#65 水着マジック


 部屋に荷物を置いてから更衣室で水着に着替えた俺達を待っていたのは、肌が燃えるかと錯覚する程の強烈な太陽の陽射しだった。

 紺のハーフパンツに緑のラッシュガードを着ているが、外に出て秒で脱ぎたくなるくらい暑い。


 それでも着替えている最中の女子達を待つ間、俺達はビーチでパラソルを立てて待ち構えていた。


「ウェミダー!」

「おい女子達がまだなんだから行くなって」

「やかましいっ、このスケトウダラが!」

「『すけこまし』って言いたいんだろうが、俺は別に星夏達をモノ扱いするつもりはないからな」


 だというのにやたらと元気な智則が早速海に飛び込もうとするのを制止する。

 何も上手くない語感で罵倒されるが、それをツッコミながら一蹴した。


 すけこましって言うのは星夏の元カレ達のことを差す。

 俺自身は断じて彼女達を……人をモノ扱いする趣味は無い。

 

「キィィィィッ! 勝者の余裕ってやつですかぁぁぁぁ!? 俺が一人部屋なのに女子二人と相部屋の人は言うことが違いますねぇぇぇぇっ!!?」


 そんな内心を知る由も無い智則は、歪みきった僻みの言葉を発しながら半狂乱する。

 俺だって罠に嵌められた様なモノなのだが、智則からすれば同室の相手が……それも女子がいることが一番気に食わないのだろう。

 

 片やセフレで片や告白して来た相手だぞ。

 気まずい以外何モノでもねぇわ。

 

「まぁまぁ。今霧慧ちゃんからメッセージが来たから、もうすぐ来るよ」

「おぉっマジで!?」


 呆れていると尚也からそんな知らせを伝えられる。

 すると智則の表情からさっきまでの狂騒が嘘の様に消えて、今度は期待の眼差しを浮かべ出した。

 あまりの単純さにため息が出してしまう。


「お待たせしました」


 そうして程なくして、聞き慣れた声が耳に飛び込んで来る。

 ようやくかと思って顔を向ければ、純白のビスチェタイプの水着を身に纏い、長い黒髪を頭頂部でシニヨンの形に束ねた眞矢宮がいた。

 胸下とボトムのサイドにあるリボンが特徴のそれは、前に買い物に行った時に買ったモノだと思い出した。

 あれから二ヶ月近く経っているが、清楚かつスレンダーな彼女に似合っていると思える。


 現に、彼女が姿を現してから周囲の目線が一極化していた。

 眞矢宮に目を奪われた男性が彼女らしき女性に殴られているが、そっちは自業自得なのでどうでもいい。


「は、荷科君。どう……でしょうか?」

「あ~……に、似合ってるぞ」


 それだけ人目を集めている彼女は、両腕で身体を隠しながら赤い顔のまま俺に感想を尋ねて来た。

 やけに色っぽい仕草に、思わず気恥ずかしさを感じながらも素直に返す。


「ありがとうございます! 荷科君にそう言って貰えて嬉しいです!」

「っ!」


 その返答に彼女は、恥ずかしさを吹き飛ばして明るい笑みを浮かべる。

 まるで開き掛けた蕾が一気に満開になった様な表情に、小さく胸が弾んだ気がした。


 これだけ綺麗に笑う女の子に好意を向けられている事実が、自分のことなのにどうにも信じられない。

 でもそれを口にしてしまえば、告白してくれた眞矢宮に失礼だ。

 咄嗟に飲み込めない複雑な心境をどうにか押しのけて表情を繕う。


「うおおおおっっ!! すっげぇ綺麗だぜ眞矢宮さん!」

「だね。彼女がいるのに思わず目を奪われそうになっちゃったよ」

「ふふっ、お二人もありがとうございます」


 眞矢宮は智則達の称賛には至って平静に返していた。

 態度の差があからさまで、遠回しに自分が特別視されていると突き付けられてしまう。

 周囲もそれを察知したのか、俺に対して値踏みする様な視線を向け出したのが分かる。


 裏の無い純粋な好意を向けられて嬉しいのは間違いなかった。

 

「ナオくぅ~ん? 浮気はダメよ」

「あ、霧慧ちゃん」


 次に出て来たのは語調にどこか怒りを含んだ雨羽会長だ。

 トップはクロスホルターネックという胸元で×印に交差するデザインになっていて、大胆にも胸の下が露出していた。

 ボトムがロングスカートの様なパレオで隠されており、そこから覗く白く長い足はかなりの色気を滲ませている。

 上下で異なる魅せ方をしている水着に、彼女もまた周囲の視線を集めていた。


「大丈夫だよ。今はもう霧慧ちゃん以外は目に映ってないから」

「っ! も、もう! そんな見え透いた煽てに乗るわけないでしょ」

「紛れもない本心だよ。むしろ他の男に霧慧ちゃんの水着姿は勿体ないくらいね」

「ひゅっ!? な、ナオ君……」


 そして瞬く間に二人の世界が構築された。

 すげぇな尚也のヤツ……よくあんな台詞がスラスラと出て来るよ。


「あの、さり気なく私がダシにされてませんでしたか?」

「二人は割とこういうとこあるから気にするだけ無駄だぞ」

「なんだか重みのある言葉ですね……」

「そりゃ一年も友達やってたらな」


 イチャつくための踏み台にされたと気付いた眞矢宮の問いに、過去にも似たような光景があったと思い返しながら簡潔に返した。

 普段は会長がリードしてる様に見えて、実際は尚也の方が手綱を握ってるのがこのカップルの実情だ。

 これは二人が幼馴染みという間柄の頃から変わってないらしい。

 雨羽会長としては年上の尊厳とやらで不服そうだが、俺からすれば人を引っ張ることが多い彼女が彼氏にだけ甘えている様にしか見えないのだ。


「おっまたせー!」

「!」

 

 そして最後の一人である星夏の声が聞こえた。 

 反射的に顔を向けた瞬間、暑さも周りの喧噪も忘れる程に目を奪われる。


 星夏の水着のトップはシンプルな緑のビキニタイプで、何度も見て触れて来たEカップの胸が一歩進む毎に存在を主張するかの様に揺れていた。

 白いボトムはショートパンツの様な形になっており、全体的に健康的な雰囲気を醸し出している。

 端的に言えば咲里之星夏という女の子の魅力が、これでもかと溢れ出る仕上がりになっていた。


 そんな彼女が真っ先に俺の元に駆け寄る。

 両手を後ろで組んでから少しだけ屈む姿勢になってみせて、上目遣いで目を合わせて来た。

 そうすると身長差も相まって必然的に彼女の大きな胸の谷間が視界に入り、どうしようもなく心臓が高鳴ってしまう。

 頭もフワフワと浮かぶようで思考が覚束ない。

 

「どう? こーた。似合ってるかな?」


 そんなこっちの心情など知ったことかという風に、星夏は微笑を浮かべながら感想を求めて来た。

 表情と仕草の一挙一動が好意を刺激して止まず、今も全身を熱くしているのは夏の陽射しか、照れから来ているのか微塵も分からない。

 

 だが、遅れて周囲の男達の視線が星夏に向いていることに気付く。

 恐らくは彼女に声を掛けるか品定めをしているのだろう。


 そう察するや否や身体の熱が別の感情へと変わっていった。

 確かに星夏みたいな容姿とスタイルは男にとって理想的とも言えるだろう。

 

 だが彼女を見て性欲を滾らせる眼差しが酷く不愉快だった。

 胸の奥でドス黒い不満が凝り固まって重さを増していく。

 浮かび上がりそうだった頭も、今では怒りから刺々しく荒んでいくばかりだ。

 すぐにでもやめろ見るなと叫び回りたい不快感を押し殺しながら、俺は着ていたラッシュガードを脱いでサッと星夏に着せる。


「え、こーた?」

「前を閉めろ」

「う、うん……」


 突然の行動に星夏は空色の目を丸くする。

 驚かせたことは申し訳ないが、一刻も早く彼女の身体を隠したい一心から気遣う余裕が無い。

 それでも素直に応じてくれた星夏が、ラッシュガードのジッパーを引き上げる。

 上半身……特に胸の谷間が隠れたことで周りの視線が落胆のモノに変わり、ようやく俺は肩の力を抜く。


 だが星夏はラッシュガードの裾をくしゃりと握りながら、どこか気落ちした表情を浮かべていた。


「どうした?」

「えっと、その……似合ってなかった?」

「は?」


 ズレた問いに思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 何をバカなことを……。


「アーホ。むしろ逆だっての」

「え?」

「っ!」


 彼女の反応を見て、遅れて返答をミスったと悟る。

 

 あっぶねぇ……いくらなんでも我を忘れてた。

 自ら好意を明かす軽率な行いを反省しつつ、どう誤魔化したモノかと逡巡する。


「その……アレだ。お前はもう少し自分がどう見られてるか、ちゃんと考えろ。あんな格好してたら……そう、変なヤツが寄って来るだろうが」


 一転して違う意味で余裕を失くした言葉は、あまりにも身勝手な独占欲からしか出てこなかった。

 違う、こんなことを言いたい訳じゃないと弁明したくても、上手く喉から声が出てくれない。

 

「う、海なんだから水着になるのは当然でしょ!? それに……だ、大丈夫だよ。そんなの気にしないし」

「気にしろよ。現にジロジロ見られてただろうが」

「それはそうだけど、でも本当に大丈夫だから」

「どこにそんな根拠があるんだよ」


 なのに星夏は大丈夫だなんて言ってのけた。

 気付いて欲しくないくせにこっちがどんな思いで心配したのか伝わらず、傲慢にも上から目線で問い詰める様な物言いになってしまう。

 それでも星夏は少し赤い顔で見つめたまま続ける。


「だってこーたが守ってくれるんでしょ?」

「っ! 当たり前だろ。だからそれを着せたんっ……ぁ、っ……!」


 信頼で以て告げられた根拠に反射的に同意で返してしまい、最後には言い淀んだものの誤魔化すことが出来ない部分まで口走ってしまった。

 やばい……猛烈に恥ずかしい。

 まともに星夏の顔が見れず、沸騰しそうな頭をどうにかしたくて顔を逸らす。


 これ、もしかしなくても相当やらかしてないか?

 気持ち悪く思われていたらどうしたら良いんだ……?


 そんな不安を感じながらもチラリと横目を向ければ、星夏は眉を顰めながら両手で頬を押さえつけていた。

 

 なんだその反応?

 予想外の行動に少しだけ緊張が解れた。


「……どうしたんだそれ」

「訊かないで。それで結局似合ってるの? 似合ってないの?」

「掘り返すなよ。あ~……大変お似合いですよ、お嬢様」

「──っ」


 かなりの回り道になったが、最初の質問に答える。

 すると星夏が肩を小さく震わせたと思うと、両手で頬を叩き出した。

 

 未だによく分からない行動に首を傾げている内に、星夏が顔を上げる。 


「──あはは。なにそれ、カッコつけ過ぎじゃん」

「なんで褒めたのにバカにされるんだ」

「うっさい。こーたのバーカ…………にへへっ」


 今度は笑ったし……マジで女心は訳分かんねぇ……。

 長年の付き合いがあっても不鮮明な女子の気持ちに、俺は腹を小突かれながら肩を竦めるしかなかった。


 ……。


 …………。


「私は一体何を見せられているんでしょうか……?」

「何も食べてないのに口の中が甘くなった気がするね」

「ハァ……ハァ……危なかったわ。あまりの尊さにもう少しで心臓が止まるところだった……」

「あれは一体誰だ!? 本物の康太郎はどこにやったんだ?! あんなの俺は知らねぇ! これは夢だ、夢なんだぁぁぁぁ!!!!」


 チクショウ。

 また周りにみんなが居たの忘れてたわ。

 

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次回は5月12日の夜に更新です。

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