#67 アスレチックハプニング

                                          

 誤解を解くことは出来た。

 そもそもこんな大衆の面前でそんな行為に及べるはずがないし、復活した眞矢宮の取りなしもあって何とか許されたのだ。


 脱線こそしていたが、気を取り直して俺と星夏と眞矢宮の三人で海上アスレチックの方へ向かった。

 今さらになるが海上アスレチックとは空気の入ったフロート──浮島みたいなモノ──にある滑り台やトランポリンといったアトラクションを攻略していくアクティビティだ。

 

 フロートは波や風で揺れる上に海水で濡れているから滑りやすいため、海に落ちてしまうことが多い。

 なら危険じゃないかと思うだろうが、救命胴衣の着用が薦められていたり監視員が見守っているなどの安全対策が徹底されている。

 まぁ今回訪れた岡浜マリンパークでは『救命胴衣とかダサい』とかいう、本末転倒な苦情が寄せられたことがあったらしい。

 そのクレームの多くは若い女性客で、せっかく気合いを入れて可愛い水着を着て来たのだから、救命胴衣で隠されたくないという理由が大半だったとか。


 そこで運営はアームリングという、泳げない子供が二の腕に付ける小さな浮き輪を貸し出すことで対処した。

 結果は上々……一部から子供っぽいと不満が挙げられてはいるが、何も海水浴に来た全員が海上アスレチックで遊ぶ必要は無いのだから、それ以上はただの厄介なクレームでしかない。


 そんなわけで俺達も両腕にアームリングを付けてアスレチックに入場した。

 俺は救命胴衣でも良かったのだが、女子二人から却下されてしまったので仕方が無く付けたのだ。

 理由は訊いても教えてくれなかったので、溺れないならどっちでも同じだろうと、自分を納得させるしかなかった。


 おまけに他の男の嫉妬の眼差しが凄い。

 星夏と眞矢宮は人目を集めやすい美少女で、その二人と一緒にいる俺が羨ましいのだろう。

 こっちとしては男避けとして効果があるなら、周りの視線なんざどうでもいい。


 余談はここまでにして、改めてアスレチックに挑む。

 

 事前に揺れやすいとは聴いていたが、思った以上に足場が心許ない。

 風はそよ風程度だから波もそこまで激しくないが、体重が乗った箇所が沈むからバランスが取りづらいのが大きいのだろう。


「うわっとと。他の人が動いた分、こっちも煽りを受けるのが地味にキツいね」

「もし不安なら腕に掴まっててもいいからな。ゆっくり行こうぜ」

「は、はい。ではお言葉に甘えさせて頂きます」


 星夏、俺、眞矢宮の順で縦になって進むが、進行速度はあまり早くない。

 運動が得意ではない眞矢宮に掴まるように促すと、遠慮がちに両手で左腕を掴まれた。

 気休めでしかないが、無いよりはマシだろう。


 ちなみに星夏はラッシュガードの前を『暑い』という理由で開けている。

 完全に曝け出している訳ではないので周囲の視線はマシだが、ラッシュガードから覗く谷間の存在感が増した気がして目線が向いてしまいそうだ。 

  

 今だって揺れるフロートの動きに合わせてフルフルと──。


「ふんっ」

「い゛っ!?」


 少しだけ目を奪われた瞬間に、左腕にチクリと刺すような痛みが走る。

 慌てて顔を向ければ、不機嫌な面持ちの眞矢宮が爪を立てて指を食い込ませていた。


「な、なんで爪を立ててるんだ眞矢宮……?」

「自分のに訊いてみればどうでしょうか?」


 やたらと一部分を強調しながら顔を逸らされて口を閉ざしてしまうが、その物言いで彼女が何に不満を懐いたのかは察した。

 星夏と眞矢宮の二人を比較した時、胸の大きさの違いが大変浮き彫りになってしまう。

 女子は男子のそういった視線に目聡いため、俺の視線がどこに向いていたのかもバレていたんだ。


 理解したのは良いが、この状況では何を言っても反感を買ってしまうことも解った。

 なので腕の痛みは甘んじて受け入れる他ない。

 だが言葉とは裏腹に俺の腕を自分の身体に押し当てるようにして、より密着して来ているのはどういうことだ?


 そんな眞矢宮の動きに合わせて、俺を射殺しそうな程の妬みの眼差しも強烈になった。

 しかし今の俺にはそれに構う余裕がない。 


 何せ眞矢宮の胸はお世辞にも大きいとは言えないが、触れれば十分過ぎる柔らかさが腕に伝わって来るからだ。

 流石にここまで密着しては、恋愛感情の有無に関わらず意識してしまう。


 心に湧き上がる煩悩を押し殺しながらも、先に進もうと前に顔を向けたのだが……。


「こーた」

「せ、星夏? どうしたんだ?」

「海涼ちゃんに抱き着かれて嬉しい?」

「……」


 星夏も不機嫌そうに俺を睨んでいた。

 空色の瞳から迸る形容出来ない怒気に呑まれて、どう返したモノか言葉が出てこない。

  

 眞矢宮は恋愛感情を向けているからまだ解るが、なんで星夏までそんなに怒るんだ?

 最近のコイツが何を考えているのはさっぱり分からない……。


 困惑して思考が纏まらない中、空いている右腕が突如として柔らかで暖かな感触に包まれた。

 不意打ちに驚いて慌てて顔を向けると──。


 ──星夏の谷間に腕が挟まれていた。


 めっちゃ柔らかいとか気持ちいいとかなんで挟んだとか、色んな感情が瞬く間に浮かんでは消えていく。

 むしろ脳が理解を拒んでフリーズしてしまっている。

 

「なっ……は、荷科君の腕が綺麗に挟み込まれて……!?」

「え~抱き着いただけだよ~? しっかり掴まらないと落ちちゃうでしょ?」

「っ!! ふふふ、そうですかそう来ますか……」

「あはは~。こーたはアタシのおっぱいが好きだもんね~?」


 俺の思考が止まっている間に、二人は互いの視線の間に稲妻を起こす程に睨み合っていた。

 待て待てなんだこの状況。

 友達として仲良くなっていたはずなのに、どうして初対面の時みたいに喧嘩してるんだよ。


「二人とも、おちつ──」

「わ、私のは確かに大きくありませんけど、揉めるくらいにはあります!! それに胸があると太って見えると言いますしね!!」

「ふ、太ってなんかないもん! 最近体重が増えたのだっておっぱいが大きくなっただけだし!!」

「はぁぁぁぁっ!? まだ育つんですか!? もうそれを浮き輪代わりにでもすればいいんじゃありませんか!!」


 ダメだ、口論がヒートアップして全然聞く耳を持ってくれない。

 というか白昼堂々と大衆の面前でなんて話をしてるんだ。

 周りの視線が好奇の色に変わってきて、俺が三者公認の二股行為をしてるみたいに誤解され始めてるから止めてくれ。


 ついには大岡裁判の様な綱引き状態に発展して、左右にグイグイと引っ張られる始末。

 両腕に伝わる柔らかさを堪能する余裕も失せたまま、どうしたものかと頭を悩ませていると……。


「う、おっ!?」

「へ? きゃあっ!?」

「わわっ!?」


 そういえば俺達は海上アスレチックのフロートの上に立っていたんだった。

 にも関わらず綱引きなんてすれば必然的に足場が揺れるため、踏ん張りが利かなくなった俺が足を滑らせてしまい、その時に腕を強く引いていた眞矢宮の方へ倒れ込んでしまう。

 いきなりな上に非力な彼女が俺の身体を受け止められるはずもない。

 それはもう片方の腕を引いていた星夏も同様で、三人とも揃いも揃って海に落ちてしまった。  

  

「ぷはっ! げほっ、しょっぱ……」

「けほっけほっ……」


 浮力に従って海面に顔を出す。

 口の中が塩辛いなんてモノじゃない……何の心構えもなく海の中に落ちてしまったせいで、海水が口に入ったみたいだ。

 アームリングを着けてなかったら、飲み込んだりして最悪の場合は溺れていたかもしれない。

 

 そうならなかったことに安堵しながら視線を下に落とす。

 そこには俺の両腕にすっぽりと収まった眞矢宮の姿があった。

 落ちる寸前に抱き寄せたのだ。


「大丈夫か、眞矢宮?」

「は、はい……ぁ」


 無事を尋ねると肯定で帰って来たが、桃色の目が見開かれたかと思うと頬が朱を帯びていく。

 遅れて自分がどういった体勢になっているかに気付いたようだ。

 

「悪い。落ちる時に咄嗟にな」

「い、いえ……」


 決して悪気はないと伝わったようだが、真っ赤な顔はどこか上の空で若干心配だ。

 気にはなるが解消する余裕はない。

 何せ……。


「で、星夏? いつまでも張り合ってないで離してくれないか?」

「うぅ……」


 背後から星夏が抱き着いているからだ。

 わざとではないだろうが、胸が背中に押し付けられて落ち着かない。

 いつまでもこの状態でいる訳にもいかないので離れるように言っても、何故か星夏は顔を赤くして離れる素振りを見せなかった。

 

「どうしたんだよ?」

「……落ちたせいで水着のヒモが解けたっぽい」


 マジかお前。

 まさかのカミングアウトに驚きを隠せなかった。

 そんな漫画みたいなことある?


「流されたりしてないか?」

「う、うん。それは大丈夫。でも結び直したくても一回ラッシュを脱がないといけないし、前を閉めても濡れてるせいでおっぱいに張り付いちゃうから目立っちゃうし……」

「それで俺の背中で隠そうと……」


 理由はよく分かったし納得も出来た。

 だがそんな状態じゃフロートに戻って再開という訳にもいかない。

 

 残念だがアスレチックはここでリタイアする他ないだろう。

 こうしている今も俺の理性はゴリゴリと削られているので、一刻も早く対処する必要がある。 


「悪い、眞矢宮。戻ろうか」

「はい……あれ? 何か手に固いのが……?」

「うわっ、どこ触ってんだ?!」

「へ?」


 離れようとした眞矢宮の手が丁度俺の股間を擦り、予想外の刺激に驚いて抗議してしまう。 

 ただ水着越しに擦られただけならここまで大袈裟に反応しない。

 なのに反応した理由は至極単純……触れられたところが元気になっているからだ。


 思い返しても見てくれ。

 俺はさっきまで二人の胸の感触が分かるくらいに腕を引っ張られて、今は星夏が背中に密着しているんだぞ。

 これで反応しないヤツの方が神経を疑う。


 急いで落ち着かせようとしていたところに眞矢宮が触れたから、驚愕を隠せなかったというわけである。


「──ぁ。こ、って、はしゅかくんの!!? ひ、きゅぅ~」 


 そして俺の反応を見た彼女は自分がどこに触れたのか察して、ただでさえ赤かった顔を一層燃え上がらせてから限界を迎えて気を失った。

 

「ちょ、眞矢宮ー!? 星夏! 早く戻るからしっかり掴まってろよ!」

「わ、分かったけど……あんま急かさないで。こけたりしたら見られちゃう……」


 くっそ、可愛いこと言ってるはずなのに反応する余裕がない!


 気絶した眞矢宮を支えながら浜辺に向かう。

 まだ海水浴を初めて一時間も経っていないのに、一日以上動いたような疲労からため息をついてしまうのだった……。

 

=====


 次回は5月18日に更新します!

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