#66 日焼け止めオイルを塗っただけなのに
「星夏さんばかりずるいです。私にも構って下さい」
「ず、ずるいって……そんなことは──」
「いいえずるいです。荷科君の着ていたラッシュガードを着せて貰えるだなんて、ずるい以外何物でもありません。なので私にも着せて下さい」
「だ、ダメ! こーたが着せてくれた意味が無くなるもん!」
星夏との間に妙な空気が出来ていたが、そこへ眞矢宮が割って入るなりめちゃくちゃな言い分を口にする
たかがラッシュガードを着せただけのどこに、そんな羨ましがることがあるのだろうか?
星夏も星夏で自分のモノみたいに言わないで欲しい。
頬が緩みそうになるのを堪える必要があるだろ。
だから後ろでニヤニヤしてるそこのカップル。
後で覚えとけよ……。
「むぅ……では代わりとして荷科君。背中に日焼け止めオイルを塗って頂けませんか?」
「なんつー要求だ。そんな簡単に男に身体を触らせるなよ」
「荷科君だからこそ良いんです。そもそも星夏さんにはあんなことやこんなこともしてるクセに、今更常識人ぶらないで下さい」
「ぐっ……!」
むちゃくちゃな代替案を突き付ける眞矢宮に、説教染みた反論をするが絶妙に痛いとこを突かれてしまう。
普通のことを言ったはずなのになんで劣勢なんだ。
大体、星夏は好きな子でセフレだし、普段のセックスだって求めてくるのはもっぱら向こうだし……。
額にじわりと滲む冷や汗を感じながら内心でそんな言い訳を浮かべる。
しかし俺だから触れられても良いって。
好意から生まれた信頼と言えるだろうが、それでももう少し節度は保って欲しい。
「それなら同じ女子のアタシが──」
「はいはーい。咲里之さんには私の背中に日焼け止めクリームを塗って貰うわ~」
「ええっ雨羽会長!? 会長は枦崎君に塗って貰うんじゃないんですか!?」
「ナオ君に塗って貰うだなんて恥ずかしくて耐えられないわ。だから咲里之さんにお願いしたいの」
「真剣な表情なのに言ってることが残念な気がする!!」
星夏が出してくれた助け船が速攻で沈められた。
その下手人である雨羽会長が彼女を羽交い締めにして、俺と眞矢宮から引き離して行ってしまう。
あの人の場合、本当に尚也に触れられるのが恥ずかしいんだろうなぁ。
尚也もそんな彼女の反応を楽しんでる節もあるし、ある意味ではお似合いと言えるだろう。
「決まりですね、荷科君♪」
「背中だけだからな……」
そんな訳で、俺は眞矢宮の要望通りにするしかなかった。
満面の笑みを浮かべる彼女に、せめてもの境界線だけは引いておく。
ちなみに智則は先程の星夏とのやり取りを羨んで、ナンパへと向かって行っている。
遠目で見た限りだと成果は芳しくない様だ。
近くに居たら絶対にやかましいことになっていただろう。
今も声を掛けた女性にスルーされている様子を尻目に、俺は試練に挑むのだった……。
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「では、よろしくお願いします」
「おう……」
パラソルの下に敷いたレジャーシートの上にうつ伏せになった眞矢宮。
その背中は水着のヒモが解かれたことで、白い肌が惜しげもなく曝されていた。
確かにこれだけ白いと、日焼けするのは勿体ない気がする。
そのための防壁もとい日焼け止めオイルを塗るのが俺の仕事だ。
正直本当に触れて良いのか未だに不安だが、童貞じゃないのに童貞みたいな躊躇をしていたら、せっかくの眞矢宮の信頼に泥を塗ることになる。
そんな真似をすれば、好意を伝えてくれた彼女にも失礼だろう。
……一番失礼なのはその気持ちに応えないことだとは百も承知だが、今は置いておく。
内心で降って沸いては消える幾つもの葛藤を押し出しつつ、右手にオイルを乗せて準備を整える。
「それじゃ塗るぞ」
「はい、どうぞ」
一声掛けてから彼女の背中に右手を落とす。
オイル越しとはいえ、眞矢宮の背中はとても柔らかく感じた。
その瞬間……。
「ひゃんっ!?」
「っと、悪い」
「い、いえ。冷たくて驚いただけですから続けて下さい」
「わ、解った」
眞矢宮が全身を揺らして小さく悲鳴を上げた。
その声に驚かされながら謝るが、構わないで良いと返される。
なんともテンプレなやり取りだなんて感想が浮かんだものの、一度触れてしまった手前で今更止められないので、頷きながら眞矢宮の背中にオイルを塗りたくっていく。
もちろん、背中だけで胸や尻は極力触れない様にだ。
しかし星夏に触れた時もそうだが、本当に女の子の身体って柔らかいな。
少しでも力を入れたら、簡単に折れてしまいそうだと錯覚する程に背中も腰も細い。
なのに触れた際に感じるのは、ふんわりと指が沈みそうな弾力だ。
それだけだったらまだこんなに緊張していない。
最たる要因を挙げるならそれは……。
「ひぅっ、はぁぁん……っ」
なんで甘い声が出てるんですかねぇ、眞矢宮さん!?
俺、何も変なことしてないよな?
普通に日焼け止めオイルを背中に塗ってるだけのはずだろ?
特にマッサージの技術を磨いた覚えもないし、才能があるなんてこともあり得ない。
ただ解るのは……このままではマズいということだけだ。
「ま、眞矢宮。辛いなら止めようか?」
「だ、大丈夫です! お、ぉ尻に手が届いても、怒りませんから!」
「尻を触りたいとは言ってねぇよ!?」
どういう解釈をしたらそうなるんだ。
第一そこは手が届くだろ。
なんで俺が塗る前提なんだ。
内心で疑問を浮かべながらも、手は止めることなく背中を滑らせていく。
「ふ、ぁ……これ、しゅご……ぃいっ♡」
その度に眞矢宮の全身がビクビクと揺れる。
なんか声に艶が増してないか?
いやもうこの際気にしない方が良いかもしれない。
そう、無心だ。
俺は日焼け止めを塗って欲しいと言われて、その通りにしているだけであって何も疚しいことはしていない。
ただ己に課せられた責務を果たすのみ……。
心を無にして、肩甲骨付近にもオイルを拡げていく。
「はっ、あぁぁっ! しょこ、ビリってしましゅ……っ!」
ついに呂律すら回らなくなった様にも思えるが、今は集中を切らす訳にはいかない。
肩の方にもしっかり塗り込まないと……。
それにしても眞矢宮の肩細いな……しかも全然凝ってない。
星夏の肩を揉む時は凝ってることが多いから、逆に驚いてしまった。
ふにふにと柔らかい肩を揉み込んでから、両手を『W』の形に添えて肩甲骨から尾てい骨まで一気に滑らせていく。
すると俺の手の動きに合わせて、眞矢宮も身体を震わせていき……。
「んんぁっ! はしゅかくんのおっきぃのが、みしゅじゅの敏感なとこをこしゅってりゅぅぅぅぅっ♡」
「なぁ眞矢宮!? 俺が塗ってるのは本当に日焼け止めオイルだよな?! 経皮吸収タイプの媚薬とかじゃないよな!!?」
いい加減にスルーも限界を迎え、甘美な声を漏らす眞矢宮に問い詰める。
日焼け止めオイルを塗ってるだけなのに、この反応はどう考えてもおかしいだろ。
語弊しか招かない言い方も大概だが、そこは聴かれていないことを祈るしかない。
咄嗟に周囲を見渡して状況確認を──。
「こーた……海涼ちゃんに何してんの?」
「……」
──しようとした瞬間、星夏と目が合った。
全身から冷や汗を流して絶句するのも仕方がない。
普段の明るい表情とは打って変わって、星夏の空色の瞳に光が宿っていない様に見える。
間違いなく俺が眞矢宮に不貞を働いたと誤解されていると察した。
もうずっと前から思ってはいたが、神は俺のことが嫌いなのだろうか。
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次回は5月15日の夜に更新します!
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