がスマートかも」

「それに荷科君が逆ナンパされる可能性もありますから、一概に良案とは言えません」

「いやいや、それはないだろ……」


 星夏と眞矢宮がナンパされるならまだ分かるが、そこまで目立たない俺をナンパ相手として狙う女子はいないだろう。

 そう思って一蹴したのだが……。


「無くないってば。こーたの身体は細いのに筋肉質っていう所謂『細マッチョ』なんだよ? 前のアタシより質の悪い男漁りをする本物のビッチなら間違いなく狙って来るよ? 抱かれ心地がハンパないからね?」

「えぇ。荷科君の鎖骨や上腕二頭筋と腹筋からは、女性を誘うフェロモンが出まくりで凄まじいんですからね!」

「さっき救命胴衣を着せたがらなかった理由もそういうことか」

「「はっ!?」」


 こちらの指摘に二人は『しまった!』という風な表情を浮かべた。

 揃って妙に性癖の混じった力説をするモノだから、自ずと結びついたのだ。

 

「人の好みにケチ付ける趣味はないし、別に見られて困るようなもんでもないから良いけどな」


 自分の好きは誰かの嫌いって言葉もあるくらいだ。

 余程倒錯した趣向でもない限りは尊重するべきだろう。


 だから二人が筋肉フェチだからといって軽蔑する理由もない。


「うぅ……そ、それよりも人選はどうしたら良いんでしょうか?」


 理解を示した俺の態度に、嬉しさ半分と恥ずかしさ半分といった複雑な面持ちのまま眞矢宮が強引に話題を戻した。

 男女比が偏っている現状では確かに難しい。


 だがその点に関しては解決策は見えているだけどな。

 俺は無言で防水カバーに入れてあったスマホを操作する。


「こーた、何してるの?」

「智則に連絡してる」

「吉田さんにですか? ナンパ中で気付かれないのでは?」

「どーせアイツのことだ。声を掛けた全員に『彼氏と来てる』って返されて意気消沈してる最中だから手だけは空いてるはずだ」

「ひど。もう少し成果を期待してあげなよ……」

「確かにあまり褒められた行為ではありませんが……」


 容易に想像出来る友人の現状を端的に語ると、二人は温情を加えてやって欲しそうに憐れみを口にする。

 言って落ち着いてくれるならとっくの昔にそうしてるんだがなぁ……。

  

「案の定成果はナシみたいだから、今からこっちに来てくれるってよ」


 メッセージのあとに送られた涙を流す猫のスタンプが哀愁を漂わせているが、こっちとしては人手が得られたのでよしとしよう。

 その前に決めておきたいことがある。


「それじゃ、智則が来るまでの間に星夏と眞矢宮のどっちが席取り係として残るかを、じゃんけんで決めてくれ」

「うん、分かった。負けないからね海涼ちゃん!」

「それはこちらの台詞ですよ、星夏さん」


 綺麗に負けフラグを立てるなよ。

 闘志を燃やす二人を尻目に、そんなツッコミを浮かべながらも勝負の行く末を見守る。

 

「「じゃ~んけ~ん、ぽん!」」


 そして勝負の結果は──。


 ──三分後。


「おっす康太郎! 待たせたな」

「思ったより元気そうで良かったよ」

「やせ我慢だよチクショウ! 美少女二人を侍らせやがって自慢かコラァッ!?」

「侍らせてねぇよ。語弊を招く言い方は止めろ」

 

 智則と顔を合わせて早々に八つ当たりされた。

 いくら自分のナンパが成功しなかったからといって、人に当たるのは止めて欲しい。

 

 そんな呆れを隠さずに肩を落とす俺を余所に、智則が気まずそうに顔を顰める。


「それで……、






 なんで咲里之は落ち込んでるんだ?」


 その視線の先には見るからにテンションが低い星夏がいた。

 じゃんけんの結果、俺と飲み物を買いに行くのは眞矢宮に決まったのだ。


 それだけでここまで落ち込むのは、ハッキリ言って意外だったが結果は結果。

 星夏には智則と席取り係として残ることになった。


「まぁ……俺からは勝負の結果としか言えねぇわ」

「なる。歓迎されてないことだけは伝わった」 


 いや智則は何も悪くないんだけどなぁ。

 色々と釈然しないところはあるが、あまり悠長している時間は無い。


 俺と眞矢宮は星夏達に飲みたい物を訊いてから、売店の方へと向かった。

 

「星夏さんには申し訳ありませんが、じゃんけんに勝てて良かったです」

「飲み物を買いに行くだけなのに大袈裟だけどな」

「いいえ、そんなことです。大事なのはどこで何を買うのかではなく、誰と買いに行くかですよ。私もそうですけど、それだけ荷科君と一緒が良いんですから」

「……さいですか」


 眞矢宮の尤もな言葉に納得しつつも、拭えない疑問が一つだけ浮かんで来る。

 

 彼女の口振りを真に受けるなら、まるで星夏が俺を意識している様に聞こえないか?

 そんな淡い期待を自惚れが過ぎる馬鹿げた妄想だと、首を振って切り捨てた。

 だが一瞬だけでも過った期待感から来る嬉しさは、どうしても誤魔化せそうにない。

 

 違う。

 星夏は俺を甘えても良い存在だと捉えているだけで、決して恋愛感情を懐いた訳じゃない。

 そんな都合の良いこと、今まで意識されなかった俺にあるわけがないだろ。

 湧き上がる期待をこれまでの経験上を自分に突き付けて否定する。

 そう、期待なんてしなくて良いんだ。


 なんて自己暗示をしている内に俺達は売店の列に着いた。

 予想通りと言うべきかそれなりの人数の行列が出来ていて、買って戻る頃には会長と尚也も合流していそうだ。

 

「星夏がメロンソーダで智則がコーラだったよな」

「そう言っていましたね。私はミルクティーにしますけれど、荷科君はどれにしますか?」

「俺はコーヒーにするつもり。会長達のはメッセで聴いてるから早く買って戻ろうぜ」

「はい。──あ」

「ん?」


 眞矢宮と話している内に列は進んで行く中、不意に眞矢宮が足を止めた。

 顔は前ではなく別の方へ向けられていて、何か気になるモノでもあるのだろうかと同じ方へ目を向けると……。


「まま~! ぱぱ~? どこ~……うぅ、グスッ……」


 小さな女の子が泣きながら一人で佇んでいた。

 あれは察するまでもなく迷子だろう。

 慣れない場所で家族とはぐれた寂しさから泣く姿は、両親が亡くなった頃の自分と重なって見えた。

 

 すれ違う人達が心配する眼差しを向けるものの、関わることを意識的に避けている様子が余計にそう感じさせるのだろうか。

 もしくは、家族がバラバラになってしまったことで孤独に震える星夏の姿なのかもしれない。

 どっちだろうが、涙を流して途方に暮れているあの子を見ていると胸がざわついて落ち着かなかった。

 

 だからかもしれない。


「ねぇ、キミ」

「ふぇ……?」

「俺で良かったら、お母さんとお父さんを探すのを手伝おうか?」


 気付けば俺は列から出て女の子にそんな提案を口にしていた。


=====


 次回は5月21日に更新です。

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